魔女の願い
「思っていた?」
訝しげにアレクシスが聞き直す。
「ええ。彼らは、ログゴートは……私たちから魔物をおびき寄せるための秘宝を奪ったのよ。緋命石は強い魔力の塊でもあって、側にあるだけで力の底上げをしてくれる。戦争ではさぞ役に立ったでしょうね」
口調が皮肉めいたものになるのを止められず、フィオドラはきつく眉を寄せた。
強い怒りと悔しさが、腹の奥から全身に駆けめぐり、心臓を焼く。瞼を閉じれば赤い煌めきがいつでも蘇る。――いまや、それは。
ふと頭に温もりを感じてフィオドラは目を開けた。
仏頂面のアレクシスが、不機嫌そうに彼女の頭を撫でている。
怒って先に歩き出してしまうほど、嫌がっていた彼なのに。
撫でてくれたのは一瞬で、切り替えをするように頭を振った彼が、眉間の皺を深くして話の続きを促す。
「その緋命石とかいう石がどこにあるのか、もう分かっているのか」
「昨日の、武道大会のときに分かったわ」
魔法を使ったときに感じた力のうねり。その発生源。魂を引きずられるようなあの感情。
「国王の持つ杖。その頂点に据えられていた」
告げた言葉にアレクシスが息をのむ。それを手に入れる難しさを、彼も悟ったのだろう。
フィオドラは彼から手を離して空を仰いだ。
一日の最後の太陽が燃えて空を焼いている。赤い天に星が煌めきはじめ、己の存在を主張し始めた。
――わたしは此処にいる。
(必ず。……必ず取り戻すから。もう少し待ってて)
両手を顔に当てて、視界を塞ぐ。暗闇の中、慰めの子守歌が耳の中で聞こえた気がした。
隣の気配が動いたのを感じて、フィオドラは目を開けた。
立ち上がったアレクシスが、こちらを見下ろしている。
逆光になった彼の姿は薄暗い。けれどその輪郭はふんわりと光を集め、なぜだが酷く安堵を覚えた。陰の中の紫紺の瞳が深い色を湛えている。
「行くぞ」
「……どこに?」
「取り戻すんだろうが。戻って作戦会議だ」
「手伝ってくれるの? きっとログゴートが他国よりも優勢でいられるのは、あれのおかげなのよ」
あの宝石の力を使って、ログゴートの魔道士たちは力を付けているのだ。その魔道士たちのおかげで、この国は強国でいられる。
人間であるアレクシスがフィオドラに手を貸して魔人の味方になる義理はない。彼女の存在を見て見ぬ振りをしてくれているだけでも有り難いのだ。
けれど彼はそれを鼻で笑ってフィオドラに手を差しのばしてきた。
「んなもん知ったことか。俺には関係ねえ。お前が欲しいって言うなら手に入れてやる」
酷く尊大な態度で言い放ったアレクシスに、フィオドラはぽかりと口を開けた。
相変わらずの不機嫌顔は、冗談を言っているようには見えない。差し出された手が引っ込められる様子もない。
「なんだよ」
呆然としているフィオドラに、アレクシスは首を傾げた。
拒絶しなければ、下ろされることのない手。その手と彼の顔を見返して、フィオドラは恐る恐る手を伸ばした。重ねた手を強く掴まれる。
触れあった部分が、酷く熱かった。




