4話 弟分の誕生。
「あ、すみません」
「はい、何でしょう」
「この『冒険者の満腹ステーキ』を一つ」
「……かしこまりました」
男の時の対応とは違い、少々素っ気ない反応だ。
(……あれ? ぐっどちょいすは?)
黒猫族なら鯛より肉の方が冒険者らしくて良いと思ったのだが、空振りに終わった。これが常連と初見の差なのだろうか。
実際はただクロが生魚の魅力に気付いてしまっただけなのだが、青年にそれを知る術はない。
「めちゃくちゃ可愛いよね、彼女たち」
青年が何を間違ったのかと考えていると、鯛茶漬けを注文した男が話しかけてくる。
「え!? あ、そうっすね」
少し気弱そうでそんなタイプには見えず驚くが、取り敢えず肯定しておく。キツネの少女も可愛かったし、黒猫族の少女も確かに可愛かった。両者とも違ったタイプの美少女で、その姿を拝むためだけにこの店の常連となる男も多いだろう。
「でもそんな彼女が奴隷なんだから、この世界も不平等だよね〜」
「うぇ!?」
青年は男の言葉を上手く飲み込めず、店内を見渡した。そして目当てである少女の首に、首輪が装着してある事に気が付くとがくりと項垂れる。
彼氏持ちならまだチャンスはある。別れるのを待てばいい。人妻でもまだ辛うじて希望はある。だけど奴隷だとどうしようもない。本人の気持ちがどうであれ、主人の下を離れる事は出来ない。仮に主人が手放す事を決めたとしても、青年が払えるような額で収まるわけがない。
それに二人の少女が大切にされている事くらい、一目で分かる。
「……いやでも、首輪がお洒落って可能性もありますよね?」
一縷の望みに託す。少女たちのように綺麗な奴隷は見た事がなかったため、その線を期待してしまうのは仕方のない事だ。奴隷紋があれば分かりやすいのだが、あれは心に打たれる楔であり外からは見えない。
しかし男は青年の希望を即座に切り捨てた。
「残念ながら、奴隷ってのは本人から直接聞いたんだ」
「そう……っすか」
再度がっくりと項垂れる青年を見て、「若いなぁ」と笑った。ほんの少し前の自分も同じような反応をしていたし、今でもハルやクロに話しかけられた時は若干挙動不審になる時もあるのだが、年齢による意地かそれとも常連の意地か、青年には何も言わなかった。
「まあ不平等とは言ったけど、少なくとも奴隷の中では一番良い待遇なんじゃないかな。人としての尊厳は保たれているし、給料も貰っているみたいだし」
「それを聞くと奴隷って何だっけ、って話ですよね……。ああでも、あの二人を相手にエロい事が出来る主人が羨ましい……」
青年は家もそうだが、自分の国からも飛び出していた。それは家族の追跡から逃れるためである。そして奴隷という存在はこの国に来て初めて知り、基本的に男なら使い捨ての戦奴か過酷な肉体労働、女であれば性欲処理と聞いていた。
青年の聞いた話では成功した冒険者とは酒を飲み、肉を食らい、女を抱く……それが全てであるらしい。無論誰も見た事のない景色、未到達の秘境に自分の足跡の残す行為も冒険者の醍醐味であるようだが、やはり一番は女を抱く事。青年は日々を生きる事が精一杯でそっちにはまだ手が出せていなかった。
そんな風に女への思いを募らせる青年を尻目に、男は水を飲むと口を開いた。
「それは無いよ」
「…………へ?」
「彼女たちのあの無垢な笑顔を見てご覧。あれはきっと処女だよ」
男の言葉は間違っていなかった。しかし一歩引いてその姿を見た者の思いは一つだった。
(……このおっさん、気持ち悪いな)
だが仮にも常連である。そんな下ネタ話を堂々と振った事があるのかも知れない。そう思った青年は男に聞いてみた。
「え? 本人に聞けるわけないじゃないか、そんな下ネタ。君は平然とやってのけるのかも知れないが、ここには彼女たちのファンが沢山いるから止めておいた方がいいよ」
「……ははっ」
形容し難い感情が胸の内から沸き上がって来たが、青年は何とかしてそれを呑み込んだ。
「俺は別にそんなーーーーん?」
一旦落ち着いて弁明しようと口を開くが、視線の端でハルにちょっかいを出す赤ら顔の男を捉え言葉を止めた。
「ねーねーハルちゃん、ちょっと酌してくれない?」
「ごめんなさい、そういうサービスはやってないんです。給仕が私とクロちゃんの二人しかいないから、そういう事をしちゃうと手が足りなくなっちゃうんですよ」
「いーじゃん、俺って常連なんだからさー」
「あの、困ります」
ハルの手を握り、ワインのボトルを無理やり握らせようとしている酔った男を、周りは「殺す準備は出来ている」とばかりに睨んでいる。
静まり帰った店内で男の声だけが響いている。あとは誰が最初に飛び出すか。
そこで青年はふと、静かな店内に疑問を持った。何故なら談笑する声が消えたとしても、厨房からは料理の音が聞こえるはずだからだ。
(何でーーーー)
どうしたのかと思って厨房の方を見た瞬間、何かが飛んで来た。
もちろん青年に飛んで行ったわけではなく、その目標はハルに絡む男である。
青年は冒険者として鍛え上げた反射神経で飛来する影を追うと、それは男のワインボトルの先端を切り裂いて壁に突き刺さった。
「………………え?」
男は先端の無くなったボトルを不思議そうに見る。
青年は壁に突き刺さった何かを見て……それが出刃包丁である事に気が付くと、恐る恐る厨房の先を覗いた。
すると何者かが歩いて来ているのか、より静かになった店内でかつかつと足音が響き渡る。
「お客さん、困るよー。うちの可愛い店員に手を出しちゃあ」
出て来たのは少年とも言える男だった。背格好は青年とあまり変わらないが、顔つきが幼い。
厨房のバイトだろうか? と思って首を傾げるのは青年だけだった。他の者は皆口々に「あーあ」「終わったな」「ご愁傷さん」と、親の仇を見る目から哀れむような目になっていた。
酔って赤くなっていた男は赤いどころか白、いや真っ青になっており、震えながら必死に言い訳を連ねる。
「す、すまないカムイの兄さん。ちょっと酔っぱらってただけなんだ」
「んー? 酔っぱらいでも病人でも女子供でも、俺のハルとクロに手を出したやつはもれなく殺……後悔させるようにしているんだ」
少年は男の手からボトルを強奪すると、いきなり素手で男の鳩尾を抉った。堪らず男は膝を折る。
「うぐっ!」
「でもまあ、常連さんだしな。俺が酌くらいしてやるよ。可愛い女の子じゃなくて悪いけど、店長自らの酌だからさ、まあ許してくれよ」
「あ、いや、……へへっ、兄さんの手を煩わせるような事はーーーー」
「おい、口にボトルを突っ込まれるのと俺から酌を受けるの、どっちがいいか?」
もうどうしようもないと悟ったのか、男はびくびくと震えながらグラスを差し出した。
だが、少年は男の頭を掴むと、そこへ向けてボトルを傾けた。
「あぶっ、あ、ぐぶ、ぐぼ」
上手く入らなかったワインが鼻から入ろうが気にせずに、それどころか嬉々としてワインを注ぎ続ける。
いつの間に用意したのかテーブルには数本のワインが置いてあり、中身が空になると新しいボトルを空けて再びそれを傾ける。
「……ここ、お触りは禁止なんだ。やっぱり奴隷だと増長するやつがいて、でも染み付いた感覚っていうのは消えないから、そういう事があると店長のカムイ君がこうして常識の上書きをするんだよ。強さを盾に奴隷を虐げるやつは、より強いやつにそうされても仕方ないって」
唖然とした表情で一連の流れを見ていた青年に、男は説明をする。初見の人は引くかも知れないが、自分を含め常連たちはハルとクロをカーストの頂点においており、むしろカムイがやらなければ自分たちでやるような勢いでいる。ハルとクロは男たちにとって、アイドルなのであった。
ちなみに皆、カムイの事はカースト外にいる男、最強の店長、食物連鎖から外れた男、などと呼んで慕っているとかいないとか。
「最初はちょっと刺激が強いかも知れないけど、すぐに慣れるよ」
むしろ今日の対応は優しい方だ。無理やりボディータッチをしてクロに迫った男は街で見かけなくなった。
だがそれでもやはり、この光景は下手するとトラウマものだ。ハルとクロをアイドルとして崇める仲間が増えるかと思ったが、残念ながら今回そうはいかないだろうな……と考える男の予想を裏切り、青年は立ち上がって叫んだ。
「店長マジかっけーっす! 超リスペクトっす!!」
青年は引くどころか、カムイの下まで行き握手を求める始末。流石にその勢いに押されたのか、カムイは顔を引き攣らせながらその握手に応じている。
「店長、兄貴って呼んでいいっすか!? ってかどうしたらそんなに強くなれるんすか? やっぱり普段特別な鍛え方を? っていうか兄貴って何者なんですか!? 元凄腕の冒険者とかそんなオチでーーーー」
こうして今日も変わらず『異世界奴隷食堂』は繁盛している。
ただ普段と違う事といえば、ハルやクロ推しではなくカムイ推しの人間が生まれた事だろうか。
「ちょ、ちょっと待って落ち着け! 質問は一つずつ……っていうか、俺料理作らなきゃいけないから!」
王都エルサレムの夜は、まだ始まったばかりであった。




