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薔薇魔女と叛逆の勇者

 城の外で大人しく待っていたドラゴンが、崩れた壁の隙間から鼻先を近づけてきた。

 その姿にフィオドラは驚きの声を上げる。

「ラギ! ラギも来てくれたの」

 鼻を撫でてやると、ラギは喉を鳴らした。その振動がかすかに腹の傷に響く。

 顔を顰めたフィオドラに気づいたシャロンが、彼女の腹部に手を当てた。

「フィオドラ、ラギに体預けて立ってて。治療しちゃうから。……アレク?」

 シャロンに治療してもらっている間に、アレクシスがこちらに背を向けて歩き出した。

 どこへ行くのかと目で追えば、彼は離れたところで固まっている人間たちの所へ向かっていた。

「ゆ、勇者様? あ、あの……」

 一番奥で震えていたクリスティアナが縋る声でアレクシスに声をかける。

 彼はそちらを一度も見ることなく、腰を抜かしている国王の前に立った。

 嵐の余波でまともに立てないらしい人々を冷たく見下ろして、おもむろに手を伸ばす。

 息をのむばかりで誰も動けないのは、アレクシスの纏う闘気と隙の無さのせいだろう。彼は向かってくれば本気で切り捨てる、そんな殺気を隠してもいない。

 アレクシスは国王の手から王杖を取り上げると、鷲の口から緋命石をもぎ取った。不要になった杖を投げ捨てると、その場にいる者たちを一顧だにせず背を向ける。

 雨の音だけがやけに強く響く。

 フィオドラは広間の外が騒がしくなり始めているのに気づいた。城中の者が騒ぎの中心であるここへ集まってきているのかもしれない。

「勇者! 我らを裏切る気かっ」

 怒りに満ちた声が、雨音を切り裂くように投げつけられる。国王たちからは離れていたフリードリヒが、憎しみを込めた視線でこちらを睨んできていた。

 アレクシスは、王子の怒りを鼻で笑った。

「はっ、巫山戯るな。裏切ってやるほど、俺は貴様らに愛着なんぞもってねえよ」

「なっ!」

 絶句する人間たちを一笑して、アレクシスはフィオドラのところへ戻ってくる。

「ほらよ」

 彼女の手に緋命石を押しつけて、アレクシスは面倒くさそうに頭を掻いた。

 石に触れたところから魔力の波動が伝わってくる。

 ようやく、ようやく手に入れた。ようやく取り返した。魔人の秘宝、魔王の命の結晶。

 緋命石のほうも在るべき場所に戻ったのが分かるのか、絶えずフィオドラに柔らかな波動を送ってくる。

 フィオドラは血のように赤い石を額に押し抱いて、目頭にこみ上げてくるものを堪えた。

 いままで抱いていた苦しみや悲しみが、例えようのない喜びとともに押し寄せてくる。

「ありがと。アレクシス、シャロン。本当にありがとう」

「良かったね」

「ふん。いいから、さっさと行くぞ」

 そう言ったアレクシスがフィオドラの体を抱き上げる。膝裏と背中を支えられ、フィオドラは目を丸くした。

 驚く彼女を無視して、彼はラギの体に登った。

 傷は治しても失われた血は戻らない。ひとりで体を支えられる自信のなかったフィオドラは、そのままアレクシスの腕に甘えることにした。

 魔界に帰れば、きっとこうやって彼に体を預けることなどないのだろうから。

 シャロンも乗り込んだのを確認したラギが体を起こして巨大な翼を広げた。その動作でついでのように城の壁を壊していく。

「勇者様っ。待って」

「この反逆者がっ! 絶対に許さんからな!!」

 クリスティアナとフリードリヒの声が聞こえた気がしたが、些細な音などラギの翼が起こした風にまぎれてかき消えた。勢いをつけてドラゴンが空へと飛び上がる。

 驚き目を見張る人間たちの顔が見えるが、次の瞬間には城は遙か下方へと遠ざかった。

 数日滞在した城都。そこには色々な人がいた。

 高飛車な王女に、高慢な王と王子。大切なものを守るために、魔物に立ち向かえる勇敢な兵士。強くて優しい孤児の少女と、己の間違いを悔い改められる悪戯小僧たち。普通の生活を送る普通の人々。

 魔界と人間界。違いなどほんの僅かだ。

 けれどフィオドラは、魔界に生きる人々を愛し優先する。それを間違いなどと思わないが、それでもこの人間界はそれほど嫌いではないと思う。

 首を後ろに回し、降りしきる雨に鬱陶しそうにしているアレクシスを見上げる。

 フィオドラのせいで人間界を捨てさせてしまった勇者。外面が良くて、でも素顔はいつも不機嫌で面倒くさがり。そのくせ面倒見が良くて本当はとても優しい人。

 彼は人の世界を心から愛せなかったのかもしれない。だから、魔界での彼の生活が愛おしいものになればいいと願う。その手助けが少しでもフィオドラに出来れば、これほどの幸せはない。

 フィオドラの視線に気づいたアレクシスが、訝しげに見下ろしてくる。

「なんだよ」

「何でもないわ」

「……意味が分からん」

 微笑むフィオドラに眉を寄せて、アレクシスは彼女の腰に回した腕を強めた。

 引き寄せられた体温が嬉しくて、フィオドラはそっとアレクシスの肩に顔を寄せた。

 彼のことが好きだと、強く実感しながら。





次が最終話です。

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