4話 鹿の解体。
「陽が沈むまで食料でも探すか」
「魚ですか?」
テントからいそいそと這って出てきたクロが少し期待した顔で聞いて来る。そんなわけがない。
「サバイバルの基本って言ったら虫だな」
「おやすみなさい」
「冗談だよ」
再びテントに戻るクロの首根っこを掴み、外に引きずり出す。
実際数日は困らない程度の食料があるのだが、食料があり過ぎて困る事はそうそうないだろう。案外あっさり帰還出来るかも知れないし、その逆かも知れない。こういう場合は多少悲観的に考えた方が生存率は跳ね上がるのだ。
「獲物が見付からないままだと、わりとガチで虫を食う羽目になるかもな」
「頑張ります」
クロは心底嫌そうに気合いを入れた。
(猫って虫くらい食べそうだけどな)
そんな失礼な事を考えながらカムイはテントの中に荷物を置き、ナイフや縄など最低限の物だけを装備する。
「何を探せばいいですか?」
「……食べられるもの、かな」
「それが分かれば聞いてないです」
「だろうな」
しかしカムイにはどうしようもない。ハルがいれば、こういう場所に何が自生しているかまで知っていたのかも知れないが、残念ながらカムイに分かるのは以前教えられたコクワとマタタビの違いくらいだ。残念ながらここにはありそうにない。
もちろん一般的に食べられる食材くらいなら見分けが付くかも知れないが、こんな雪山の森で生えている草やらキノコの判断は付かない。
となれば獲物は限られて来る。
「鹿だな」
「鹿、ですか」
動物であればキノコのように他そっくりの毒キノコだったり、そもそも食べられるかどうか分からないなんて事にはならない。
今回主に狙うのは鹿がいいだろう。ウサギでもいいが、捕まえるのが難しそうだ。確かハルがウサギやリスの獲り方を教えてくれた事があったが、まさかこんな事になるとは思っておらず覚えていない。
熊でもいい。戦った事はないが、恐らく今なら楽々と倒せるだろう。
「作戦は?」
「まず二人で鹿を探す。見付けたらクロが全力で追いかけて仕留める。完璧だ」
「ふぁっくです」
完全に他力本願な作戦にクロが苦言を呈する。しかし敏捷を考えるにこれがベストなのだ。弓があればまた違った方法を考えるが、かさ張るために持って来ていない。
気配を消して近付くという方法もあるが、気配を消せても音は消さない。脆い地盤であるから歩くと小石が転がり、草がある場所は歩くとぴちゃぴちゃと音が鳴ってしまう。
正面から全力で追いかけた方が断然早いのだ。
クロもそれは理解しているのかそれ以上何も言わなかった。
「じゃあクロは右側を、俺は左側を探す感じで。ここは開けてるんで遠くからでも見えると思うし、何か見付けたら火を焚いてくれ」
「了解です」
二人はテントを基準に左と右に別れ、それぞれ獲物を探す事にした。
何かあった時はテントまで戻ってくれば、近くに木がないためもう一人にもすぐに伝わる。
(そういえば、今の俺と鹿ってどっちが速いんだろうか)
この世界にはレベルという概念がある。それは異世界の住人であるカムイにも適用され、その効果を発揮しているらしく……今のカムイの脚力は、はっきり言って人間を止めていた。今ならギネス記録くらい楽々と更新出来るだろう。
しかし人間の限界を越えたところで鹿より速いとは限らない上に、ここは山だ。直線かつ走りやすい場所ならまだしも、この場では勝負にならないだろう。だが、それでもやらないと分からないとばかりにカムイは気合いを入れる。
「よっしゃ、ここは…………お?」
その気合いを入れている最中、カムイは鹿らしき生物を見付けた。
草の隙間からひっそりと角が見える。まだ陽は落ちていないというのに、呑気に寝ているようだ。カムイは可能な限り距離をなくすため、そっと近付いて行く。
(……動かないな)
野生の鹿とはここまで警戒心のないものなのだろうか。それとも天敵がいないため油断しているのだろうか。
その油断はカムイにとっては非常にありがたい事だ。案外呆気なく食料の確保が出来そうだと思ったが、鹿との距離は後十数メートル。そこで異変に気が付いた。
「うっ」
鼻をつく刺激臭に、カムイは思わず顔をしかめて鼻を塞いだ。
その臭いの元はどこなのか……わざわざ考えるまでもなかった。
「うげ……」
鹿がもぞもぞと動いている。無論その鹿は既に死んでおり、この刺激臭を発している存在でもある。では何故動いているのか……それは鹿に集るウジ虫の所為であった。
屍肉の中をうぞうぞとウジ虫が蠢く度に、鹿の身体がぶるりと身を震わせる。見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。
「……はあ」
せっかく獲物を見付けたと思ったのだが、どう足掻いてもあれは食えない。
仕方なしにまた別の獲物を探そうと振り返ると、テントの方で煙が上がっていた。視界を遮る木を避けてそこを見れば、魔法を使ったのか火を焚くクロの姿があった。
何かあったのだろうかと思うが、切羽詰まった様子は見られない。もしかすると獲物を見付けたのかも知れないと思い、カムイはクロの下まで戻った。
「どうした?」
「あっ、ご主人」
たき火で暖を取るクロに声をかけると、本人は薄い胸を張りながらどや顔で答えた。
「鹿を一頭仕留めました」
「お、マジか! 流石だな! 偉い偉い」
「ふふんっ、当然です」
手袋を付けたままぽふぽふとクロの頭を撫でると、嬉しそうにすり寄って来る。
二人はしばらくそのまま戯れ合っていたが、カムイは血抜きの事を思い出した。
「そういえば、血抜きしないと味が落ちるらしいな」
向こうの世界で狩猟をした事はなかったが、ある程度の知識はある。新月食堂で届く肉といえばブロック肉ばかりで、新鮮な肉を解体した事はなかったが、まあそこら辺はなんとかなるだろうと成り行きに任せる事にした。
「血抜きなら今してますよ」
「……クロ、お前最高だな」
黒猫族はよく狩りをしていたそうだ。基本的に男は獲物を狩り、女は木の実などを獲るらしいのだが、クロはやんちゃだったのかよく狩りの手伝いをしていたそうだ。血抜きはもちろん、解体も得意らしい。
「案内して進ぜましょう」
得意気に歩くクロを先頭に、二人は鹿の下までのんびり歩く。
空は茜色に変わり、日没まで一時間もないだろう。しかし何とか今日中に獲物を確保する事が出来た。血抜きの作業と肉の冷却作業をすぐに終わらせれば、今日の夜には新鮮な肉が食べられるはずだ。
「じゃじゃーん! どうですか? 若い牡鹿ですよ!」
案内された場所には、木に吊るされた牡鹿がいた。まだ角が枝分かれし始めた頃で、歳は一歳か二歳といったところ。一般的に鹿は若い方が肉が柔らかく美味しいため、正に食べ頃の獲物だった。
「おお! しかも首に一撃か!」
「コツは頭を殴って気絶させる事です」
肉に血が触れると味が劣化するため、余計なダメージを与えるのは好ましくない。そこで一番良い方法が頭を殴って気絶させ、首の動脈を搔き切って殺す事だ。通常肉は皮膜に覆われているため、それにより肉に血が付く事がないのだ。
「沢も見付けてありますので、血抜きと内蔵の処理が終わったら運ぶのは任せました」
「任された」
野生の鹿には当たり前だが寄生虫が付いている。それを流すためにも流水に晒す必要があるのだ。
しかし出来ればその前に、臭みの元となる内蔵を取り除く事が望ましい。ここで腸などの部位を傷付けてしまうと、そこから出たものが肉に付着し味の劣化に繋がるのだが……クロは手早く皮を剥ぎ、内蔵を処理していく。
その一連の流れを数分で終わらせると、心臓を除く全ての内蔵をその場に捨てる。心臓以外は寄生虫などの恐れがあるからだ。
「それじゃあ、縄を切りますね」
内蔵を捌いたナイフで鹿を吊っていた縄を切ると、音を立てて鹿が地面に落ちる。
カムイは切られた縄を引き、クロが見付けた沢までその鹿を引きずった。
風邪で死んでいたのですが、昨日は勤労感謝の日という事で親孝行的な事をして来ました。
何をしたのかというと、父が好きなhkt48の公演に付き添いで行きました。
父はもう60近いです。でも気合いを入れてミックスとアンコールをしていました。
ミックスとやらを知らなくて棒立ちしていた僕ですが、父にいろいろと教わりました。
するとその中にアイヌ語があり、そこだけは頑張りました! という凄くどうでもいい話ですw




