2
「な、汝、これからも天空神ラスティエの教えにのっとり、たゆまぬ努力と隣人への友愛を心がけるか?」
再びライの頭上に杖を掲げる。
「はい、司祭様」
今度ははっきりした声で応じる。
しかし杖の先に青い光は灯らない。
ようく目を凝らしても、小指の爪の先程の光も見えない。
勉強の成績はあまり良くないライだが、場の空気を敏感に察する能力はある。
それは野生の勘と言っても良いものだった。
これはまずいぞ、とライは頭で理解する。
見かねた先生が老司祭に声をかける。
「老司祭様、今は彼の体調があまり良くないのかもしれません。後の生徒を先にまわしては?」
「う、うむ」
老司祭は杖を握り直し、先生の言葉に従う。
ライの後に並ぶ生徒に向き直る。
杖を向けられた生徒の顔に不安の表情が浮かぶ。
生徒は胸の前で両手を握りしめ、口の中で必死に天空神の名前をつぶやいている。
「ラスティエ様、ラスティエ様。お助け下さい」
老司祭は以前とは違い、険しい顔つきで生徒を見つめている。
「汝、これからも天空神ラスティエの教えにのっとり、たゆまぬ努力と隣人への友愛を心がけるか?」
「は、はい」
不安げな生徒は勢い込んでうなずく。
老司祭の持つ杖の先にぽうっと青い光が灯る。
光は聖堂中に広がり、夜の帳が降りたように青一面に染まる。
長椅子に座る生徒たちからどよめきが起こり、杖を向けられている生徒の口から安堵の溜息が出る。
青い光はぱちりと弾け、星となって降り注ぐ。
老司祭の表情にも柔らかさが戻り、八人目の最後の生徒に向き直る。
「汝、これからも天空神ラスティエの教えにのっとり、たゆまぬ努力と隣人への友愛を心がけるか?」
「はい、司祭様」
聖堂は海の中のように青い光が包み、やがて消えた。
最後の生徒までの洗礼の儀式が終わり、老司祭は深く息を吐き出す。
ライはそれを見て、嫌な予感を覚える。
結局青い光が灯らなかったのは、ライだけだった。
「ライ・ガウェイン」
ライは険しい顔の担任の先生に睨まれる。
「この後、聖堂に残りなさい」
洗礼の儀式が終わり、生徒たちがそれぞれの部活や寄宿舎に散って行く中、ライは担任の先生や校長、老司祭と共に人気のなくなった聖堂に残っていた。
担任の先生や校長の見守る中、老司祭が何度もライの頭上に杖をかざしたが、ついに青い光が灯ることはなかった。