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「やあ、ライ。久しぶり」
「元気か?」
学校が夏休みに入り、サクヤとンゴペリがライの屋敷に遊びに来た。
二人は夏休み中を北方群島の辺境伯の屋敷で過ごすために、スーツケースいっぱいの荷物を持ち込んでいた。
あれからライは父親に言われて編入試験の勉強漬けの毎日で、少しも外に出る機会がなかった。
二人を迎えに出たライは、感動で涙が滲んだほどだった。
「ちょうど良かった。俺もう勉強のし過ぎで頭が爆発しそうだよ」
サクヤがけらけらと笑う。
「やだなあ、ライ。人間は勉強のし過ぎでは頭は爆発しないよ? せいぜい知恵熱が出るくらいさ」
ンゴペリは呆れたように言う。
「お前が普段から勉強してないせいだ。ライの場合、筋肉だけでなく、もう少し頭にも栄養を行き届かせる必要があるな」
部屋に籠っていたストレスのせいもあって、ライの額に青筋が立つ。
思わずンゴペリに詰め寄る。
「誰が何だって? お前こそ筋肉馬鹿のくせに」
「お前に言われたくないな。人のことを言う前に、その喧嘩っ早さをどうしかしろ、この脳筋」
「何だと? お前の部屋なんて牛小屋で十分だ」
「お前こそ、堆肥小屋が良いんじゃないのか? 臭くて快適だぞ?」
取っ組み合いながら、二人の目は火花を散らしている。
サクヤは持っていた荷物の中から、菓子折りを取り出す。
「すみません、にぎやかで。あ、これ僕の故郷のお菓子です。お口に合うかどうかわかりませんが、皆さんで召し上がってください」
ライの母親がにこやかに応じる。
「まあご丁寧にどうも。学校ではライに親切にして下さったそうですね。どうぞ自分の家だと思って、ゆっくりしてらしてね」
「お心遣い感謝いたします。しばらくお世話になります」
ライとンゴペリを玄関ホールに残し、父親と母親、サクヤと使用人たちはそろって歩いて行った。
豪華な晩餐会を終えた後、ライとサクヤとンゴペリの三人はライの部屋に集まっていた。
「その後どう? 特に変わったことはなかった?」
サクヤがベッドの端に座りながら尋ねる。
「こっちは相変わらずだ。みんないつも通りで、お前がいたなんて嘘みたいに落ち着いているぞ」
ンゴペリは厚い絨毯の上にあぐらをかいている。
「みんな薄情だよね。ライが不適格者とわかった途端、ライのことを誰も話そうとしない。話題に上げようともしない」
「所詮、それだけの奴らだったんだ。あいつら、プライドが高くて、自分が適格者だっていう特権階級を持ってるんだ」
ライは絨毯の上に座り、二人の話を黙って聞いている。
「仕方がないさ。俺が不適格者なのは本当だからな」
「でも、ライ。彼らに文句の一つも言わないと」
「お前お人好し過ぎるぞ?」
ライにも現実は十分にわかっている。
だからこそ不適格者だとわかってもなお、親しく付き合ってくれる二人の存在がありがたかった。
ライはサクヤとンゴペリの顔を見回す。
「俺な、空船で空を飛びたいんだ」
自分の率直な気持ちを打ち明ける。
二人はちょっと驚いたようだった。ぱちぱちと何度も瞬きをする。
「空船だったら、空を飛べるんじゃないかな?」
「お前、何当たり前のことを言ってるんだ?」
「ち、違う。空船で空を飛ぶって言っても、俺は空の座を目指すんだよ。誰よりも速く、誰よりも高く、空船で空を飛びたいんだ」
ライはむきになって言う。
サクヤが考え込むように顎に手を当てる。
「今の空船の技術では、大陸の上空数百メートルが限界だからねえ。エンジンを改造しないと無理かなあ」
「お前、それならそうと早く言えよ。いいぜ。みんなで空船を改造して、もっと高くまで飛べるようにしようぜ。その口ぶりだとお前、空船を持ってるんだろう?」
「持ってると言っても」
ライは口ごもる。北方群島に帰ってからの出来事を説明する。
サクヤとンゴペリは黙って聞いている。
「それでその空船の持ち主は雲海に落ちて死んだと言われてるの?」
「あぁ、葬儀も教会ですませた」
「そいつの空船は無事なんだな?」
「外から見た分には、無事のように見えた」
サクヤは大きくうなずく。
「うん、わかった。明日その人の家に行こう。ライがその人の納屋の鍵を預かってるんだろう? その人の作った空船の状態を見てみよう」
そう結論を出して、三人は床に就いた。
(クロウさんは、本当に雲海に落ちて死んだのか? どこかで生きている可能性はあるんじゃないのか?)
ライは暗闇の中でじっと考え込んでいた。
もしも空船で空を行くには、どの季節にどんな風が吹くかの空図や修理用の他の道具なども必要だな、とライは考えていた。