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勇者の覚悟


 雷鳴が轟く中、魔物と対峙していたときには聞こえ得なかった鋼のぶつかり合う音が響いていた。

 剣戟は増すばかりで、火花の代わりに雨粒が軌跡を生む。

 地面は魔道具によるふたりの攻防の犠牲となり、抉れ隆起し真っ直ぐ歩くのさえ困難な状況となっていた。

 お互いの隙を突いての魔道具の派手な攻撃は、一定の足場を確保できなくなった辺りでふたりとも止めていた。そのタイミングの一致は、共に過ごした年月の長さを感じさせる。

 とっくに逃げ出した兵士たちの雑踏は、大雨のカーテンに遮られて聞こえない。

 バルド以外への警戒は、戦いに巻き込まれない絶妙な距離を取ったシャロンがしているだろうから、アレクシスはただ目の前の強敵だけに集中することができた。

 バルドの攻撃は強力だ。大振りのくせに振り下ろす速度が尋常ではないので、懐に入り込むことも出来ず、一撃でもまともに食らえばそこで終わりだ。

 喉元を狙われた攻撃を横へいなし、アレクシスは後方へ跳んだ。壁のようにせり上がった土を蹴り、バルドの頭上を飛び越えて後ろに着地する。

 背中を一閃しようとしたアレクシスの剣筋は、振り向きざまに剣で受けられる。

 だがこうしたつばぜり合いに持ち込めば、アレクシスの膂力だって負けてはいない。

 剣を合わせ、間近で睨み合う。

「はっは、やっぱアレクは強えな。こんなに楽しいのはまじ久しぶりだぜ。なあ」

「俺は楽しくねえよ。いいから、さっさと斬られやがれ」

「嫌だね。せっかく楽しんでんのに」

「……うぜぇ」

 確かにバルドは足止めの人選としては最適だったろう。楽しむためにわざと戦いを長引かせている。

 アレクシスは力を込めて剣を弾かせた。

 距離を取ると雨で張り付いた前髪を掻き上げる。

「ひとつ、教えておいてやる」

「うん?」

「てめえは俺には勝てねえよ。絶対な」

 紫紺の瞳を細め、アレクシスは笑んだ。

 ――絶対的な自信、大いなる怒りをもって。

 アレクシスの宣言にバルドは楽しそうに笑った。

「出来るか? アレク。お前の剣はよ、魔力に頼らない対人間には大した威力を発揮しないのにさ」

 アレクシスの剣は魔力を食い無効化する剣だ。魔人魔物に対しては圧倒的有利になるものだが、剣の腕だけを強さとするバルドのような剣士には普通の剣と同義だ。

 そんなことは重々承知しているが、アレクシスはバルドの余裕を鼻で笑った。

「当然だろう」

 ふたりの実力差はほとんどない。けれど戦う目的が違いすぎる。

 ただ剣を振るいたいだけのバルド、戦ったその先の目的のために強く勝ちたいと思うアレクシス。

 フィオドラの安否は気になるが、彼女はいつも万が一に備えての対策をしている。だから大丈夫なはずだ。そう思えるほど、彼女の実力に信頼を持っている。

 それに昨夜、彼女のそばにある圧倒的強者の存在を知った。あの魔神がいる限り、フィオドラに死は訪れないだろう。

 だからいまこの瞬間、焦ることもなく目の前の相手に集中することができた。

「だからって、もう限界だ」

 大丈夫だと信じていても、一刻も早く彼女の姿をこの目で確認したい。

 アレクシスは足場の悪い地面を力一杯蹴った。バルドの間合いに飛び込んでいく。

 防御の姿勢のないただ真っ直ぐな接近はバルドの意表を突いた。

 自分の間合いに無防備に飛び込んでくることがどれほど危険か、アレクシスはよく分かっていることを知っていたバルドは、向かってきた勇者を剣で払うか自分が後ろへ引くか迷ったようだ。

 一瞬の躊躇。瞬きにも満たない空白に、アレクシスはバルドの懐に到達する。

 ここでバルドが剣を振ることを選んだならば、アレクシスは無傷でいられなかっただろう。

 しかしバルドは、そうすればアレクシスに多大なダメージを与えてしまうことを本能的に理解した。

 そのことを危惧したのか、それとも戦闘が終わってしまうことを惜しんだのか、どちらなのかは分からない。だが彼が迷いの後に選んだのは後退だった。

 足を引いたバルドが後ろへと飛び退くまえに、アレクシスは彼の胸から肩に剣を滑らせた。ざっくりと肉を切る感覚が手の中に伝わる。

 切りつけられたバルドは、そのまま数歩後ろに下がると、潔いほどの豪快さで背中から倒れた。

 雨は弱まらず、相変わらず強い雨と風が顔面に叩きつけられる。

「っは、ははは、くははははっ。……あーあ、終わっちまった」

 大の字になったバルドは派手な笑声を上げると、次いで寂しそうに呟いた。

 アレクシスは剣に付いた血を払うと、鞘に仕舞って息を吐いた。

 シャロンが駆け寄ってきて、いまだ喉を震わせて笑うバルドを呆れたように見下ろす。

「君って、ほんとどうしようもないね、まったく。……その怪我、早く治さないと二度と腕が動かなくなるよ。僕は治してあげないけど」

「おうよ。……まあ、片腕でも剣は持てるし」

「……ああ、本当に大馬鹿だ。もう勝手にして」

「……」

 ところどころに挟まれる沈黙は、決別に対して思い起こす長い年月への旧懐だろう。

「行くぞ」

 アレクシスは一言告げてバルドに背を向けた。

「でも、どうするの? 僕たちじゃあ転移は使えない。馬で行ったんじゃどう考えても間に合わない。その辺にまだ残ってる魔道士を捕まえるのも時間が掛かる」

 シャロンの言うことはもっともだ。

 アレクシスは泣き続ける空を見上げた。すでに辺りは土砂降りから大嵐へと様相を変えている。

「空から行く」

「……本気? まあ、それなら早いだろうけど」

 渋るシャロンを無視してアレクシスは歩き出した。その背にバルドの声が掛かる。

「なあ、アレク。お前はもう戻ってくんなよ、この腐った泥の中にさ」

 孤児と言われ他の子供たちに差別され、大人たちに蔑まれていたあの頃、アレクシスたちはこの世界を腐った泥の中のようだと言っていた。

 ただ生きていくことさえままならず、呼吸をするのも苦かった。

 負の感情が渦巻いた視線にどぶどぶと沈んでいく錯覚。力をつけ歳を重ねるほどに口にすることは無くなったが、そこから抜け出せたと思えたことは一度もない。

 フィオドラを取り戻せたなら、そう思えるだろうか。

 彼女のまとう空気は出会った頃から清涼で、アレクシスはいつでもそれを求めてしまう。

 アレクシスは城のある方向を睨みつけて、すっと息を吸った。



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