勇者の凱旋
大陸でも有数の大国、ログゴート。
緑豊かな隣国と、商業が盛んな大国に囲まれた、もとは取り立てて突出したところのない国であった。
だが今代国王は王太子だった頃から野心家と有名で、彼の即位とともに他国に攻め入ることが増え、常勝の末、瞬く間に領土を広げていった。
それを為しえたのはログゴートが優秀な魔道士団を持っていたからだ。
魔道士とは魔力を有しているのはもちろん、難解な学術を理解し、あらゆる法則や理論を読み解かなければいけない、難しい職業だ。それゆえ、優秀な魔道士を育てるのはなかなか難しい。
王が即位したのと同時期に、ログゴートではいままでぱっとしなかった魔道士たちが不思議と頭角を現し始めた。
よほど魔道士の育成に力を注いだのか、いまではログゴートの魔道士団と聞くとどの国も腰が引けてしまうほどだ。ここ数年は魔物の対処もあって大人しいが、周辺諸国はいつ牙を剥いてくるかと警戒している。
だが同時に、急激な領土拡大や戦争の多発で、ログゴート内では貧富の差や戦争孤児たちの増加が問題となっていた。
そんなログゴート国が派遣した勇者が、魔王を討伐して凱旋した。
その噂は瞬く間にログゴート王国の内外に広がった。街はお祭り騒ぎ、花がまかれ酒が振る舞われ花火が上がる。
昼から顔を赤らめた男が見てもいない勇者の勇姿を語り、年頃の娘たちがかしましく噂に花を咲かせ、吟遊詩人たちは詳しい話を聞こうとこぞって王城に押しかけた。
魔王討伐の噂を聞いた王城でも、ここ数日は勇者の話題で持ちきりで、誰もが帰還を今か今かと待ち侘びていた。そして今日、とうとう勇者一行が凱旋報告をしに登城していた。
勇者一行は全部で四人だ。魔王の討伐に向かった歴代の勇者たちの中でも、こんなに少人数だったことは記録にない。つまりそれは、彼らの実力が抜きんでているという事でもある。
さらに驚くことに、彼らは城を発ってからたったの半年で帰ってきたのだ。これも驚異的な速さである。
そんな強さも相まって、彼らの人気は上がる一方であった。
本来彼らを迎えるのは国王や重臣といった城の主要な人物たちだけで良かったのだが、勇者たちの姿を一目見ようと、謁見の間には登城を許されている多くの人々で溢れかえっていた。
玉座から続く正面には王に向かって勇者が跪き、その後ろには三人が同じように並んで跪いている。
勇者アレクシス。金褐色の艶やかな髪に紫紺の瞳、容姿端麗で微笑むと甘く、真剣だと凛々しく、戦闘だと雄々しく変わる彼は、魔王討伐前から民衆からの人気も高い。もちろん戦闘能力はずば抜けて高く、その才は数百年に一人の逸材だと言われている。
共に魔王討伐に向かったのは、勇者の幼馴染みでもある剣士と神官だ。
剣士バルドは見上げるほどの上背と、がっちりとした体躯の大男だ。振るう大剣も他に類を見ないほどの大きさだが、不思議と恐ろしい印象はない。ガキ大将がそのまま大きくなったような愛嬌がある。
神官シャロンは、神官の手本のような存在だ。緩く結んだ長髪は銀色で、明るい青い瞳も神の祝福を受けたように美しい。いつも静かに慈愛に満ちた微笑みを浮かべる彼は、幼い頃から高位の神官すら驚嘆させるほどの力を発揮していた。
そして、城を出発したときには居なかった魔導士がいた。
年頃は十代後半か、女と呼ぶには幼いが、凛とした強さを感じさせる少女だ。腰まで伸びる漆黒の髪は光が当たっても色を変えないほど深く、髪と同じ漆黒の睫の下で伏し目がちにされている瞳は美しい紅薔薇色だ。丸みを帯びた頬や形の良い唇も瑞々しい薔薇色であり、纏う雰囲気さえも神秘的で、文句の付けようもない美少女だ。
勇者一行の中に入った紅一点。羨望や嫉妬の視線を受けて、しかし魔導士フィオドラは顔色一つ変えずにかすかに俯いていた。
「よくぞ、よくぞ戻って来た、勇者よ。よくぞかの魔王を倒し、よくぞ……」
よくぞよくぞと繰り返すばかりのログゴート王に、跪いたままのアレクシスは胸に手を当ててさり気なく言葉を遮った。
「光栄です、陛下。しかし魔王を倒せたのは私だけの力ではありません。仲間の力があってこそです」
「おお、そうであったな。お前たちもよくやってくれた」
思い出したように後ろの三人に声を掛けた王に、彼らは再度深く頭を下げる。
それだけでログゴート王は他の三人に興味を失ったようで、勇者に向き直ると一つ咳払いをして話を続けた。
どうやら最初の興奮が収まったらしく、本来の王としての威厳と威圧感が戻って来ている。
「して、勇者よ。そなたを疑うわけではないが、魔王討伐の証を見せておくれ」
王の催促に、アレクシスは懐から赤い結晶を取りだした。集まっている人々の間から、息をのむ音がする。
小指の先ほどの結晶を恭しく差し出すと、従者が持ってきた台に乗せ、王の下へと運ばれた。
王は結晶を手にとり、眉を寄せた。──赤い結晶。それは間違いなく魔王の命そのものである。
人間と変わらない体を持つ魔人だが、例外がひとりだけいた。それが魔王だ。
魔王は死ぬと淡い光となって消えるのだ。そして遺体の代わりに残るのが、この血の色とまごう結晶である。そのような得体の知れぬ者を王と戴くような魔人は、やはり忌み滅殺されるべき存在なのだ。
王は結晶を掴むとそれを掲げた。広間にいる全ての人間に聞かせるように高らかに告げる。
「かの悪しき魔王は魔物をけしかけ、我々人間を脅かしてきた。その脅威が勇者の働きによって退けられた今、もうなにも恐れるものは無い。この世は平和を取り戻したのだ!」
威厳溢れる声に、広間がわっと沸き立つ。
歓声が轟く中、アレクシスは跪いた姿勢のまま、そっと後ろを振り返った。
動かないフィオドラは、響き渡る歓声もアレクシスの視線も意に介さない様子でじっと俯いていた。