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8/11

 次の日、雨が降っていた。

 滅多に神に祈らないライは珍しく三日後の晴れを祈った。

 雨は二日目の夜半過ぎに止み、ライは約束通り三日後の朝早く、馬に乗ってクロウの家にやって来た。

 空は青く晴れ、風は雲海に向かって強く吹いていた。

 ライたちが家に着く頃には、クロウは空船を納屋の前に出していた。

 クロウ自身は頑丈そうな革のつなぎを着て、手袋や帽子、ゴーグルを付けている。

「やあ、ライ君。この空船を動かすのを手伝ってくれないか?」

 ライは言われた通りに空船の胴体を押し、石垣の木戸から外へと出す。

「今日は絶好のテスト飛行日和だよ。雲海に向かって風も吹いている。大丈夫、きっと成功するよ」

 断崖に続く道の途中に空船を置き、クロウは乗り込む。

 エンジンをかけ、機器を確認する。

「うん、大丈夫そうだね。じゃあ行ってくるよ、ライ君。しばらく留守を頼んだよ?」

「わかった」

 ライは大きくうなずく。

 空船はゆっくりと動き出す。切り立った崖に向かって進んでいく。

 徐々に速度を上げ、崖の淵が迫ってくる。

 ライははらはらとしながらその様子を眺めていたが、空船は崖の淵から空に飛び上がった。

 風にもまれながらもバランスを取って、空高く上がっていく。

 ライは朝の白い光に照らされている青い機体を、目を細めて見送る。

 胸の中が感動でいっぱいになる。

(俺もいつか自分の空船で、空を飛んでみたい。そして空の彼方にある空の座を目指すんだ!)

 ライは崖のそばに立って、空船の姿が見えなくなるまで空を眺めていた。

 見えなくなっても、いつまでもいつまでもそこに立ち尽くしていた。


 晴れたのはその日一日だけで、次の日は生憎の雨だった。

 ライは馬で遠乗りに出かけることも出来ず、屋敷の自室にこもっていた。

「お前もいくら法術を扱えないと言っても、遊び歩いていい訳ではないぞ?」

 父親に新しい学校への編入試験の勉強をやらされていた。

 ライは勉強をしながら、窓から雨の降りしきる曇天を見上げる。

(クロウさん、この雨の中、大丈夫かなあ?)

 空船で飛んでいるクロウのことを思う。

 いくら雨避けがあると言っても、この冷たい雨の中では寒いのではないか。

 ライは空船で飛ぶクロウのことを心配したが、だからと言ってライがどうにか出来ることでもなかった。

(でも空船で雲の上に出てしまえば大丈夫か? 空の上ならきっと雨も降っていないだろうし)

 ライはすぐに考え直す。

(クロウさん、早く帰ってこないかな。空の上のこと、空船のこと、もっと色々聞きたかったな)

 出発直前は色々と忙しそうで空船のことを聞けなかったが、帰ってきたらゆっくり空船のことを聞こう。

 ライはそう考えて、勉強に励んだ。


 それから十日経っても、クロウは家に帰ってこなかった。

 ライはそれからちょくちょくクロウの家に顔を出したが、家の門は相変わらず閉ざされたままで、人のいる形跡はなかった。

 一ヶ月が過ぎ、ある嵐の後、断崖の下の岸辺にクロウの空船があがった。

 村人の連絡を受けてライがそこに馬でたどり着いた時には、クロウの空船は村のそばに引き上げられていた。

 ほぼ無傷に近い空船の運転席にはクロウの姿はなかった。

「嵐でやられたんだね。可哀想に」

「きっと死体は雲海に落ちて、もう戻らないだろう」

「空を飛ぶなんて無茶なことをするから、こんなことになるんだ」

「何て無謀なことを」

 ライは黙って村人のささやき声を聞いていた。

 村人に頼んで、空船をクロウの家まで運んでもらった。

 後日、村の教会ではクロウの葬儀が執り行われた。

 ライはその葬儀に参列した。

 クロウの家は貸家だったので、次の買い手が見つかるまではそのままにしておかれるようだった。

「一応は来月の家賃までは払ってもらってるから、そのままにしておいてもいいのだけどな。しかし空船の事故で死んだ男の家なんて、嫌がって買い手はつかないだろうな。それとも坊ちゃん、買い手がつくまで坊ちゃんの隠れ家として使いますか?」

 貸家の主は冗談半分にそう言って、ライに合い鍵を渡してくれた。

 ライは納屋の中に空船を戻し、白い光の中でぼんやりと立ち尽くしていた。

 悲しいのか、虚しいのか、ライには自分の気持ちがわからなかった。

 ただ一つわかったことは、人間誰もがいつかは死ぬものだ、ということ。

 空船が空を飛ぶ以上は、落ちる覚悟が必要だということだった。

 クロウはそれをわかっていながら、危険を冒して空へと飛び立った。

(俺に覚悟があるのか? 空を飛びたいと思っていながら、命を懸けて空の彼方を目指す勇気が。クロウさんのように、死をも恐れぬ強い気持ちが、果たして俺にあるのか?)

 ライは乗り手を失った納屋の中の空船を前に考え込んでいた。

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