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彼らの本性

 フィオドラにとって国王との謁見は光栄なものからはほど遠く、憂鬱で苦痛と紙一重だった。

 しかしそれは、フィオドラに限ったことではない。

 祝宴を設けるからと待機させられる部屋に入った途端、他人の目が無くなったことをいいことに男三人の様子はがらりと変わった。

 アレクシスは椅子に乱暴に座って溜め息をついているし、シャロンは億劫そうに髪を掻き上げて置いてある軽食を物色している。バルドにいたっては堅苦しい上着を投げ捨てると、そのまま床に大の字に転がった。

 王宮が勇者一行に与えたのは、離宮の一室だ。真ん中に応接間があり、四つの寝室が続き部屋になっている広い部屋で、団体が泊まる宿などでよくある構造だ。こういった部屋は、商人たちが長期滞在するためなどに城でも用意してあるらしい。

 始めはもっと良い部屋をと言われた彼らだが、あまり仰々しい部屋だと落ち着けないといって断った。

 フィオドラはわざと彼らから距離を取って、離れた長椅子に腰掛けた。

 冬の最盛期を過ぎたいまの季節、ほとんどの一般家庭では暖炉に火が入れられることはない。せいぜいが温石を置いて暖を取るていどだが、さすが王城だけあって室内に入ったときにはすでに部屋は暖かく、いまも暖炉の中で炎が赤々と燃えている。


 ローテーブルに肘をつき何とはなしに暖炉の火を見つめて間もなく、フィオドラの目の前にグラスが差し出された。

 顔を上げてグラスの持ち主を見上げると、顔を顰めた紫の瞳に見返される。

「なんだよ。要らねえのか」

 ぞんざいな口調は甘い顔立ちに似合わないが、これが本来のアレクシスだ。世の女性たちが夢見る爽やかで紳士的な姿は、公の場で作っているものである。

「ありがとう」

 口調は優しくない癖に、要らないと言わないかぎりアレクシスは差し出した手を引かない。

 一緒に旅をしてきた数ヶ月で彼の人となりをある程度把握していたフィオドラは、礼を言ってグラスを受けとった。

 いくつかの果汁を搾ったものだろう。甘いのに爽やかで、身の内の疲れを癒してくれる。

「好きそうなものを選りすぐってみたよ」

 そう言って反対側から差し出された皿には、たくさんのお菓子が盛られていた。

 銀の髪を流しながら、神官のシャロンがフィオドラの手に皿を乗せる。

「せっかく置いてあるんだから食べなきゃ勿体ないでしょう」

 にっこり笑う彼の言葉はつまり、無料なんだから遠慮無く食えということだ。

 世俗には感心が無さそうな外見と役職に似合わず、彼は極度の守銭奴だ。実は勇者一行の財布も彼が握っている。

 フィオドラが何か言う前に、後ろから手が伸びてきて菓子を一つ抓んでいった。

 振り返ると剣士のバルドが長椅子の背から身を乗り出している。

「あっまっ! なにこれ、ちょう甘過ぎ! 酒ちょうだい、酒!」

「うるせぇ」

 わあわあ騒ぎ立てるバルドの頭を叩いて、アレクシスが備え付けの棚にあった酒を取ってくる。何だかんだ悪態をつきながらも彼は世話好きだ。

 片手にグラス、片手に皿を持っていては身動き出来ないので、フィオドラは一度、両方ともテーブルの上に置いた。

 皿に山積みされているマカロンを一つ取って口に入れる。確かに甘い。

 彼らの近くに居るのが居心地悪くて長椅子を選んだのに、結局そばに集まってくる。彼女がそう思っているのを知っていて側に来る彼らは、口にはしないが嫌がらせではなくて気遣いらしい。

 寂しくなんて無いのにとは思うが、いままでそれを口に出して言ったことはない。

 毛足の長い絨毯をつま先で引っ掻く。暖炉の火を見つめたまま、気づかれないようにこっそりと呼吸を整えた。

「……魔王討伐は成った。今度は私の願いを聞いてもらう番です」

 三人の視線が自分に向けられる。

 フィオドラは背筋を伸ばして横にいたアレクシスを見上げた。

 紫紺の瞳が細まる。無骨な手がこちらに伸びかけて、途中で力なく落ちた。

 アレクシスは長椅子の前にどかっと腰を下ろすと、片膝を立ててこちらを睨み上げてきた。

「分かってる。そういう約束だ。言われなくても……」

 力強く吐きだされた言葉は途中で消え、なぜかアレクシスは頭を抱えて髪を掻きむしった。

 その挙動不審な行動にバルドとシャロンは苦笑して、フィオドラは首を傾げた。

 魔王討伐の後から、ときどき彼の挙動はおかしくなることがあるのだ。

「あー、それよりもよぉ。なんかさ、魔王城から帰ってきたら、この城も粗末に見えるようになっちまったよ、俺は。謁見の間なんて特にさ」

 微妙な空気を取りなすようにバルドが話題を変えた。

「ああ、それは僕も思ったよ。あの荘厳さを見たら、人間界の物なんてただのガラクタ同然だね」

 シャロンが長椅子の背を叩く。この長椅子だって最上級の皮を使った贅沢品だろうに、酷い扱いである。

 けれど彼らの言うとおりだ。魔界の物は全て魔法を使って作られているので、椅子一つ取ってもなにもかもが違う。

 謁見の間にしても、静謐さの漂う魔王城を見た後だと人間の絢爛さは権威を振りかざすための張りぼてに見えてしまうのだ。夜の魔王城はとくに美しいので、なおさらだろう。

「人間なんぞそんなもんだろ、どうでも良い」

 片膝を抱えたままのアレクシスが吐き捨てた。そう、まさにそれは吐き捨てたという表現が正しいような言い方だった。

 一緒の旅の中で、それなりに身の上話などもしてきた。だから例えば、三人が元は孤児の幼馴染みだったこととか、名誉よりもお金が大事だとか、お金にならない殺しはしないこととかも知っている。

 この三人は、圧倒的な強さを持ちながら結局魔界でも殺した魔人は魔王ただ一人だ。

 向かってくる者は適当にあしらって、死なせない程度の攻撃をして、ときには埋められない実力差を見せつけて屈服させた。きっと殺してしまう方がずっと楽だったろうに。

 人間特有の魔人に対する嫌悪もなく、人間愛護もない。もしかしたら人そのものが好きではないのかも知れない。懐に入れた者にしか、素の表情を見せないのがその証だ。

 そう考えると自分も懐に入れられているのかと、少々複雑な気持ちを抱く。

「それにしても、人間界と魔界の技術力ってやっぱり差があるよね。戻って来てからさらにそう思うようになったよ。これって魔力の差なのかな。魔導士としてフィオドラの意見はどう?」

 ふとシャロンに訊ねられて、フィオドラはテーブルに置いてあったグラスを手に取った。

 さすが王城の物であってグラスの縁はとても薄く口当たりが良いし、ガラスの透明度も高い。描かれた絵柄も美しく丁寧だ。

 この繊細なグラスがかなりの技術と労力を注ぎ込んだ値の張る良い物だということは分かる。

 だが、魔界でならもっと楽に、精巧に作ることが出来るだろう。

「魔法が使えれば出来ることも多くなるし、やっぱり差は出てくると思うわ。たとえば熱処理の方法とか、不純物の除去とか、人の手でやるよりもずっと精密ね」

「そうだよね」

「おいシャロン、お前その顔また何か金儲け考えてんだろ」

「うん。魔界の物を仕入れて人間界に売れば、良いお小遣い稼ぎになるかなって。せっかくだから帰ってくるときに仕入れて来れば良かった」

「おーい、ここに金の亡者がいるぞー!」

 バルドがどこかに向かって叫ぶ。

 王の勅命で魔王退治に出た先で、ついでに商人の真似事をする神官。よろしいとは言えないだろう。

 フィオドラは苦笑してグラスをテーブルに戻した。

「魔人は研究者気質だから、凝り出したら相当いい物を作ると思うわ。魔法で作るなら量産するのも難しくないし」

「やっぱりね。魔界にいる間で作った伝手で発注しようかな」

「抜かりねえ奴。んなもんいつ作ってたんだよ」

「時は金なりと言うじゃない。いつ如何なる時も儲けの匂いを嗅ぎつけられないと、金の亡者は名乗れないよ」

「名乗ってんのかよ!」

 バルドがげらげらと笑う。

 そんなふたりの遣り取りを聞きながら、フィオドラは横目で先程から一言も口を開いていないアレクシスを窺い見た。

 こっそりと見るだけのつもりだったのに、彼もちょうどこちらを見ていて、ばっちりと目が合ってしまう。

 彼女はさり気なさを装って目を逸らした。

 金褐色の前髪から覗く紫紺の瞳、あれに見つめられると言いようのない感情が胸の内にわだかまって、どうにも居心地が悪い。

 溜まったものを吐きだすように、そっと息をついた。

 その溜め息を咎めるように横で鼻を鳴らす音がする。気まずい思いで視線を戻すと、アレクシスはもうこちらを見ていなかった。

 鋭い眼光で暖炉の火を睨む姿は不機嫌そうだ。

 彼女の態度に気分を害したなら離れればいいのに、彼は足下に座ったまま動こうとしない。近いようで遠い距離、彼が何を考えているのか分からないから困惑する。

 しばらくしてメイドが彼女たちを呼びに来た。祝宴の準備が出来たのだろう。

 まずは着替えだとメイドたちに寝室へと引き込まれた。

 謁見のために身綺麗にしていたので多少の化粧直しと、持ってこられたドレスに着替える。いくつかあったドレスのうち、フィオドラは背中が開いて衿の詰まった紺色のドレスを選んだ。

 襟元や袖に透明なビーズを縫い付けた物で、光に反射した輝きが星の瞬きのようで美しかった。装飾過多ではないが地味すぎて悪目立ちするほどでもない。

 髪を結ってもらっている自分の姿を鏡越しに見つめて、フィオドラは気を引き締めた。

(しっかりしなきゃ)


 彼女の本当の戦いはこれからなのだ。




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