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勇者一行

 魔王討伐のときと同じ格好で現れた勇者一行は、統一された姿の兵士たちの中でやはり目立っていた。

 動きの邪魔になるからと、甲冑らしい装備はなくかなり軽装だ。

 ただ胸当てや脛当て、手甲などに施された防護の魔法は強力で、値段的に言えば装飾過多な兜などよりも小さな魔方陣が描かれた子山羊の手袋の方が値が張る。

 彼らの財布を握るシャロンは、確かに守銭奴であるし金儲けが好きだ。けれど、こういった必要品に限っては出し惜しみする性格ではない。

 フィオドラが出会ったときも、彼らは良い身なりをしていたし、途中で仲間になった彼女にも上等な魔道士のローブを買ってくれた。

 しかも選ぶ物はかなりセンスが良く、長い旅で砂埃にまみれようとも品の良さは損なわれない。

「だって勇者なんてみんなが憧れる職業が、田舎くさい格好だったらがっかりするでしょう。夢って言うのはね、お金を生むんだよ」

 確かにいままでの旅で、勇者だというだけで援助してくれる手は多かった。

 みすぼらしい格好をしていたら偽物だと疑われることもあっただろう。

 整列する兵士たちとは少し距離を置いて、フィオドラたちは雑談に興じていた。

「そうね。それに、お金は回さないと入ってこないとも言うし」

「んじゃあよ、もうちょっと酒買ってくれてもよくね?」

「バルド、君そのうちぜったい肝臓壊すよ」

「いっそ病気になっちまった方が静かになっていいだろう」

 アレクシスが溜め息とともに言ったとき、曇天の空に高らかと出発の角笛が響いた。

 足下にあった魔方陣が光を発し始める。絡み合う線に魔力が流れていくのを感じた。

「転移にこの大きさの魔方陣はぜったい無駄だと思うわ。もっと作りやすい大きさを大量に作った方が要領がいいわよ」

「大きな魔方陣で一気に移動の方が、見栄えがいいからだろう」

 体を引っ張られる感覚の中でも会話が出来てしまう余裕は、培ってきた経験によるものだ。

 魔界をあちこち回っていた頃は、毎日のように転移魔法を使っていた。

 引っ張られる感覚が足下から脳天までに至ったとき、目の前の景色がかき消え、新たな風景が目前に広がる。

 高圧的な石の城壁、重装備をした兵士たちが行き交い、壁の向こう側はひどく騒がしい。くだんの砦であるようだ。

「お待ちしておりました」

 位が高いと思われる甲冑を着込んだ壮年の男が、王城からの兵士を引き連れたフリードリヒに膝をついた。

「状況は?」

「芳しくありません。砦にいた兵力の三分の一が一昨日から演習に行っておりまして、帰還にはまだ時間がかかります。残った兵も半分以上が近隣住民の避難に回っていて……。そ、それに正面門にはもう多くの魔物が集まってきていて、下手に門を開けるわけにはいかず……」

「もういい」

 フリードリヒはそれ以上の弱音など聞きたくないと言わんばかりに吐き捨てた。

 離れた場所でそのやりとりを見ていたフィオドラの隣にアレクシスが立つ。

「砦の駐屯数はおよそ二千だそうだ。あの男の言うとおりなら、残ってんのは六百弱だな」

「すでに出てるだろう死傷者を考えるともっと少ない可能性もあるわ。それに……」

 フィオドラは部下に指示を出しているフリードリヒからどうにか目を逸らした。

 あまり見ていると訝しがられるし、彼が持っている物に我慢しきれず手を伸ばしてしまいそうだ。

 彼の手には緋命石を据えた王杖が握られていた。

「例の物がここにあるなら、魔物はここに集まってくるわ。きっとこれからもっと増える」

 確信して告げると、アレクシスは頷いて溜め息をついた。

 「面倒くせえ」とぼやきながらフリードリヒのもとに歩いて行く。フィオドラもその後を追った。

「殿下、一刻も早く応援に出ましょう」

 慇懃に声をかける勇者に、フリードリヒが振り返る。

「勇者殿たちはどう出る? 我らの隊の中に組み込まれるのはやりにくかろう」

「お心遣いに感謝します。仰るとおり、単独で動かせていただけると有り難く思います」

「分かった。ああ、神官殿と魔道士殿はあちらに。後方支援の部隊がいる」

 フィオドラと、いつのまにか近づいてきていたシャロンにフリードリヒが言う。

 彼女はシャロンと目を合わせた。思っていることが二人同じだ。

 腹黒さなど感じさせない涼やかな笑顔でシャロンが口を開く。

「申し訳ありませんが、我々は勇者たちとともに参りたく思います」

「だが、あなたたちに前線は危険だろう。無理をせずに後ろにいてはどうだ」

 傷を癒やしたり場を整えたりする神官や、攻撃や防御に杖や詠唱を必要とする魔道士は確かに後方支援向きだ。だがそれは一般的な常識である。

「殿下、私たちは魔王討伐に選ばれそれを成した者たちです」

 戦場に不似合いな優しげな笑顔で、シャロンは言い切った。

 この笑顔全てが計算ずくであるのだから、凄い。

「……そうか。いや、これは失礼した。ではそちらはそちらで任せよう」

 完全には怪訝な表情を消せないまでも、フリードリヒは了承した。

 裏に少人数で出るのにちょうどいい出入り口があると教わり、そこから兵士たちに先んじて出陣することになった。

 一礼してその場を辞すと、裏口に向かいながら、アレクシスがもう一度「面倒くせえ」と吐き捨てる。

「本当にね、あの人たちのお守りなんて心からご免だよ。それで、アレク。今回もいつも通り?」

「ああ。前が俺、間にお前を挟んで、後ろがフィオドラとバルドだ」

「おい、早く行こうぜ」

 他のところで兵士と話していたバルドが、子供のように手を振って彼女たちを急かす。

 一番後ろを歩きながら、フィオドラは不意に背中に突き刺さった視線に振り返った。

 フリードリヒがこちらを見ている。

 出発前に味わった王女の嫉妬まじりのものなど比にはならない、もっと恐ろしいほどの欲の籠もった視線だ。

 その意味を量りかねてフィオドラは顔を顰めた。

 そうしている間にフリードリヒは目を逸らし、彼女はアレクシスたちと距離が空いてしまったことに気づく。


 慌てて彼らの後を追いかけたフィオドラの背中を、今一度、王子の瞳が追っていた。




次話よりしばらく、というよりはずっと戦闘シーンが続きます。

苦手な方はご注意ください。

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