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雨と鬱々


「武道大会?」

 読んでいた本を閉じて首を傾げたフィオドラに、肩をすくめてバルドが頷いた。

 フィオドラが夜中に抜け出して戻ってくると、必ずアレクシスがいて部屋に押し込まれる。そんな行程を五回ほど繰り返した次の日のことだ。

 外はしとしとと雨が降っている。激しい雨ではないが、朝から降り続けているせいで地面の色はすっかりと色を変えているし、窓を閉めているにも関わらず室内は湿気を帯びていた。

 雨の日は図書室の人口密度がぐっと増す。

 朝いつも通り図書室へと向かったフィオドラは、あまりの人の多さに辟易して早々に自室へ退散してきたところだ。

 いつもはどこかへと遊びに行っているバルドも、呼び出されては出かけているアレクシスも、珍しく部屋の中にいた。

「なんか最近、中庭とかで遊んでると見物人の数が多くってなぁ」

 遊ぶというのは、剣の稽古のことだろう。この間通りかかったときの見物人の熱気を思い出してフィオドラは納得した。

「だから武道大会?」

「そうそう。いっそ催し物にして収入にした方がいいんじゃないかってさ。商魂たくましいのは、どっかの神官だけじゃねーのな」

 けらけらと笑うバルドに、話題にされたシャロンが顔を上げた。

 彼は神官らしくなく、長椅子にだらしなく寝そべっている。雨の日はまったく気力が沸かないらしい。

「それ、アレクとバルドも出るの?」

「出ねーよ」

 不機嫌そうに返したのはアレクシスだ。彼は窓辺に凭れて外の雨を睨みつけている。

 フィオドラは首を傾げた。

 彼の機嫌が良くないのはいつものことだが、今日は眉間に刻まれた皺が心なしか深い気がする。

 本当は出たかったのだろうか。もしかしたら優勝賞金が高いのかもしれない。

 しかしアレクシスやバルドが出てしまっては『大会』になり得ないだろう。どれだけの実力者を揃えても、彼らに敵う者などそうは現れない。

 でなかったら、魔王討伐はもっと早く為しえていただろうから。

 疑問を瞳に乗せてバルドを見上げると、彼はにやりと笑って声を落とした。

「あいつね、その大会の優勝者と最後にやらされるらしいんだわ。ちょうどいま、どっかの国の使節団だかが来てるらしくてさ」

「ああ、噂の勇者の実力をお披露目したいのね」

「客寄せパンダっつー訳だな」

「誰がパンダだ。ぶっ飛ばすぞ」

 窓辺から、アレクシスが眼光鋭くこちらを睨みつける。

 確かに自分の武勇を誇る性格ではない彼には、見世物にされる状況は不愉快でしかないだろう。

 優勝賞金が手に入るのなら、また話は別なのだろうが。

 ごろりと寝返りを打ったシャロンが、アレクシスに目を向ける。

「そんなこと言って、結局引き受けたんでしょ」

「えっ、引き受けたの?」

 さっくり断ってきたか、交渉中なのかと思っていた。

「そうなんだよ。完璧な勇者の顔で快く二つ返事。そのくせ、他の奴が居なくなった途端に荒れに荒れまくってんの」

「黙れ馬鹿バルド。殺すぞ」

「ほら、こんな感じ」

 呆れたように肩を竦めるバルドに、アレクシスの殺気が膨れあがる。

 室内がピリピリとした空気で張り詰め、心なしか飾られた花さえも小さく身を縮こませているような気がした。

 もしこの瞬間に城勤めのメイドなど入って来ようものなら、あっという間に卒倒してしまうだろう。

 もちろんフィオドラやシャロンにはなんということもない。

「あ、この紅茶、初めての味だ」

「東の国からの輸入品だって言ってたわ」

 行儀悪く寝転がりながら器用にカップを傾けるシャロンに答えながら、フィオドラも紅茶の香りを楽しむ。ふわりと鼻腔を擽るのは、上品な花の香りだ。

「だいたい、闘技大会なんつー生温いことやってるから弱い奴しか居ねえんだよ。ごっこなら勝手にやってろってんだ。なんで俺がそんなもんに出なきゃいけないんだ」

「だから、客寄せだろ」

「くだらん。そんなもん、お前が出ろ」

「俺じゃ駄目なんですー。勇者様じゃなきゃパンダにならないんですー。頑張れパンダ」

「てめぇ、表に出ろ。その口、二度ときけないようにしてやる」

「お、やるか? 最近暴れたりなくてストレス溜まってたところだ」

 ふたりが剣に手をかけたあたりで、さすがのフィオドラもため息を吐いた。

「ねえ、止めなくていいの?」

「えー。だって雨降っててかったるいし、こうじめじめしてたらアレクの機嫌が悪くなるのも仕方ないじゃん? バルドはいつも通りだし」

「そういうものかしら」

 湿気で機嫌が悪くなるたび、剣を交えられたら堪ったものではない。彼らの打ち合いは破壊活動と同義なのだ。

 面倒くさそうにしながらも、シャロンは重い腰を上げて身を乗り出した。

 それが長椅子の背もたれからというのが、なんともやる気のなさを窺わせる。

「はいはい、ふたりともその辺で止めなって。うちのお姫様が心配してるよ」

 シャロンの声に、ふたりの意識がかすかに削がれる。

 フィオドラが心配しているのは、主に彼らの被害に遭う家具や城の壁だが、ここは黙って困った顔を作っておいた。

 先に殺気を解いたのはアレクシスだ。それにバルドが不満そうにしながらも剣を手放し、つまらなさそうに乱暴に椅子に座った

「そういや、やるのは剣士だけじゃなくて魔道士もらしいぜ」

 思い出したように言ったバルドに、フィオドラは目を瞬かせた。

 剣のことは分からないが、魔道士同士の大会なら興味がある。

「武道大会をやるなら、魔道大会もやるでしょう。この国じゃあね」

 当然というように頷くシャロンに、フィオドラは前々から疑問に思っていたことを聞く。

「数十年前から、ログゴートは魔道技術が飛躍的に進歩したって聞いてるわ。それは本当のことなの?」

 城にある図書館などの魔道書を読んだりもしているが、いままでのところ突出して秀でたところがあるとは思えなかった。

 けれどシャロンは、ごくあっさりと肯定する。

「そうだよ。僕らが生まれる前だけどね。いまの国王が即位した辺りかな、膠着状態だった隣国との戦争で魔道士たちが急に台頭してきて、そのおかげで勝利したんだ。ログゴートの魔道士団っていったら、名の通った盗賊団だって裸足で逃げ出すと言われるほどで、いまでは他国も彼らを怖がって攻めてくることはないんだよ」

「……そう」

 数十年前。それがいつなのか、正確な年数を今度調べてみようとフィオドラは頭の片隅に記録した。

「魔界に行く前にも、魔道士を連れていけとしつこく言われたな」

 アレクシスが窓辺から離れてフィオドラの横に座る。

 長椅子に投げ出していた指がピクリと反応したのを、彼女は誰にも気づかれないように膝の上に乗せた。

(横に座られるのが、嫌なわけではないのだけれど)

 彼の行動に、勝手に体が反応してしまうのだ。

 その理由は、残念ながらフィオドラの中でもまだ分かりきっていない。

 自分の中の気まずさを誤魔化そうと、フィオドラはあえてアレクシスに声を掛けた。

「そういえば、どうしてあなたたちは魔道士を連れていなかったの?」

 彼女から彼に声を掛けたのは随分久しぶりだ。

 一瞬驚いたように目を丸くしたアレクシスは、フィオドラから目を逸らして答える。

「気の合う奴が居なかった」

「え?」

「自分の力を過信した、勘違い野郎ばっかりだったんだよ。あんなクソども連れて旅など出来るか。死にに行くようなものだ」

 意味が分からなくて首を傾げる。

 ログゴートの魔道士たちは実力者たちなのではなかったのか。

 説明を求めてシャロンを見れば、彼は椅子に座り直して肩を竦めた。

「確かにこの国の魔道士は強いはずなんだけど、どうしてだか強いと思えなかったんだよね」

「強いと、思えない?」

「まあ、直感みたいなものなんだけど、それが僕たち三人とも意見が一致したものだから、魔道士の同行はお断りしたんだ。なによりも……」

「足手まといは要らん」

「勇者のアレクがこの状態だから、連れてけないよね。まあ実際そのおかげで君が仲間になったんだけど」

 そう微笑まれて、返答に困ったフィオドラは苦笑だけを零す。

 確かに足手まといではなかったかもしれないが、魔王の娘だったのだ。

 けれど、彼らはそのこと自体に重きは置いていないらしい。

「そうそう、実力は確かだし。俺たちに馴染んだし。なによりも美人だし」

「バルド、黙れ」

「なんだよ。アレクだってそう思ってんだろ」

「死ね」

 アレクシスとバルドの間で再び火花が散る。

 位置的に間に挟まれていたフィオドラは、その緊迫感に恐れをなすよりも、アレクシスの言葉に若干落ち込んでいた。

 誰かに美人だと思われたいなどと思ったことはないのにと、内心首を傾げる。

「ちょっと、君たちいい加減鬱陶しいよ。喧嘩なら外でやって、外で」

 仲裁が本格的に面倒くさくなってきたのか、投げやりなシャロンの声にフィオドラはため息を吐いた。騒ぎ始めた三人を宥めなくてはいけない。

 外は相変わらず雨が降っているのだから。



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