第1章-1 『日常の戦い』
広がるのは広大な草原。樹木はなく、あるのは草本と転がっている小石のみ。どこまでも広がっている草原は先が見えず、このまま無限に続いていくのではないかという錯覚に陥る。
そんな草原の真ん中に複数の人影があった。
剣・長刀・ナイフ・弓・槍。
各々が武器を構えた彼らは陣形を組みながら異形なるモノたちと相対している。
それはトカゲに似た人型の生物だった。
通称リザードマン。
群れを組んで現れた怪物はその手に片刃曲刀を持ち、弱者、つまり人間を襲う瞬間を今か今かと待ち望んでいる様子だ。
「まさか群れと遭遇しちまうとはなぁ。これってもしかしなくてもヤバイんじゃねぇか?」
不安そうな声を発したのは、金色の髪を逆立てた長身痩躯の男だった。陣形の一番前で巨大な槍を構えた彼は、相対しているリザードマンから目を離すことなく尋ねる。
「なあシュウ。リーダーであるお前的に今の状況ってどんな感じ? ヤバイ? ヤバイよなぁ? やばいかなぁ」
「……エージ。君もたまには自分で考えたらどうだい? そんなことだから突っ込むことしか脳のない突撃槍だなんて呼ばれるんだ」
シュウと呼ばれた少年が、メガネを右手の人差し指でクイっと上げながらため息混じりに呆れたように言う。左の手には綺麗な装飾が施された一本のナイフが天に浮かぶ太陽の光を反射して輝いている。
「へっ! 突撃槍・一番槍大歓迎だよ。おりゃ、お前の作戦を自分の頭なんかより何倍も信頼してるんだ。そのお前が突撃しろって言うんだから、それが一番正しいってことだろ?」
「えっと……でも、それでエージ君が考えなくていいってことにはならないと思うですよ?」
なぜか自信満々という風に笑うエージに弱々しいつっこみを入れたのは弓を構えた小柄な少女だった。顎のラインで揃えた栗色の髪は癖っ毛なのか内側にカールしており、幼さの残った丸顔を包んでいる。
「モモの言うとおりだよ。確かに君の無鉄砲な一番槍は僕達を助けてくれてはいるが、それと同じくらい作戦をたてる僕が苦労しているのも分かってほしいね」
「そ、そうですよね!!」
同意してもらえたのがよほど嬉しかったのか、モモと呼ばれた少女は体をぴょんぴょんと揺らしながらシュウへと熱い視線を向けている。それが癇に障るのかエージは唇を尖らせる。
「……で、結局どうすんだ? 突っ込むのか突っ込まないのか」
「その二択しかないのか、というつっこみは置いておくとして……そうだね。やっぱり君には一番槍を任せようか」
「よしキタ!」
嬉々と槍を構えるエージに苦笑を浮かべながら、シュウは背後を振り返る。
「そういうわけでいつもの感じで行こうと思ってるんだけど……サポート大丈夫かな? いのり」
「うん。大丈夫だよ。いつもみたいに中距離を保って皆をサポートすればいいんだよね?」
ニコっと顔を綻ばせながら長刀を構えたのは、漆黒の長髪を風に揺らした少女だった。小さな顔にスッと通った鼻筋の下で、薄い唇が桜色に染まっている。
モモが癒し系の小動物タイプだとすれば彼女は面倒見の良い、近所の綺麗なお姉さんといった所だろうか。
「ああ。エージが突撃を終えたら、後ろに下がるのを手伝ってやってくれ。それと回復もね。後は……ユーリ!」
シュウは最後に陣形の真ん中でゆらりと剣を構えている――男性メンバーの中では一番小柄な――少年に向かって声を飛ばす。
飾り気のない短い黒髪を携えた少年はリザードマンを見据えたまま、口を開く。
「エージがかき乱したところにぼくが突っ込んで敵を殲滅、だよね?」
「相手が混乱している内に全て倒してしまってくれ。もちろん僕やモモがサポートはするが、決めるのは基本的に君だ。頼りにしているよ。『希望の翼』のエースの君を、ね」
「エースって、ぼくはそんなんじゃ……。まあでも僕にはそれしかできないし、頑張るよ!」
ユーリは照れくさそうに頬をかきながら、右手に握っていた剣を軽く放る。すると確かにそこに存在していたはずの剣が一瞬で消失してしまった。代わりに彼の手にはどこから現れたのか新たに二本の両刃直剣が握られている。
「『想像複製――イマジンペースト――』で作り出した二刀流か。最初から本気だね」
「あいつら強そうだからね。シュウも最初から本気で行かせるつもりだったんだろ?」
「ふっ、どこかの突撃バカと違ってエースは本当に頼りになるよ」
「おい! 何か今、おれの悪口を言わなかったか?」
「しかも地獄耳ときた……。君の出番だって言ったんだ。これより作戦を開始する。一番槍、準備はいいね?」
「うおっしゃぁ! いつでもいいぜ」
「やる気があって何よりだ……。さて、皆もいいね?」
リーダーであるシュウの号令を受け、各々が頷きを見せる。それを確認するとシュウは今すぐにでも襲い掛かってきそうなリザードマンの群れを視界に捉え、
「行動開始!」
合図となる言葉を叫ぶ。
一番に動いたのは勿論、一番槍突撃隊のエージだ。
シュウが作戦をたてている間、溜めに溜めた槍の一閃が眩い輝きを放ちながら敵へと突撃していく。
『瞬速必中――クリティカル――』。溜めが長い代わりに射程・威力・速度共に最高レベルでの突撃攻撃が可能。それがエージが持つ固有スキルだった。
一度発動すれば止まるまで無敵の槍は、ゴゴゴゴゴッッ!! と轟音を響かせながら群れへと突っ走っていく。
勿論リザードマン側もそれをタダで受けるつもりはない。武器である片刃曲刀を盾のように構えたリザードマンがそれぞれの距離を空けつつ、一列に並んだのだ。
エージの槍の突撃力は確かに脅威的だが、その力は一直線にしか働かない。だからこそリザードマンは隊列を組み、少しでも攻撃を緩める方法をとったのだ。
少しでも多くの仲間を残す為に。恐らく後ろへいくほど強力な固体を残しているのだろう。
そしてその思惑は成功した。
半数以上のリザードマンを葬り去るという偉業を達成したエージの槍だが、一体を突き刺す毎に速度は落ちていき、全てを倒すことはできずにその動きを止める。
「うえっ、これは、やっべ……」
エージの持つ槍の重量はかなりのものだ。一閃に全ての力を込めたエージにはそれを抱えて移動するのは至難の技であり、つまりは逃亡不可能。そして敵もそんなチャンスを見逃すはずはなく、動けないエージを囲むように、生き残りのリザードマンが襲い掛かってくる。
「そうはさせない、よっ!」
絶対絶命のピンチ。そこに現れたのは、リーダーの命令でリザードマンとユーリ達との中間地点で待機していたいのりだった。彼女は指を振り、簡単な火の魔術を発動させると、それを火球に変化させて飛ばす。
彼女が発したもの――それは魔術。
この世界の魔術の発動には呪文のようなものは必要なく、指を決まった方向へ動かすことで属性が決まり、その回数によって威力が強くなる。
今のいのりは火の属性を一回。弱レベルの火炎魔術を球の形状に変化させ、撃ち出したのだ。
ちなみにこの形状は術者のイメージで自由に変更することができる(威力のレベルによっては無理な形状もあるのだが)。
「ウルガァッ」
襲い掛かるリザードマンを阻むように、丁度エージの足元付近へ着弾した火球はしばらく地面に留まり、リザードマンの足を止める。
「あちっ!! ちょっ、ちょっといのりちゃん? おれにも当たってるんですけど!!」
大した威力も火力もない火炎に大げさな反応を見せるエージを(いつも通り)無視して、長刀を構えながらいのりはダッ! と勢いよく前に出る。
この囲まれた状態では、強大な槍を持つせいで機動力ゼロのエージを安全に救い出すことはできない。
――せめて一体は倒して、この包囲網を解かなくちゃ。
狙うは手前側にいるリザードマン一体。火炎魔術によって分散された今の状態――一対一の状態ならばいのり一人でも倒すことができるだろう。
そう思っての行動だったのだが、
「くっ……!」
さすがは『瞬速必中』から生き残ってみせた精鋭というところだろうか。一対一でもリザードマンはいのりを追い詰めていく。
「早くしなきゃっ……」
このままでは敵が合流してしまう。その焦りが彼女の動きを鈍らせてしまった。彼女は徐々にリザードマンの激しい剣筋に追い込まれていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「………………、」
その様子を少し離れた場所で観察していたのはシュウだ。彼は横に弓を構えたモモを待機させた状態で戦いの様子を注視していた。
「ね、ねえシュウくん? いのりちゃん、このままでいいんです?」
心配そうに尋ねてくるモモに、シュウは戦闘から目を離さずに言う。
「問題ないよ。今はタイミングを計っているだけだからね。モモはそのまま弓を構えていてくれ。いつでも〝あれ〟を撃てるように」
「う、うん! 頑張る、です!」
張り切るモモを横目で見ながら――追い詰めたことで余裕が出てきたのか――段々と攻撃が大振りになっていくリザードマンを視界に捉え、ニヤっと口角を上げる。
――そろそろか
タイミングが整ったことを確信したシュウはメガネを外す。それは常時発動している彼のスキルを最大限発揮する為の合図のようなものだった。
『未来知覚――シックスセンス――』
疲労を伴うが、その眼で捉えた者の未来を視ることができる彼のスキルが、リザードマンの剣筋を予測したのだ。
「いのり!! 右から腹を狙う攻撃だ。後ろへ避けて、そのまま刀を上に掲げろ!」
言われ、いのりはシュウの言葉通りに背後へと跳んだ。
次の瞬間、先ほどまでいのりが立っていた場所へ横の切り払いが通過する。
「モモ、今だ!!」
合図を受け、モモは構えていた弓を射る。
弓から放たれた矢は飛んでいく最中で火を纏い、標的へと向かっていく。
標的はリザードマン――ではなく、シュウの指示で上へと掲げられていたいのりの長刀だった。狙いが外れたのか? とも思わせる矢は刀に当たり、その矢じりに灯っていた火炎が刃を包む。
味方の武器へ属性を付与する。これは彼女のスキル『状態付与――エンチャント――』の効果の一つだ。しかし彼女が持つスキルの効果はこれだけではない。
「もう一発……行きますです!」
次に放たれた矢は、今度こそ敵――いのりと相対しているリザードマンへと向かう。しかしこれは相手へ直接ダメージを与える一撃ではない。
与えたのは『異常』
『状態付与』のもう一つの効果――それは矢が当たった敵を麻痺などの状態異常にすることができるというものなのだ。
そして今回、モモがリザードマンへ与えた異常は『衰弱』。
モンスターが疲労を感じるのかは疑問が残るところだが、少なくとも矢を受けたリザードマンは体を思い通りに動かすことはできないようだった。その証拠に持ち上げようとしている刃がぷるぷると震え、その刀身は地面についたままだ。その隙を見逃さず、いのりは火炎を纏った長刀を振るい、リザードマンの体を真っ二つに切り裂く。
消え行くリザードマン。
これで、道はできた。
いのりはエージの手を取るとそのまま安全な場所――シュウとモモがいる位置まで退避する。
「お膳立ては整った。さあ君の出番だ。決めてこい、ユーリ!!」
「うん!」
短い返事と共に、両手に直剣を携えた『エース』はダッと駆け出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うへー、相変わらず凄いな。うちのエース様は」
敵の群れへ単騎で斬り込むユーリを眺めながら、安全地帯で腰を下ろしたエージは呟く。
メンバー全員が珍しいスキルを持つギルド『希望の翼』の中でもユーリは圧倒的な力を誇っていた。それは現在、敵と激しい攻防を繰り広げているユーリを見れば明らかだ。
ユーリは左手の直剣をリザードマンの右斜め上から叩き付ける。硬い鱗は直剣を弾き返すがそれだけでは終わらない。そこに合わせるように右手の直剣を突き刺したのだ。左手の剣撃により脆くなっていた鱗にユーリの直剣は綺麗に突き刺さる。
「ウガアアアアアアッ!!」
雄たけびを上げながらリザードマンは片刃曲刀を振りかぶった。
左手の剣は弾かれ、右手に持っていた剣はリザードマンに突き刺さっている。つまり今のユーリは無防備。次の攻撃を受けたら防御することもできず、一撃で終わってしまうだろう。
だがユーリのスキルはそれを許さない。
「はあッ!!」
掛け声と共に両手を振るうと、そこには新たな剣――今度は曲刀と大剣が出現していた。
ユーリは現れた曲刀でリザードマンの攻撃を受けると、右斜め下から武器に叩き付けるように大剣を振り、リザードマンの片刃曲刀を弾き飛ばす。
ユーリとリザードマン。一瞬で状況は逆転した。
持っていた剣を捨て、新たな剣を出現させたユーリは無防備となったリザードマンへ攻撃を浴びせ続ける。武器は弾かれ、突き刺さる剣の痛みにリザードマンの動きは単調になる。そんな状態ではユーリの攻撃を防ぐ手立てなど存在しなかった。
無防備で攻撃を受け続けた結果、一分としない内にリザードマンは地面に倒れ、沈黙した。
「ヒュー、すげぇな。まだ戦いが始まってから数分と経ってないぞ。圧倒的すぎるだろうちのエースの『想像複製――イマジンペースト――』は」
感心したように呟くエージに答えたのは、戦うユーリに不安そうな視線を向けるいのりだった。
「魔力が続く限り、頭の中で想像した武器を複製することができる能力。確かに凄いよね」
「ああ。複製できるものは剣、しかも隅々まで構造を把握しているものだけとはいえ、魔力がある限りは無限に作り出せるわけだしな」
「正確には自分が複製を実現させることができると思える剣限定って話だけどね。現に今も相手の曲刀を複製してるし」
二体目を倒し、次の標的に斬りかかっているユーリは現在、リザードマンが持つ曲刀を両手に複製して戦っている。
決してなくなることのない、瞬時に生み出される武器。確かにそこだけを聞けば無敵、と言っても間違いではないのかもしれない。だが、
「……でも無敵、とは違うと私は思うな。確かにあのスキルは強いけど、代わりにメモリをたくさん使うから、ユーリ君は普通の魔術を使うことができない」
「メモリ、か……。おれも大概だけどあいつは〝あれ〟に全部を使ってるからな。常時発動しているシュウだって普通の魔術も使うことができるってのによ」
メモリとは、要はそのスキルがどれだけの強さを持っているかを表す数値である。メモリが高ければ高いほどそのスキルは強いもしくは利便性が高いのだ。
しかし個人が持っているキャパシティには限りがあり、それをスキルのメモリで消費してしまうと、他の魔術をを使うことができなくなってしまう。
つまり強いスキルを持つ程、戦闘の時に選択できる行動が制限されていくということになる。
「うん。だからユーリ君はああやって敵へ向かっていくことでしか戦えない。敵の懐に潜り込む以上、危険は増していく。怪我をする可能性だって……増える」
胸の前で不安そうに手をギュッと握りながらいのりは弱弱しく呟く。そんな様子に気付いたのか、気付かなかったのかは分からないが、励ますような明るい声でエージは言う。
「心配するこたぁねぇよ。あいつがエースって呼ばれてるのはあのスキルを持ってるからってだけじゃない。あいつがあそこまで戦えるのはあいつ自身の力だろ? 正直おりゃ、あんなスキルを貰っても使いこなせる気がしないぜ?」
「……そう、だよね」
「そうさ。それにこの世界じゃ死んだって構わねぇんだ。ならそんなに心配することねぇだろ?」
「でも……痛いよ?」
「ははっ、ちげぇねぇ。だったらおれたちはあいつがピンチに陥った時にすぐに助けられるよう準備しとこうぜ」
明るい声で告げると、エージは立ち上がり再び槍のチャージを開始する。
味方がピンチに陥った時に再び無敵の一閃を放てるように。
「うん、そうだよね……。この世界なら、大丈夫なんだから……」
すぐに飛び出せるよういのりも身長の半分程ある長刀を上段に構える。
しかし彼らが再び戦場に戻るということは無かった。
グアシャッ!! とユーリの曲刀が最後のリザードマンの体を深く切り裂いたのだ。
光と共に消失する敵を確認してから、ユーリは勝利の証として右の拳を軽く突き上げる。
その動作にいのりを除いたギルドメンバー全員が歓声を上げるのだった。