1話 這い寄る穢神。
「お待たせ致しました。『万病の葉』が十八枚で18000sですね。それとこちらがお預かりしたステータスプレートです」
金を懐に納め、戻って来たステータスプレートを見る。色が青色から黄色に変化していた。
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名前:カムイ
性別:男性
種族:人間
特権:冒険者
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レベル:120
攻撃:360 魔攻:240
防御:160 魔防:120
敏捷:400 精神:480
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「おめでとうございます。ステータスプレートが青から黄に変化致しましたので、それに伴い一部の権利が付属致します。詳細は受付にある冊子にございますので、お手隙の際にお目通し下さい」
前回と同じ文言を淀みなく告げると、職員は受付の奥へと消えて行く。
カムイは受付にある冊子を手に取ると、黄のプレートに関するページを開こうとし……そっと冊子を元の場所に戻した。
(よくよく考えれば俺、文字読めねーや)
前回はたった三行であったためハルが読んでくれたのだが、今回は量も多いししかもそのハルがいない。
仕方が無いため、一階まで降りる。
ちなみに何故ハルがいないのかと言うと、足りなくなって来た香辛料を森まで採りに行ったからだ。
通行税は1000sだが、森にある香辛料は意外に高価なものが多い。量が多いと関税が取られるのだが、少量であれば問題無い。
「んー」
カムイはポータルの前で悩む。いつも通りであればハルに黄のダンジョンがどういうところか聞くのだが、今回ばかりはいないのだから仕方が無い。とはいえ稼ぐチャンスでもある。最近は『森に喰われた城』でエンカウントするバイオレント・ウッドの質が下がり、あまり稼げなくなってしまったのだ。今日の収入も18000s止まりだ。
それでも十分な収入ではあるのだが、異世界に帰還する事が目的である以上一般人と同じ感性ではいられない。
(無理は禁物……か)
カムイは黄のダンジョンに行く事を諦めて、青のダンジョンへ再び向かう事に決めた。
アイテムをドロップするバイオレント・ウッドが全滅したため換金に戻ったので、日はまだ高い。青のダンジョンであれば無理をしなければ危険は無いとハルも言っていたため、もう少し稼ぐ事にする。
「さて、どこのダンジョンが出るやら……」
青のダンジョン行きのポータルにプレートを置き、目を瞑る。そして再び目を開けるとそこはーーーー城の内部であった。
「おい」
思わずツッコむ。ここは間違い無く『森に喰われた城』だ。
「もう稼げないから一旦戻ったというのに……」
ポータルを見る。人が少ないダンジョンが選ばれるため、一旦戻ってもまたここに来るハメになるのは目に見えていた。
「……はあ」
結局カムイはこれ以上稼ぐ事を諦めた。しかし時間はまだあるため、鍛錬でもしようと森に向かう。
(……そこらにいる雑魚に稽古を付けてやったら、アイテム落とすようになったりしないかな)
仮にそれが可能だとしても、そんなにすぐにレベルが上がるわけがない。
本人もそれは理解しているらしく、とぼとぼと森の奥へ向かう。少し広い場所があればそこで剣を振るつもりだったのだが、なかなか良い場所は見付からない。
(ここ……こんなに見渡し良かったっけ?)
相変わらず木々に満ちた鬱屈とした場所なのだが、もう少し圧迫感があったような気がした。
そう思って辺りを見回すと、そろそろ前方に見えるはずの城が見当たらない事に気が付く。『森に喰われた城』にマッピングの必要が無いのは、どこに向かっても真っ直ぐ歩けば必ず城にたどり着くようになっているからだ。
だがどれだけ歩いても一向に城は見えない。何が原因かは分からないが、カムイは今、誰も通る事の出来なかった道にいるようだ。
腰を落とし、買ったばかりのロングソードを抜く。刀の半分の値段ながらも、丈夫なやつを選んで購入したためそう簡単には折れないはずだ。
警戒範囲内に敵の気配は無い。ただしカムイの気配察知は祖父に効かなかったため、そういう敵がいる可能性もある。ただの青のダンジョンにそんなものがいるわけ無いと思いたいのだが、ここが青のダンジョンであるのはギルドが「誰も攻略出来ない」と判断したからだ。
そしてカムイが現在いるのは、攻略不能と思われた場所だ。そこに出る敵は黄のダンジョン以上かも知れないし、赤のダンジョン以上かも知れない。もちろんその上である可能性も否定出来ないのだ。
(戻るか?)
だがまたと無い好機である。ステータスプレートを白から青にするのにかかった時間は二日。だが青から黄にするのにかかった時間は一週間だ。黄から緑にするのにどれだけ時間がかかるか分からない。だけどこの空間は、もしかするとそれ以上のダンジョンかも知れないのだ。
そしてその場合、今この段階で有り得ない額を稼げるのは確かだ。
「……行くか」
より強い敵と戦う事が出来ればレベルも上がるし、金も稼げる。どちらにせよ冒険者のトップを目指しているため、遅いか早いかの違いでしか無い。
決意を固めて歩みを進めると、前方に何かが見えた。
「ーーーーッ!?」
反射的に剣を振るうと、何か硬い感触と共にギィンッ! という鉄と鉄がぶつかるような音が響いた。
(何だ何だ何だ!?)
背筋がゾクゾクする。何も見えないが、勘で剣を動かすと甲高い音と一緒に火花が飛び散る。
まるで真剣同士の打ち合いだが、カムイが剣を合わせている何かは剣では無かった。
「ーーーーはっ、……は……はっ」
矢では無い。銃弾でも無い。だが刀でも無い。
ただ何も見えない何かがカムイに迫り、それを僅かな音だけで迎撃する。
「ぐ……!」
正中線はガードしているが、四肢が端から切り裂かれて行く。まるで目隠しをした状態で打ち合いをしているようだ。普通に考えて勝てるわけが無い。
しかしカムイは背を向けない。逃走出来るような状態で無いなら、前に進むしか無い。
だがそんな一方的な攻撃も終わりを見せる。
「あああああああ!!」
煌めく風を、叩き切る。
「は、ははっ! 見えた。見えたよおい。俺はまだ生きているぜッ!!」
矢でも銃でも刀でも無いなら、それは魔法以外に有り得ない。
そしてカムイはそれを捉えた。
薄い緑色の風は砂埃を巻き起こし、太陽を反射して輝く。注視しても見えるか見えないか、そんな際どいものであったが、一度見たらもう見逃さない。
「もう当たらねえよ。殺し切れなかったお前の負けだ。切れないなら、斬られるんだよ」
一歩一歩確実に、魔法を放つ敵に近付いて行く。
敵は狂ったように魔法を飛ばしてくるが、どうやら風の魔法以外の選択肢が無いらしい。カムイは全てを的確に切り伏せて行く。
そしてその魔法を放つ敵の姿が、ついにカムイの視界に収められた。
「な!?」
その醜悪な姿に思わず声が漏れる。
(おいおい、これは魔物というよりも…………嗚呼、そうだ。穢神だな)
イアンパヌが魔物を穢神という意味が分かった。いや、思い返せばハルは魔物の事を穢神と説明したが、実際にゴブリンを見て穢神と呼んだ事は無かった。
生物か魔物で大別すれば目の前の存在は魔物だろう。だけどそれをさらに区別するならば、穢神という言葉がふさわしい。
ーーーーそいつはオオカミだった。精巧なオオカミの泥人形で、前足がしっかりと大地を踏みしめている。
だけど下半身は、人間の上半身だった。
身動きを取ると人間の顔が地面を抉り、猿みたいな鳴き声を上げた。
(なんつー……、悪趣味な)
そうとしか言い様が無かった。邪悪でいたずら好きな神様が、オオカミの上半身と人間の上半身を遊びでくっ付けてみた……そんな姿だった。
カムイは走った。それは隙となり足を魔法で切り裂かれるが、止まらない。そんな事よりも、可能な限り早くアレをどうにかしたかった。
どうにかしないと、自分自身がどうにかなりそうだった、
(もしかしたらアレは、この国のーーーー)
頭を振る。それは今考えるべき事じゃない。
「恨んでくれるなよ」
せめて楽にしてやると剣を振り下ろすと、穢神はそのちぐはぐな姿からは考えられないほど機敏な動きでその一撃を避けた。
「ギャッ!」
だが完全には避け切れなかったらしく、人間の口から潰れた叫び声が漏れる。
予想外の動きとその叫び声に動きを止めるが、すぐさま追い打ちの一撃をかけようとするが……ぴたり、とカムイの動きが止まった。
「え?」
聞き返すつもりは無かった。聞き返したつもりも無かった。でも気が付けば口からは、疑問の声が漏れていた。
「……ケテ」
それは目前の穢神が発した『言葉』が原因だった。
「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」
「ッ!?」
一心不乱に助けてと、ぐちゃぐちゃになった顔を揺らしながら訴えかけて来る。
助けるとは、何だ。何を持って助けるというのか。カムイは判断出来なかった。見逃す事が助ける事になるのか。それともこのまま殺す事が助ける事になるのか?
分からない。だけど出来る事は一つしか無い。殺す事だ。
震える手で剣を握り直すと、穢神と目が合った。それでカムイの思いは伝わったのだろう。穢神は口を開いた。
「ドヲシテ?」
剣を手放して、耳を塞いでしまいたかった。この現実から目を逸らしたかった。
「ドヲシテドヲシテドヲシテドヲシテドヲシテドヲーーーー」
今度こそ間違い無く、カムイは敵の息の根を止めた。
「どうなさいましたか?」
「え?」
ふと気が付くと、カムイはギルドの受付の前に佇んでいた。目の前にいる職員は呼ばれたから来たのではなく、受付で何もせずに立っているカムイを不審に思って来たようだ。その顔には警戒にも近い表情が浮かんでいる。
「あ、や」
夢、なのか。そう思ってしまいたかったが、服の下がじっとりと濡れているのはあの時の傷の所為だろう。
「これ、を」
カムイはいつの間にか握っていた黒い塊を、受付に置いた。
「買い取りでしょうか? 少々お待ちーーーーひっ!?」
カムイの反応を不思議に思いながらも、職員はそれを目にした。目にしてしまい、凍り付く。
「な、あ、ぅ……このまま、ここで、お待ち下さいっ……!」
震えながらも自分の役割を放棄する事をせず、黒い塊を布で包むとそのまま走って階下に向かう。
カムイはその後ろ姿をぼうっと眺めていた。
(……俺は、何を?)
思考がまとまらない。頭の中を霞が揺蕩っているかのようだ。
「…………ハル」
カムイはゆっくりと、その場に倒れた。
「…………ぅ」
凍みる冷たさにカムイは目を覚ました。
目蓋を開けると、そこには見た事の無い女性が座っていた。
目が覚めるような美人である。まるで絵画の中から出て来たかのような、人間離れした美しさを持っている。
事実、目の前の女性は人間では無かった。
金糸のような細く長い髪に、緑の瞳。そしてその耳は、先の長い特殊な形をしている。間違いなく森の守り手であった。
「ここは?」
まだどこか思考がぼやけているが、思い通りに身体が動く。
「ギルドの応接室だよ、カムイ殿」
五畳ほどの空間に二人は向かい合って座っていた。他に人はおらず、カムイはレザー製の椅子に埋もれるように座っている。
そこでようやくカムイは自分の体勢に気付き、失礼の無いように座り直した。
「どうして俺の名前を?」
「これは失礼。私はエルフィディス。森の守り手で、ここのギルドマスターを務めさせていただいている。カムイ殿の名はこちらを拝見させていただいた」
エルフィディスは畏まったように頭を下げると、目の前のテーブルに置いてあるプレートを指し示した。
「……ああ、なるほど」
自分が何故ここにいるのかも分からないまま、カムイはただ頷いた。自分で聞いておきながらその答えはどうでも良かった。
「どうやらまだ精神が汚染されている様子。まずはこちらに口を付けると良いでしょう」
エルフィディスはプレートの隣に置いてあった瓶をこちらに差し出す。
「……ありがとうございます」
礼を言うだけ言い、ただそれを眺める。ここでエルフィディスが「飲め」と命令すればそれに従ったのだろうが、迂遠な言葉遣いであったためにカムイは動く事が出来なかった。
「ふむ」
その様子を見てエルフィディスは立ち上がると、瓶を掴んでカムイの隣に座った。椅子は一人用であったがゆったりとした造りだったため、ぎゅうぎゅう詰めではあるが並んで座る事に成功する。
カムイはエフィルディスの奇行に驚くわけでも鬱陶しく思うわけでもなく、ただ動くものを目で追っただけといった表情でエルフィディスを見た。
「失礼」
エルフィディスはカムイの顎に触れて上を向かせると、開いた口から瓶の中身を流し込んだ。
「げほっ! ……くっ」
いきなり注ぎ込まれた液体は気管に入り込み、カムイはその殆どを吐き出してしまう。
落ち着いてからもう一度飲ませようと瓶を持ち上げれば、その中身は既に半分近く減っていた。
「……仕方ないな」
そう言うとエルフィディスは自らその瓶の中身を呷り、再度カムイの顎を持ち上げると、自身の唇とカムイのそれを重ね合わせた。
「ーーーーん!?」
再び口内に侵入して来る異物を追い返そうと舌を突き出すカムイだが、同じようにエルフィディスも舌を押し返し無理やり瓶の中身を飲ませようとする。
「ん……ぐ」
やがて息が続かなくなり、カムイは諦めたかのようにごくりと嚥下した。
エルフィディスはそれを確認するとようやく口を離したが、カムイの様子を窺っているらしく椅子から退こうとはしない。
「あ……ぅ…………ああ!?」
量の問題かカムイが正気を取り戻すまでやや時間はあったものの、瞳には確かに理性が宿っていた。
カムイが飲まされた液体は混乱や精神汚染を無効化する効果のある、所謂聖水である。それはカムイのバッドステータスを消してくれるが、それ以前の記憶を消してくれるわけじゃない。
自分が何をされたのかを理解したカムイは慌ててエルフィディスから距離を取り、椅子から落下した。




