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次の日、ライは朝の授業前に理事長室に呼び出された。
ライが担任の先生に付き添われ理事長室に入ると、校長、理事長、そして北方 群島にいるはずの父親、アルバート・ガウェインがテーブルを囲んで座っていた。
「ライ」
父親は驚いているライの顔を見ると、ソファから立ち上がる。
「親父? どうしてここに?」
「昨夜の空船の便で、急いでここまでやって来た。ここに着いたのは今朝早くだが、事情は理事長や校長からおおよそ聞いている」
父親はライに歩み寄り、正面から見据える。
「お前が法術を扱えない不適格者、と言う話は本当なのか?」
やはり、とライは思った。
いくら勉強の苦手なライであっても、何もわからない訳ではない。
大人たちはライに何も話さなかったが、あそこまでされて察しがつかないライではない。
「やっぱり、そうなんだな」
ライはぽつりとつぶやく。
青い光が現れない、ということは、ライが法術を扱えない、ということなのだろう。
「俺は不適格者なんだ」
慌てた様子の校長が口を挟む。
「それは、今からご説明いたします」
父親はぎろりと校長を睨んだが、特に何も言わなかった。
「さあ、ライ」
父親にうながされて、ライは無言でソファに腰を下ろす。
ライがソファに座り、担任の先生が校長と理事長の座るソファの後ろに立つ。
理事長が話し始める。
「当校に入学するには、法術を扱える適格者である必要があります。こちらにいるご子息、ライ・ガウェイン君は、適格者だと我々は聞いていたのですが」
「それについてはライが生まれた時に受けた洗礼の、適格者である証明書を持ってきた。こちらに教会の司祭のサインもある」
父親は証明書をテーブルの上に出す。
理事長はそれを手に取り、一読する。
「確かに」
それを再びテーブルの上に戻す。
鋭い眼差しを父子に向ける。
「しかしあなたは辺境伯でいらっしゃる。あなたが彼を適格者として書類を書くように司祭に頼んだという可能性もあります」
父親の顔にさっと赤みが差す。
「私が息子可愛さから、司祭に圧力を掛けたというのか! 私は天空神ラスティエに誓って、そんなことはしていない!」
激昂する。
「ま、まあまあ、お父さん。これは可能性の一つとして話しているのでして」
なだめようとする校長とは対照的に、あくまで理事長は冷ややかだった。
「我が校は、多くの優秀な人物を輩出する有名校です。そこに不適格者である彼が、今まで通っていたなど、我が校の伝統に泥を塗る恥ずべき行為です。あなたは我々を騙していたのですか?」
父親はテーブルを叩いて立ち上がる。
「騙しているなど、よくも言えるものだな! この学校に入学する時に、簡単な法力診断があることは知っているぞ。その時には息子は適格者だと判断されたではないか。それはそちらの落ち度ではないのか?」
今度は理事長が押し黙る。
父親と理事長のにらみ合いに、校長は落ち着かず、担任の先生は黙って結果を見守っている。
当のライは落ち込んで、とても会話に参加できる気力はなかった。
ぼうっとして彼らの会話に耳を傾けている。
「お前など、名誉棄損で訴えてやる!」
「こちらこそ、伝統ある我が校の名前に傷をつけたのです。それ相応の賠償金は支払ってもらいますよ?」
「そもそもそちらの司祭こそ、信用できる相手なのか?」
「なっ、我が校に二十年近くいる司祭様に向かって、不正を疑うなど!」
二人の言い争いは続き、聞いているライはいい加減嫌になってくる。
ライはのろのろと顔を上げる。
「もういいよ、親父。俺がこの学校を辞めれば、すべては丸く収まるんだろう? 俺は法術を扱えない落ちこぼれで、この学校にいる資格が最初からなかったんだろう? だったら俺がいなくなれば、それで済む。簡単なことだ」
ライは力なく笑う。
ソファから立ち上がり、のろのろと理事長室の扉へ向かう。
「じゃあ、親父。後の手続きよろしくな。俺は寄宿舎を出るために、部屋の片付けをしとかないと」
「お、おい、ライ」
父親は息子を追いかける。
理事長が勝ち誇ったように追い打ちをかける。
「それはかえって好都合です。いずれにしろ彼が法術を扱えない不適格者とわかった以上、彼を即刻退学処分にします」
「何だと! まだ話は終わってないぞ」
父親は振り返り、理事長の決定に憤る。
「失礼しました」
ライは理事長室の扉を開けて出て行く。
もう何も聞きたくない。
何も見たくない。
ライは廊下を歩きながら、これまでのことを思い出していた。
元々は親のすすめで、この学校を目指したこと。
神学に興味があった訳ではないが、この先辺境伯となるためには国の意に添うことが必要だと諭されたこと。
この学校に入るために、首都から有名な家庭教師を呼んで猛勉強をしたこと。
試験発表の日には、家族みんなで結果を見に行ったこと。
入学式の当日、母親が号泣したこと。
一年生になって間もなく、サクヤと友達になり、ンゴペリと喧嘩になったこと。
二年生は二人と別れたが、三年になってまた一緒のクラスになれてうれしかったこと。
大好きだった乗馬の授業、嫌いだった法術理論の授業の様子。
それらが走馬灯のようにライの頭を駆け巡る。
「くそ、くそっ」
徐々に歩く足が速くなり、ついには走り出す。
普段であれば生徒指導の先生の目があるのだが、今はもう授業が始まっているとあって、廊下には誰もいなかった。
朝の光の差し込む廊下を一人走って行く。
気が付けばライの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ライは学校の隣にある寄宿舎に向かって全速力で駆けて行った。