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次の日の朝早く、ライとサクヤとンゴペリは馬に乗ってクロウの家に向かった。
途中まで馬に乗っていたンゴペリは、耐えられずに馬から降りて歩き出す。
「ンゴペリは乗馬の授業が苦手だったからね」
ライはンゴペリにクロウの家までの道順を教え、自分は馬で先に走り出す。
「ゆっくり来てくれれば良いからな」
ライは馬の腹を蹴り、速度を上げり。
サクヤの乗る馬がその後ろを着いてくる。
それから数十分もしないうちに、クロウの家が見えてくる。
クロウの石垣の中に馬を繋いで、ライとサクヤは庭を通って納屋へと歩いていく。
納屋の鍵を使って両扉を開ける。
納屋の中には青い空船が置いてある。
「これが噂の空船か」
サクヤは珍しそうにその空船を見回している。
「どうだ?」
「うん、外からはそんなに痛んでないみたいだけど」
ライは馬の背中に結んできた荷物を納屋の床の上に置く。
「適当に屋敷から修理道具を見繕って来たが」
サクヤは真剣な様子で空船を眺めている。
「そういえば雲海に落ちたと聞いているけど。その後、真水でちゃんと洗ったかい? 雨風で汚れがつくと、金属の浸食が早いんだ」
「そうなのか?」
ライは庭に出て、畑のそばにある井戸に近寄る。
井戸の水を桶で汲んで、納屋まで戻って来る。
サクヤは納屋の中の使えそうな道具を見繕っていた。
「ライ、設計図はあるのかい?」
「あぁ、そこの棚に」
ライはサクヤに言われるままに動いて、設計図を取ってくる。
他にも必要な道具を馬の背から降ろしてくる。
そのうちにンゴペリが歩いて納屋にやって来る。
「おれが何か手伝えることはないか?」
その日は持ってきたお弁当を食べて休憩し、その後空船の表面をきれいに洗った。
サクヤは機械に強く、ライに読めない設計図をすぐに読み解いた。
「これを作った人はすごい人だね。もしもこの数値の通りなら、今までのエンジンの何倍もの出力を得られるよ」
サクヤの興奮した声に、ライとンゴペリはそろって首を傾げる。
「そうなのか?」
「それにこの機体、防水もしっかりしてあるみたい。浜辺に落ちたはずなのに、どこも痛んでないよ」
ライには相変わらずさっぱりだったが、サクヤの嬉しそうな表情に、何となくこちらも嬉しくなる。
「良かったな、サクヤ」
すかさずサクヤの鋭い声が返ってくる。
「ライがこの空船に乗って空を飛ぶんだろう? 何他人事のように言ってるのさ」
ンゴペリがぷっと吹き出す。
「頑張れよ、パイロット」
ライは渋い顔をする。
その日は空船の構造を読み解くのに一日を要した。
次の日も、その次の日も、三人で納屋へと行った。
「いい? このレバーがエンジンの出力を上げるもので、こちらが高度計。それでこっちが燃料計で、こっちが速度を表す計器だよ?」
サクヤは設計図を見ながら、ライに空船の説明をする。
正直ライには空船の機械をすぐに覚えることが出来なかったが、それが必要であることは何となく理解できた。
「空船のパイロットって、覚えることが沢山で大変なんだな」
勉強から逃れられると思ったら、今度は空船のことを覚える羽目になろうとは。
「それはそうだよ。空船のパイロットは優秀なんだよ? 特に個人用の空船なら、もし機械が故障した時、自分で直さないといけないからね」
ライはうんざりしつつも、設計図とサクヤの説明とを頭に叩き込もうと努力する。
(元々俺が言い出したことだし、頑張るしかないか)
溜息一つ、ライは設計図を目に焼き付ける。
それから一週間は設計図と計器のことを勉強した。
その次の一週間は操縦の仕方の本とにらめっこだった。
屋敷の図書室からこっそり本を借りてきて、納屋で三人で回し読んだ。
ライは実際に空船を動かしたり、エンジンを掛けたりした。
しかしそれはやがて屋敷の者たちの知るところとなった。
「空船の操縦なんて、子どものお前たちに出来る訳ないだろう? 大人だって難しいことなのに」
図書室の本を持ち出そうとしたところを父親に見つかり、ライは説教を受ける。
「そんなのやってみないとわからないだろう?」
ライは反論したが、父親は引かなかった。
「いいや、わかる。お前は勉強も苦手のくせに、空船の操縦を学ぼうと必死になっているようだな。空船の操縦は一日や二日勉強したくらいで、身に着くものではないんだぞ? 空船の操縦をするには、専門の学校に行って、何年も専門の勉強をしたり、実技をしたりしないといけないんだぞ? そこのところはわかってるのか?」
ライはぐっと言葉に詰まる。
「べ、別に、空船にちょっと乗ってみるだけだ。別に今すぐパイロットになりたい訳じゃ」
ライは父親と話しながら、自分の心に問い掛ける。
(本当にそうなのか? 俺は本当は空船に乗りたいんじゃないのか?)
「そうなのか、ライ?」
父親が問い掛けてくる。ライは言葉を切って考える。
(本当は空船に乗りたいんじゃないのか? 将来はパイロットになって、空の彼方を目指したいんじゃないのか?)
「ライ?」
ライはぶるぶると頭を振る。父親を真っ直ぐに見つめる。
「親父、やっぱり俺は空船に乗りたい。そして空の彼方を見て見たい。そのためには空船のパイロットになるのが、一番の近道だよな?」
ライは父親に笑いかける。
父親は少し驚いた顔をして、小さくうなずく。
「そうだな。焦ることはない。ゆっくりやりなさい。お前はお前の道があるからな。努力し続ければ、いつか空船にパイロットにだってなれるさ」
父親はライの肩をぽんぽんと叩く。
ライは誇らしい気持ちになる。
(そうだ。今すぐでなくても、俺は空船に乗って、空の座に行くんだ。空の彼方を見るんだ)
ライの心の中に強い気持ちが生まれていた。