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 寄宿舎の自分の部屋に戻ったライは、一日中部屋の片付けをしていた。

 夕方になって友達のサクヤが様子を見に来た。

「ライ、今日は授業に出なかったみたいだけど、体調でも悪かったのかい?」

 ライの事情を聞かされていないのだろう。

サクヤは心配そうな顔で聞いてくる。

「ん、ちょっとな」

 ライは部屋の荷物をまとめ、父親の持ってきた大きな鞄に詰めている。

 父親は「あの理事長、とんだ石頭だ。屋敷に戻ったら弁護士を集めて訴えてやる」と息巻いていたが、ライは何も思わなかった。

 この寄宿舎の広い部屋は五人共同で使っている。

 そのためライの荷物はベッドとその周辺に少しあるだけで、最低限の物しか置いてなかった。

「何してるんだ、ライ。荷物をまとめて。もしかして、昨日のことかい?」

 すっかり片付け終わったベッドの周辺を見たサクヤが怪訝な顔をする。

 ライは何も答えない。

 サクヤは床に座り込み、ライの顔を覗き込む。

「昨日の洗礼の儀のことを気に病んでいるのかい? 図星だろ」

 サクヤの竹を割ったようなさっぱりとした物言いに、ライは努めて淡々と話す。

「俺は法術を扱えない不適格者、と判断されたんだ。適格者しか入れないこの学校に、これ以上いられない」

 サクヤは肩をすくめる。

「もしかしたらはかり間違いかもしれないだろう? 他のところでも調べてもらうべきだよ。ここでしか調べてもらってないんだろう? だったら学校を去るなんて、まだ早すぎるよ」

 ライは少し考える。

「その時はその時だ。そうしたらこの学校にまた戻ってくるかもしれないな」

 ライは笑いながら答える。

 しかし胸の中では、もうこの学校に戻ってくることはないだろう、と思っていた。

 父親と言い争う理事長の姿を見た後では、とても戻ってくる気にはなれなかった。

「そうだね」

 ライの複雑な気持ちを察したのか、サクヤもそれ以上言わなかった。

 サクヤは床に散らばったライの荷物を拾う。

「片付け、手伝うよ」

「頼む」


 その次の日の朝、ライは学校を後にした。

 裏門の前にはライの見送りのためにサクヤとンゴぺリ、担任の先生が待っていた。

 ライは父親に付き添われ、大きな鞄を手に三人と向き合う。

「他の生徒にも声を掛けたんだけど、みんな忙しいと言って見送りは出来ないって」

 サクヤが困ったように笑っている。

「みんな、友達甲斐の無い奴らだぜ。なあ、ライもそう思うだろ?」

 ンゴペリはライの肩をばしばしと叩く。

「そうだな」

 ライは笑いながらンゴペリの肩を叩き返す。

 ンゴぺリはサクヤと同じようにさっぱりした性格だ。

 豪快と言ってもいいのかもしれない。

 ライと喧嘩をした後は、サクヤと一緒に親しい友達としてずっと付き合ってくれている。

 そんな二人と三年間一緒にいられて、友達に恵まれて、ライはそれだけで十分に感謝している。

 ライが法術を扱えても、扱えなくても、二人はそんなことでライを区別したりしない。

 それが不適格者と判断され、学校を退学させられたライにとって、唯一の救いだった。

「ライ、これは桜と言う僕の故郷の木なんだ。春に薄紅色のきれいな花を咲かせるから、君の故郷でも育つといいのだけれど」

 サクヤは手の平の大きさ小さな苗木をライに手渡す。

「僕の帰るべき故郷は無くなってしまったけど、こうして故郷の木を育てては、大事な人に渡しているんだ。みんなに少しでも喜んでもらえるように。君の故郷は北の方だと聞いたから、寒さに強い品種を選んだつもりだけど」

 ライはにこりと笑う。

「ありがとな、サクヤ。大事に育てるよ」

「うん」

「故郷の友達に、木や植物が好きでお前と同じ故郷の奴がいるから、そいつがこの枝を見たらきっと喜ぶぞ」

「僕と同じ? そっか。彼によろしくね。出来れば日当たりが良くて、水はけの良い土地に植えて欲しいと、彼に伝えてね」

 サクヤも嬉しそうに笑う。

「おれの贈り物は、これだ」

 ンゴペリがポケットの中からぼろぼろの人形を取り出す。

「これもおれが故郷を出る時、ばあちゃんからもらった物なんだぜ? いつも肌身離さず付けていれば、風邪一つ引かない優れものなんだ」

 受け取ったライは、その人形の不細工加減に思わず吹き出す。

「それはンゴペリの体が頑丈で、ただ単に風邪を引かないだけじゃないのか?」

「違いない」

 ンゴペリはライの背中を勢いよく叩く。

「痛えな」

 ライも蹴り返す。

 それはすぐに殴り合い蹴り合いの喧嘩に発展する。

「ちょ、ちょっと、二人とも」

 そしてそう言う時に決まって仲裁に入るのがサクヤの役目だった。

「そんなことすると、桜の枝が折れるだろ! 桜は繊細なんだよ? 僕が丹精込めて育てたんだから、大事にしろ!」

 サクヤの怒鳴り声で、二人は喧嘩をぴったりと止める。

「やれやれ、うちの馬鹿息子はどうしてこう最後まで」

 傍で見ていた父親が頭を抱えている。

 ずっと黙って見守っていた担任の先生が父親と言葉を交わす。

「息子さんにも良いところは沢山ありますよ? 私は乗馬の授業を担当していましたが、乗馬の腕はクラスで一番でしたから」

「そ、そうですか? 先生がそうおっしゃるのなら」

 父親は途端に嬉しそうに破顔する。

 担任の先生は父親と握手を交わす。

「私も彼の中等部の卒業証明書を校長に掛けあってみますが、理事長があんな態度なので難しいかもしれません。彼は出席日数も足りてますし、卒業まで後数か月のことなので、私としても何とかしてあげたいのは山々ですが」

「ありがとうございます。先生のお気持ちだけで十分です。いえ、先生にこれ以上の迷惑は掛けられません。上の決定は絶対ですから。後は私の方で何とかします」

「そうですか」

 父親は担任の先生と固く握手をして放す。

 まだンゴペリと睨み合っているライを小突く。

「ほら、そろそろ行くぞ、馬鹿息子。早くしないと空船の昼の便に間に合わないぞ?」

「わかったよ」

 ライはふて腐れた声で応じる。

「じゃあな、サクヤ。ンゴペリもせいぜい元気でな」

「お前もな」

「もう、どうして二人とも最後までそうなんだよ」

 サクヤが顔をくっつけ睨み合う二人に呆れる。

「最後くらい、笑って別れようよ」

 サクヤに言われて、二人は引きつった笑みを浮かべる。

「じゃあな」

「またな」

 とても別れとは程遠いぎすぎすした雰囲気に、サクヤ、父親、担任の先生はそろって溜息を吐く。

 こうしてライの首都の寄宿学校での生活は終わりを迎えた。

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