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番外編 星降る夜に出逢う 2



 子供を助け出したことで、傭兵たちは子の親だけではなく街の人びとからも英雄扱いを受けた。

 町中がお祭り騒ぎで盛り上がり、振る舞い酒が振る舞われる。

 ほとんど役に立たなかった傭兵たちだが、当然そこで酒を断るような殊勝な奴らではない。

 逆にそこへ混ざらなかったアレクシスたちは、しかし全ての報奨金をぶんどって、仲間だけで酒場で飲んでいた。

「お仕事お疲れ様」

「お疲れさん」

「ふん」

 ゴッとぶつかる杯の音は、酒場の喧噪に紛れるだけだ。

 魔物討伐に参加せずただ酒を飲み逃してくだを巻く傭兵たちや、商人、旅人など酒場にはかなりの数の客で賑わっていた。

 魔界との境街、しっかりとした警備がしかれ安全性を確保されているこの街の酒場は、どこも一年を通して寂れることがない。

 魔人に対してとても厳しく、ある意味寛容で、街に入るための審査や監視の目は厳しくとも、酒に酔った勢いで勃発した人間と魔人との喧嘩はたいてい流される。

 いまも酒場の端で、隣り合った席の客が給仕の持ってきた料理を先に頼んだのはどちらだと言い争っている。その喧々囂々としたやりとりも、周りはただの酒の肴と眺めるばかりで放置されている。

 食器を落として派手な音をさせたそちらに、シャロンが何気なく目を向けた。

「そういえばアレク、魔人の子供を抱き上げてたでしょ。あれ、点数高かったと思うな」

「あ?」

 肉を酒で流し込んでいたアレクシスは、なんの話かと眉を寄せた。

 バルドが行儀悪くフォークの先を噛みながら、にんまりと笑う。

「ああ、あれのことか」

「どれだよ」

 なぜか二人で了解している話に、アレクシスは不機嫌に返す。

「どれって、あれだよ。もしかして自覚ねえの」

「アレクは案外鈍いからねぇ」

 明確な言葉は避けてにやにやする二人にいい加減短剣でも投げつけてやろうかと思ったとき、アレクシスの隣に人が立った。

 これほど雑多と人がいる場所で、敵意や殺気でない限りいちいち他人の気配など気にしない。

 だから横に立たれても、わざわざ目線を上げて顔を見る気など無かった。

「あの」

 涼やかで柔らかく、けれど芯の通った綺麗な声。

 先にバルドとシャロンの視線が動き、軽く目を瞠る。

 アレクシスもさすがに自分たちが声をかけられたと察して、億劫さを感じながら顔を動かした。

 

 立っていた人物に息を呑む。

 

 漆黒の髪、漆黒のローブ、手には杖、年齢によるものだろう幼さは抜けきらないものの滅多にお目にかかれないような美しい容貌の少女。

 意志の強そうな瞳が、美しい紅薔薇色だと初めて知る。

「勇者、一行様ですよね」

「……そうだ」

 勇者という肩書きは鬱陶しいばかりだが、母国から与えられた称号だというのは面倒くさい事実だ。

「これから、魔王を退治しに?」

 少女の言葉にアレクシスは目を細めた。

 少ないながらも魔人がいるこの場所で、よくも大それたことを口に出来るものだ。

 けれど彼女もそのことを理解しているのか、潜められた声はかなり小さい。よくよく耳を傾けないと酒場の喧噪にかき消されそうだ。

「だったらなんだ」

「……」

 少女はアレクシスから目を離さないまま、なにかを考えているようだった。逸らされない薔薇色の瞳が意図を読ませないながらも心を映すように輝いている。

 真っ直ぐに目を見てくる女だと、アレクシスも目を逸らさないまま待つ。

 それほど自分が気の長い質ではないと自覚しているのに、このときは待つことに苦痛を感じることはなかった。

 考えがまとまったのか、少女がひとつ瞬きをする。

「私も、連れて行ってください」

「なんだと?」

「私は魔道士です。失礼ですが、あなた方には魔道士の同行者がいらっしゃらないようですが」

「足手まといはいらん」

「これから魔界に入るのに、魔道士なしでは無謀ですよ」

 断言する少女を睨みあげる。

 まるで自分たちだけの実力ではやっていけないと言われているようで腹が立った。

「治癒できるのが神官様だけでは負担が大きいのでは? それに、転移を使える者が一人いるだけでどれほど移動が楽か、ご存知ないわけではないでしょう」

「足手まといはいらん。お前を守って戦う労力を考えれば、多少移動に時間がかかろうがそっちの方がマシだ」

 一考もなく拒否するアレクシスに少女は微かに眉を寄せた。

「守っていただかなくとも結構です。自分の身くらい自分で守れます」

「ほぅ、ずいぶんと自信があるじゃねえか」

「なんなら、いまから貴方とお手合わせしましょうか?」

 鼻で嗤うアレクシスに、彼女は挑戦的な顔で笑んだ。

 一触即発の火花が散る。

 アレクシスは、これが少女の虚勢ではなく本気だと分かった。彼女から発せられる空気に、肌がビリビリと粟立つ。

 剣呑な気配に気付いたのか、近くで飲んでいた男たちが近づいてくる。

「なんだ、嬢ちゃん。色男に振られちまったのかい? 良い酒奢ってやるから、俺たちと飲もうぜ」

「あんたみたいな可愛い子は大歓迎だ。ついでに夜も泊まっていけばいいや」

「それがいい! 朝までゆーっくり相手してやっからよ」

 三人の男のうち一人が馴れ馴れしく少女の肩を引き寄せた。

 明らかに下心のある男たちに、腹の底に不快な熱が生まれる。瞬間的に己の米神の血管が脈打ったのが分かった。

「てめぇら……」

 アレクシスが立ち上がって少女に触れる手を捻り上げようとした瞬間、目標の男が先にひっくり返って床に叩き付けられた。

 横でバルドが感嘆を込めて口笛を吹く。

 少女は杖の石突で男の足を引っかけ、先端で脇腹に支点をつくり、自分の倍以上ある体躯を宙に舞わせたのだ。

 なにが起きたのか分からないという顔で茫然とする男たちに、少女は杖先を突きつけた。

「いま、彼らと大事な話をしているの。邪魔しないで」

 愛らしい顔立ちに冷然とした表情を湛え、杖先にパチパチと小さな電撃を生む。

 威嚇のためだけの、触れても静電気ほどにしか感じない電撃だ。経験を積んできているアレクシスたちにはそれが分かるが、目の前の男たちには十分な脅威と感じられたらしい。

 一人が早々に逃げ出し、もう一人も及び腰だ。ただ、最初に転がされた男だけはいたく矜持を傷つけられたのか、顔を真っ赤にして起き上がると雄叫びを上げて少女に殴りかかった。それに触発されて、残っていたもう一人も少女に手を伸ばす。


 放っておいても良かっただろう。明らかに男たちより少女の方が役者が上だ。


 アレクシスは少女に殴りかかろうとする男の顔を正面から鷲掴んだ。そのまま力を込める。男が上げる悲鳴が煩わしくて、さらに力を入れた。

 頭蓋骨がミシミシと軋む感覚を指先に感じながら、少女に目を向ける。

「危険な旅だと分かっていて仲間になりてぇ理由は?」

「……力試しよ」

「はっ、話にならねぇ」

 ただ力を試したいというだけにしては、瞳の力が強すぎる。

 平然と会話を続けるアレクシスたちに血が上ったのか、残っていた男が懐から短剣を取り出した。アレクシスの手の中の男は、すでに泡を吹いて気絶している。

「てめえらっ、巫山戯んのも大概に……っ!? いでぇっ――――――!!」

 バルドが短剣を持つ手を捻り上げて関節を決めた。

「わーったから、ちょーっと黙ってような。ーーおやっさん! こいつらどうするよ」

「女の子に手を出して返り討ちにされるようなろくでなしなんて、構わねえから外におっぽり出しちまいな」

 バルドが店主に向かって聞けば、店の奥から返事が飛んできた。一連を眺めていた客からは拍手喝采が上がる。

 アレクシスの手から気絶した男も引き取って、バルドが男たちを外へ放り出しに行った。

 その間に、いままで傍観を決め込んでいたシャロンが少女に向かって椅子を引く。

「まぁ、とにかく座りなよ。なにか食べる?」

「いえ、大丈夫」

「そう? ……勇者の仲間になりたいって、君、魔王になにか恨みでもあるの?」

 腰を下ろさない少女に肩を竦め、シャロンは自分の席に戻った。

 アレクシスも椅子に座り直して、温くなりかけた葡萄酒を喉に流し込む。

 勇者とは、魔王討伐に向かう者に与えられる名称だ。生きて戻れるかも分からない旅。その仲間になりたいと言うのは、先ほど少女が言ったように力試しがしたい酔狂者か、魔人や魔物に強い恨みを持っているかだ。

 だがこれに、少女はなにも答えなかった。ただ一瞬、酷く寂しそうに瞳を揺らす。

 ただそれも錯覚かと思うほど僅かのもので、すぐに彼女は瞳に強さを戻して口を開く。


「魔物に苦しめられる人を救いたい。私にはその力がある。だから行動をする、それだけよ」


 ――この言葉の真意をアレクシスたちが知るのは、もっと後になってからだった。

 



「いいんじゃないかな。彼女に一緒に来てもらえば」

「シャロン」

「正直、彼女の言う通り、この先魔道士がいないのはしんどいよ。それはアレクも分かっているでしょ」

 諭すように言ってくるのに、舌打ちを返す。

「彼女の実力は僕が保証するよ。まあ、今日見ただけだけどね」

 そう言って、シャロンは少女に片目を瞑ってみせる。

 そこに外からバルドが戻ってきて、全員を見回した。

「お? 話はまとまったんか?」

「……まとまってねえ」

「まとまった、まとまった。彼女が仲間になることになったから」

「シャロン!」

「煩いよ、アレク。なにが不満なのさ」

「女なんか、冗談じゃねえ」

「けどよ、並の男なんかよりよっぽど強えんじゃね?」

 騒がしく言い合うアレクシスたちに、少女は目を丸くしている。

 そんな少女に、怒鳴るアレクシスをいなしながらシャロンが声をかけた。

「僕たちここの隣の宿に泊まってるんだけど、君も泊まる宿は決めてあるの?」

「え、ええ。少し離れた場所だけれど。ただ明日には出ようとは思っていたわ」

「ああ、じゃあ一泊分無駄になるけど、荷物持ってこっちにおいで。確か隣の部屋がまだ空いていたはずだから」

 シャロンの言に、頷いた少女が踵を返そうとする。

「おい、勝手に話を進めるなっ」

「良いじゃねえか、アレク。つーか、好都合だろ」

「何がだ!」

 意味の分からないことを言うバルドに噛みつくと、「ほんとに気づいてねえでやんの」と呆れた顔をされる。それにさらに苛立ちが募った。

「諦めろ、諦めろ。どーせ口じゃあシャロンに勝てやしねえよ。役に立たなかったら、そのときに切り捨てればいい話だろ」

「ちっ」

 まだ少女がいるにも関わらず随分酷い話をしているが、少女は気にした風もなく彼らの中で一応は話がまとまったと見て、今度こそ荷物を持ってこようと踵を返した。


 その背をアレクシスは呼び止めた。

「おい、お前名前は?」

 振り返った少女はふわりと笑う。初めて見る、年相応の柔らかい表情だった。



「フィオドラよ」




 フィオドラが開けた扉の先に見えた夜空からは、星明かりが燦々と降り注いでいた。





 


 


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