表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

 故郷に戻り、北方群島の教会の司祭に洗礼の儀式をしてもらっても結果は変わらなかった。

 不適格者という烙印が、ライの気持ちを落ち込ませた。

 辺境伯は昔の伝統の通りに世襲制で引き継がれていく。

 しかしそれは法術を扱える者、適格者に限られている。

 もしも嫡男のライが法術を扱えないとなると、妹のアンナか、その夫との間に出来た息子が辺境伯の地位を継ぐことになる。

「ライ様は、これからどうして行くのかしら? 辺境伯の息子が不適格者だと知れれば、どんな良からぬ噂が立つか。ライ様も、不適格者ではまともな職にも就けないでしょうに」

 ライは口さがない使用人たちがそんな噂話をしているのを聞くのが嫌だった。

 今はどこか遠くに行きたかった。

 何も考えたくなかった。

 そんな暗い気持ちでいたライは、サクヤにもらった桜の苗木を思い出した。

ある日、庭師見習いで幼馴染のレインに桜の苗木を手渡した。

「これは山桜の苗木ですね。上手く根付けば、この土地で何百年も生き続けますよ」

 レインはそう言って屋敷の庭の日当たりが良く、水はけの良い場所を探して苗木を植えた。

 大事そうに植えるレインの横顔を見て、ライは我慢できずに尋ねる。

「お前は生まれたばかりの頃に受けた洗礼の儀式で、法術を扱えない不適格者と判断された時、どんな気分だった。やっぱり落ち込んだりしたんだよな」

 庭師見習いのこの少年は法術を扱えない不適格者だ。

 この少年だけではなく、屋敷で働いているほとんどの使用人が彼と同じだった。

 レインは山桜の苗木の根元に手で土をかぶせながら答える。

「小さかったので僕自身はよく覚えていません。でも、きっと両親はがっかりしたんだと思いますよ」

「そうか」

 ライは息を吐き出す。

 こんなことを誰かに聞いても仕方がない。

 ライが不適格者であることは、今更覆しようのない事実なのだ。

 レインはじょうろで苗木の根元に水をかけている。

「僕は不適格者と判断されて、かえって良かったと思います。だってこうして自分の好きなことが出来るのですから。もしも適格者と判断されていたら、きっと勉強漬けの毎日だったでしょう。良い職業に就くために、良い学校に進学する。そのために、毎日一生懸命勉強に励んでいたかもしれません。そうなると、こうして植物の世話も出来なかったかもしれませんね」

 レインは立ち上がり、ライを振り返る。

 少年の真っ直ぐな瞳がまぶしい。

 ライは思わず目を細める。

「そうか。そうだよな」

 少年の瞳に、自分の進むべき道を垣間見たようだった。

 まだはっきりしたことは何もわからないが、一筋の光明を見た気がした。

「そうか。好きなことが出来ると考えればいいんだよな。ありがとな、レイン。俺、頑張るよ」

 レインは不思議そうに首を傾げる。

「よくわかりませんが、僕はライ様のお役に立てたのですか?」

 ライはすでにレインに背を向けて走り出していた。

「レイン、その桜の木の世話、頼んだぞ~」

 振り返りぶんぶんと手を振る。

 驚いた様子のレインがぼうぜんと立ち尽くしているのが見える。

(そうだよな。俺は俺なりにしたいことをすればいいんだ。たとえ法術が使えても使えなくても、俺は俺に変わりないんだ。何も変わっていないんだ)

 ライは屋敷の隅にある馬小屋へと走って行った。

 すぐさま馬に飛び乗り、暗い気持ちを振り払うかのように、領内を見て周った。

 ライは村の道や草原、森を馬で走らせ、村の家々を訪ね、北方群島に住む人々の話を聞いて回った。

 馬で見て周ることはライには新鮮だった。

 父親のお供で馬車で回ることはあっても、こんなにすぐそばで島民と接し、生活をつぶさに見ることは今までなかった。

(俺は俺なりに出来ることをすればいいんだよな。辺境伯になれなくても、その手伝いをすればいい。手伝えないなら、自分の好きなことを思い切りすればいいんだ)

 そうして馬で北方群島を見て周る日々が数日続いたある日のことだった。

 島の北の村で、断崖のそばに偏屈の男が住んでいるという噂を聞いた。

「何しろよくわからない男で、おれにはあいつが何を考えているかさっぱりわからねえんだよな」

「ライ様、あんな変な男の元を訪ねるのはおよしよ。あの男は得体が知れないよ」

 村人たちに止められたにも関わらず、ライは好奇心からその険しい断崖のそばのある男の住むという家に馬で向かった。

 家は切り立った崖の上に建っており、潮の香りのする強い風が雲海から吹き付けている。

 家は石造りで頑丈な造りになっており、その周囲をツタの巻きついた石垣が覆っている。

 石垣と家の間には小さな畑や家畜小屋があり、そこで野菜や家畜を育てて暮らしている。

 時々村人の求めに応じて、耕作機械や鍋や道具の修理をしてくれるという。

(いきなり用もないのに訪ねるのもなあ)

 ライは石垣に馬の手綱を巻きつけ、門から男の家の敷地内に入り、周囲を一周する。

 家の裏手には納屋のような大きな建物があり、扉には鍵がかけられていた。

(農機具小屋か? それにしては大きいな)

 ライは窓から埃っぽい納屋の中を覗く。

 大きく目を見開く。

 気が付けば男の家の玄関に回り込み、力いっぱい扉を叩いていた。

 家の中でごとごとと音がする。

「誰だい?」

 ライは息せき切って話し始める。

「あの、俺は辺境伯の息子のライ。納屋の中にある物を見せて欲しいんだ」

「何だって?」

 不審そうな男の声が返ってくる。

「俺、納屋の中にある空船に興味があるんだ。お願いだ。あの空船をそばで見せてくれ!」

 ライは声の限りに叫んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ