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「へえ、君は空船に興味があるのか。その若さでねえ。いやあぼくもね、若い頃は首都で空船の技術者をやっていたんだけど」
その男の名前はクロウと言った。
ライが空船に興味があると言うと、クロウは快く案内してくれた。
庭の畑の周り以外は雑草が生い茂り、ライとクロウは背の高い雑草を掻き分け、家の裏手にある納屋に向かった。
「ちょっと待っててくれよ」
クロウは服のベルトに結んだ鍵を取り出し、納屋の扉の鍵穴に入れる。
錆びついた扉を開けると白い埃が舞い上がり、外からの光を受けてちらちらと輝いていた。
「この納屋は、この家の前の持ち主の物でね。色々と廃材が置いてあったのを、ぼくが片付けたんだ」
クロウは納屋の大扉を開け、光を入れる。
昼のまばゆい光の中に、ライが今まで見たこともないような形の空船が浮かび上がる。
流線型のフォルムが美しい一人乗りの青い空船だった。
「これはトンボのデザインを取り入れているんだ。ぼくが前にいた会社の空船のデザインを取り入れつつも、オリジナリティを出すために、すべての部品を僕の手作りでまかなっているんだ」
クロウは得意そうに話す。
「へええ」
ライは目を丸くして目の前の空船を見上げている。
クロウ自身不精そうな中年の大人だったが、その空船を見る目には子どものような純粋さがあった。
「この空船は、もう少しで完成なんだ。ぼくは自分で造ったこの空船で、どこまで高く飛べるか試してみたいんだ。もしかしたら、空の彼方にある空の座にだって行けるかもしれない」
「空の座?」
ライは聞き返す。それは天空神のおわす楽園の名ではなかったか。
クロウは何気なく答える。
「そうだよ。君も知っているだろう、空の座の名前を。聖典に出てくる空の座だよ。その空の座は天空神のいらっしゃる場所で、そこに生きてたどり着くことが出来たら、あらゆる願いが叶うと言われているんだよ。知ってたかい?」
いつか空の座へ二人で行こうと言った、幼い約束を思い出す。
ライはどこまでも続いているかのような、青い空が好きだった。
いつかその空を自由に飛んでみたいという夢を持っていた。
ライは目を輝かせる。
「クロウさんは、空の座を見つけたいと思っているんだ。俺もいつか空の座に行ってみたいと思ってるんだ」
熱っぽく語る。
「ははは、空の座が本当にあるかどうかはわからないけどね。一説には空の座は、死者の向かうべき場所、ともあるけれどね」
クロウは目を細める。力なく笑う。
「空の座に行けば、死んだ妻と娘にもう一度会えるかもしれない。そんな儚い願いを抱いた時もあったけれどね」
ライはクロウの寂しげな横顔を見つめている。
「おっと、湿っぽい話はなしだ。とにかく、この空船でどの空船よりも高く、遠くへ飛べるように造ったんだ。この空船は一人乗りだけれど、世界の果てにだって飛んで行けるように、ぼくが調整しているんだ」
クロウは再び得意そうに話す。
「テスト飛行の日は、これから三日後の予定だ。その時はライ君もここに見に来るといいよ。あの断崖から空船が飛び立つ瞬間に、ぜひ君に立ち会ってもらいたいな」
クロウは納屋の奥から設計図の紙を持って来る。
設計図を床に広げてライに見せる。
「ほら、後はこの翼の調整とエンジンの出力を確認するだけなんだ」
空船の全体の様子が書いてあるために設計図だとかろうじてわかるが、図が書いてなければとてもそうはわからなかっただろう。
ライは見ていて目がちらちらしてくる。
「ははは、ライ君にはちょっと難しかったかな?」
難しい顔をしているライを見てクロウは笑う。
「俺だって勉強すれば、これくらい読めるようになります。今は読めないだけで将来はきっと」
ライはふて腐れながらつぶやく。
「それは頼もしいな」
クロウは設計図を丸める。納屋の棚に戻す。
納屋の中には他にもライが見たこともないような様々な機械がある。
「これは?」
ライは手近な機械を指さす。
「ああ、これはね」
その日は日暮れ近くまでクロウの納屋で話をしていた。