3話 ハルという少女。
「……誰からそれを?」
答えは分かっている。クー以外に有り得ない。
とはいえ、まさかここまで早くエルフィーの耳に入るとは思わなかった。それほどまで国は送還魔法を重要視しているという事なのだろうか?
「クーヒェンだよ。彼女は私の弟子でね」
「ああ……」
その可能性は考えていなかった。だが振り返ればクーは確かに、エルフを神聖視している節があった。
どうやら事を急き過ぎたようだ。無論、故郷に帰るという情報だけでカムイが異世界の住人である事にたどり着く事は不可能だと思うが、用心する事に越したことは無い。
「それで、カムイ殿は本日何用で来られたのか?」
「……通りに屋台を出そうと思って、それの申請に」
「ふむ。それは小物かい? それとも飲食系か?」
さも意外そうな顔でエルフィーが問う。
「飲食です」
「なるほど。それはやはり送還の費用を稼ぐためか? カムイ殿ならダンジョンに潜った方が稼げると……いや、ハルがいない事を考えるに屋台で安定した稼ぎを、ダンジョンで一攫千金をって感じか」
得心がいったと手の平をぽんっと叩いた。その洞察力に流石エルフ、と感心すると同時に長居は危険だと本能が訴えてくる。
なるべく淡々と終わらせる事を優先しようと思うカムイだが、その思いはすぐに無効となってしまった。
「カムイ殿と私の仲だ。送還魔法の一つや二つくらい、無償でやっても構わないが?」
「え!?」
願ってもないその提案に、思わず腰が浮く。
その姿を見てエルフィーはにやりと笑みを浮かべ、カムイは自分の対応の不味さに気が付いた。今のは自らウィークポイントを教えたようなものだ。
新月食堂はチェーン店であるため、材料は直営店が購入したものを使っていた。故に個人での交渉事の経験はあまり無く、今回はそれが露呈する形となってしまった。
「……何か条件でも?」
ここで条件的に厳しい事を言われても、ある程度は呑まなくてはならない。先ほどの態度が無ければもう少し有利に交渉が出来たのだが、過ぎたものは仕方が無い。今後に活かしていけばいいし、当然ながら五千万sを稼ぐよりは良い条件であるはずなため、抵抗せず後手に回る。
「条件何て無いさ。当たり前じゃないか」
無論その言葉で安堵したりはしない。
事実、エルフィーはすぐに「ただ……」と言葉を続けた。
「出来るだけ早く戻って来て欲しい。それが約束出来るなら、今すぐにでも君は自分の故郷に戻れるだろう」
何故すぐに戻る必要があるのか。それをカムイは聞けなかった。何か理由があったとして、どうせ戻って来る事は出来ないのだ。
だからこの場合、カムイが言う事は一つだけだ。
「分かりました。一週間以内に戻って来る事を約束します」
汚いんじゃないか、という思いはある。見知らぬ世界で生きてこられたのも、こうして元の世界に戻れるのもハルたちのおかげだ。残せるものといえばお金くらいしか無い。他に挙げるなら奴隷も所有物扱いであるため、クロも財産とは言える。お互い仲が良いわけだし、悲惨な結末にはならないだろう。むしろ、奴隷としては破格の扱いを受け、ハルには家族が一人増えるため良い事尽くしだ。
だけどカムイはまだ、元の世界に未練を残していた。
カムイは元の世界に帰る事前提でハルと一緒にいたため、ハルはある程度の覚悟は出来ているだろう。だけど向こうの世界に残した二人はそうじゃないのだ。父が消え、その上カムイまで消えるのは酷な話だ。
だからカムイは嘘を吐いた。明確な優先順位がある以上、そこに虚偽を申しているという後ろめたさは無かった。
ただ一つ運が悪かったのは、嘘を吐いている相手がエルフィーであった事だ。
「嘘はいけないなーーーー異世界の少年」
今度は言葉を荒げたりしなかった。だけど数百年生きた存在には、押し隠された動揺が手に取るように分かっていた。
「ちょっと鎌をかけてみたんだがな。やっぱりそうだったか」
「……どうして?」
もう隠し通す事は不可能と見て、カムイは沸き上がる思いを押し殺しながら聞いた。
「カムイ殿と出会って間もないが、ハルが懐いているのも相まって君の人柄はそこそこ理解しているつもりだ。だからこの場で嘘を吐くのはおかしいと思ったんだ。単純な話だよ」
その言葉をカムイは理解した。確かに行動原理として正しくは無かった。だけどそれで『異世界』という言葉が出て来る方がおかしい。
例えばこの世界には頻繁に異なる世界の住人が訪れていた……それなら話は分かる。だがハルは一度もそれを口にしなかったし、イアンパヌのハルとリウですら最初は半信半疑だったのだ。いくらエルフィーとはいえ、そう納得出来るものじゃない。
「ああ、君の考えは正しい。ただ一つ条件があってね。私は君よりもイアンパヌの言葉に精通している。だから君の名前から今回の事は推測出来たし、そもそもハルが神を連れて来たのだ。思い至らない方が無理な話だ」
「前もそんな事言ってましたね」
カムイはエルフィーが以前言っていた言葉を思い出した。
『しかしイアンパヌと一緒に行動して、しかもそれがハルで、かと思えば穢神を討伐……これだから世界は面白い』
この言葉と先ほどの言葉を聞くに、ハルという存在が何かしらの鍵である事が分かる。そしてそれ故にカムイが異世界の人間である事に思い至る事が出来たのだろう。
「そうだな……ときにカムイ殿。熊の肉と鹿の肉を、イアンパヌの言葉で何と言うか知っているか?」
「いえ。聞いた事無いですね」
「カムイハルとユクハルだよ」
カムイは自分の名前が出た事に反応するが、そういえばイアンパヌは熊を特別に神聖視していたな、と思い出した。
「それが何か?」
「案外察しが悪いな。それとも敢えて気付かない振りをしているのか? ……君と一緒に過ごしている少女の名前を思い出したまえ」
ハル。わざわざ思い出す必要も無い。
だがそう言われてカムイは、ようやくその事に気が付いた。カムイ、という言葉に反応してしまっていたが、熊肉にも鹿肉にも『ハル』という言葉が付いている。
「肉……」
「正確に言うならば、イアンパヌの言葉で『ハル』は『神から恵まれた食料』という意味を持つ」
イアンパヌ流の名付け方をカムイは知らない。だけど普通、自分の娘に『食料』と名付けたりするだろうか。
神から恵まれた子、だったら分かる。だが食料と名付けるその意味が分からなかった。
「不思議だろう? 不可解と言っても良い。ただ、念のために言っておくがハルのご両親に常識が無かったわけじゃない。むしろ二人はイアンパヌの……いや、人類にとっての英雄とも言える。まあそれを知るのは一部の人間だがな」
茶をすすり、ひと呼吸開けるとエルフィーは再度口を開く。
「カムイ殿は神送り(イヨマンテ)について聞いた事は?」
「あります。俺も焼き殺されそうになりました」
それはイヨマンテを知らないカムイが自ら望んだ結果だが、あやうく焼き殺されるところだったあの恐怖しか覚えていなかった。




