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子守歌

 己に与えられた部屋を出たフィオドラは、初日の宴席から抜け出して見つけた噴水のある庭に向う。

 星を映した噴水は、今日も水音を響かせずひっそりとそこにあった。

 よく手入れはされているのだろう。縁にも中にも水垢などなく澄んでいる。どこかから風に飛ばされてきた枯れ葉が一枚、水面で静かに浮かんでいるだけだ。

 水の中へ覗き込んでも自分の顔は揺れていない。

 ひとり頷いたフィオドラは、水に手を浸けた。水面が波打つ。

 水はかなり冷たいが、水面の揺らぎが落ち着くのを待ってからゆっくりとお椀型にした手を上げた。

 掬い取った水が袖を濡らすのも気にせず、フィオドラは体の向きを変えて少しずつ手の中の水を地面に零していった。

 薄く開いた唇から、細い詠唱を紡ぎ出す。

 魔道とは、融通の利かない理を組み替え、望むものを形にする技術的な要素を強く持ったものだ。

 魔力を持つ人なら、技術さえ習得すれば誰でも使えるものである。もちろん経験や感覚によって個人差も出るが、実は魔人と人間の魔法の差というのは、魔力以上にその技術をいかに開発し、伝承しているかによるのだ。

 地面にしみこんだ水に魔力を練り込んで、じわじわと広げていく。干渉に干渉を繋げて探索を広げた。

 城に来た日から繰り返している作業。探しているのはたった一つ、かつてこのログゴートに奪われた物だ。

 いままでの探索でそれがこの城にあるのは分かった。けれど城内はあまりにも大きすぎて、詳細な位置がいまだに掴めない。

 結局いまも近くにあることだけを感じ取れるだけで、それ以上の情報を得られることはなかった。

 落胆がフィオドラの肩に重くのしかかる。

(期待していたわけじゃないのだけれど)

 同じ探索方法では同じ結果しか得られない。

 だからこれは、ただ望む物がそばにあることを確認して安心するための作業なのだ。

 フィオドラは魔法を切ると噴水の縁に腰掛けた。

 見上げた星空は明るいが、かすかに視界に入る篝火が星の瞬きの邪魔をする。

 そのような混じりっけのある夜空では、残念ながら彼女の心を慰めてはくれない。

 疲れが溜まっているのは自覚していた。肉体的なものでは無く、心神的なことから来るものであるから、休むことは意味を成さない。かといって焦っても良いことはひとつもないのを分かっている。

 深いため息を吐いたとき、ふと耳元を風が擽っていった。

 微かな風のざわめきが、子供の頃から眠る間際に聞く子守歌に似て、知らず頬が緩んだ。

 今日も寝台に入れば、夢の狭間で聞こえてくるだろう。それが人間界という敵地にひとりでいるフィオドラの癒やしだ。

 無性にその子守歌が聴きたくなったフィオドラは、さっさと帰って寝ようと腰を上げた。

 夜番の衛兵に見つからないように、こっそりと歩く。

 他の三人と共有している居間に戻ったフィオドラは、細いランプの光一つで長椅子に腰掛けていた人影に気づいて小さく悲鳴を上げた。

 人影がこちらを振り返る。

「ア、アレクシス?」

 座っていたのはアレクシスだ。揺れる灯りに照らされて、輝く金髪が深みを増している。

 彼女が部屋を出るときには確かに誰も居なかったのだが、気配に聡い彼のことだから、もしかしたらフィオドラが外へ出る音で目を覚ましてしまったのかもしれない。

「どうしたの? もしかして、起こしてしまった?」

「どこに行っていた?」

「えっと……」

 冷たい詰問口調にたじろぐ。

 彼らには目的を話しているので、言えないことでは無いはずなのだが、どうしてだか喉が詰まってしまった。

 黙り込んだフィオドラに、アレクシスは顔を顰めて立ち上がった。

 入り口のところで立ち止まってしまった彼女に近づいて、頬に触れてくる。

 その温もりが思ったよりも暖かくて、小さく体が跳ねた。

 一瞬、アレクシスが苦しそうに眉を寄せて手を離した。

「冷えてる」

「外にいたから」

「馬鹿じゃねーの。いま何時だと思ってんだよ」

「……ごめんなさい」

 これはもしかして、心配させてしまったのだろうか。

 口は悪いがそういうことだと理解してフィオドラが謝ると、背後に回ったアレクシスに背を押された。

「え? ちょっと」

「うるさい」

 ぐいぐいと優しくない力で室内を横切らされると、彼女の部屋に押し込まれる。

「アレク……」

「さっさと寝ろ。阿呆」

 などと言われ、問答無用で扉を閉められた。

 呆然と目の前に立ちはだかる扉を見つめていると、向こう側から他の扉の開閉音が聞こえてきた。

 アレクシスが自室に戻ったのだろう。この為だけに、彼は起きてきたのだろうか。

 胸中に湧き上がってくるのは、いまだにフィオドラが解析できていないあの感情だ。

 一切の物音がしなくなった部屋で、フィオドラは扉に額を預けた。

「おやすみなさい」

 

 呟いた言葉は彼女の耳にしか届かなかったけれど、不思議とそれほど寂しくは無かった。





本日、二話掲載にて終了。

毎日必ず一話は投稿していきたいです。

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