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三聖剣物語  作者: なつ
Dear Heart  --愛するものへ--
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 第八章 西の森に潜む獣

 戦闘は上からはじまった。

 突然頭上から狙ってきたのだ。とっさにハンツェルが一歩退くと、もといた場所に一匹の獣が立った。

 狼の一種だろうか、真っ黒な毛並みが妙に逆立ち目は異様に光っている。

「もう、何度目よ!」

 狼を境にしてハンツェルと向き合うように立っているボニセットが愚痴をこぼした。彼女の後ろにはレディーとターキーがおっかなびっくり立っている。

「ぐるるるる」

 低い唸り声を上げ、狼はその牙をあらわにしている口からよだれをたらした。

「全くだ」

 帯剣しているものの周囲の木々に邪魔されてとても剣を抜ける余裕がないと、ハンツェルはため息交じり思う。これが、ボニセットがもっとも危惧していたことなのだ。多少腕に覚えがあろうとも、鬱蒼と生え茂る木々があれば剣を抜くことなど出来ない。ましてショコラ=ロリータが帯剣しているものは一般にブロードソードと呼ばれ厚く長い。とてもじゃないがこんな森の中では剣を振れない。

 悠長に物思いにふけっていたのがばれたのか、狼がまっすぐ突進してきた。

 一瞬反応が遅れ体に力を入れると、ハンツェルは衝撃に備えた。

 だが、狼はそのまま腹にぶつかるのではなく、ぶつかる直前に方向を90度変えた。来ない衝撃に再び油断すると、狼は隣りの木を駆け上り横から頭目がけて噛み付いてきた。それにハンツェルはまだ気が付いていない。

「何ボーっとしてるのよ」

 ボニセットの怒声にハンツェルは狼の気配を探した。その瞬間、ボニセットが投げた石がハンツェルの右頬をかすめる。直後、すぐ背後で何かに当たる鈍い音が聞こえた。

 ハンツェルは体を回転させると、体制を崩し地面に落ちようとしている狼に思いっきり裏拳を浴びせた。

「ぎゃうん」

 醜い唸り声が響く。だが、致命的なダメージには程遠い。狼は体勢をすぐに整えると大きく2,3歩退くと間合いをとった。

 その間にボニセットがハンツェルのすぐ側に駆け寄り、予備にもって来ていた短剣を握り締めた。

「どうする?」

 ボニセットの目は、異様なまでに光っている狼の瞳にしっかり据えられていた。赤色と緑色がマーブル状に重なり、奥から鈍い光が発せられているようだ。

「ぐぅるる」

 小さく唸り声を上げると、狼はきびすを返して森の奥へと駈けていった。

「賢明ね」


 ハンツェルとボニセット、ターキー、レディーが森に入って5日ほどが経過している。最初の2、3日は湖から見えなくなる位置まで深入りすることはなかった。というのも、彼らは人が分け入った跡を賢明にトレースし、それが途絶えると再びもとの湖へと戻っていたからだ。確かに無駄が多いかもしれないが、結果的にそれが一番の近道であろうとボニセットが判断したためであった。

 そして、3日目の昼に見つけた跡は、非常に些細なものだった。普通のものであれば見逃してしまうであろうほどの跡に気が付いたボニセットが怪しいと踏んで入り込んで2日になる。ショコラ=ロリータが西の森でレディーに目撃されたのは一ヶ月以上さかのぼる。それを考えれば、普通に判断して彼女が通った跡がしっかりと残っているとは思われない。それゆえに、この微かな跡が怪しいと判断したのだ。

 もちろんこの道が正解かどうかを判断するのはまだ出来ないが、確かに今までで一番奥へと続いている。

「どう?」

「なんとも。でも、確かに誰かがここを通ったようだ」

 ハンツェルが脇に生えていた木に手を置きながら答えた。そして視線を木の上へと向ける。

「あそこに誰かが眠った跡がある」

 横でそれを見ていたレディーには、一体どこに跡があるのか見てもさっぱり分からなかった。隣りを向くとターキーも同様のようで、ただハンツェルとボニセットの後ろについて行くしかないという様子だ。

 ハンツェルはそれから視線を横に向けた。丈の長い草が彼の肩近くにまで生え、あるいは木から垂れるように葉が視界を覆っている。空を見上げてもさっぱり太陽など見えない。もちろん光だけは何とか透過しているようで、かろうじて今が昼だと言うことは分かる。

「そっちね」

 ハンツェルの視線を追って、ボニセットも同様に生え茂る草を睨んだ。微かにだが左右に分けられた痕跡がある。それも獣によってではなく、手をもつ生き物によって意図的に分けた跡のようだ。

「よく分かるね。僕にはさっぱり違いが分からないよ」

 両手を挙げる仕草をし、レディーも同様に二人の視線を追った。その後ろで、ターキーが同じように頷いた。

「それは、ま、訓練してるからね」

「なんだか鬱蒼としていて気味が悪いな」

 ターキーが呟いた。

「あら、森なんてこんなものよ。予定外?」

「全く」

「これが自然よ」

 ターキーは俯いた。ボニセットの答えに、心臓をつかまれたような感覚に陥った。それは彼のイメージの中にある自然とあまりにも違う世界を見せつけられておきながら、彼自身が目の前にある森を自然なのだとどこかで認識しているせいであった。

「ところでレディー」

 場が静まるよりも早く、ハンツェルがレディーに呼びかけた。レディーは腰に手を当てると、何だい、と返事をする。

「湖からどれくらい離れたか分かるかい?」

「さあ? ざっと1500メートル位じゃないかな、南西に」

 ハンツェルとボニセットは顔を見合わせた。

「2日で1500メートルか、先が思いやられるな」

 ターキーはこの会話を蚊帳の外で聞いていたが、まだ1500メートル程しか進んでいないと言うことに内心かなり驚いていた。はっきりいって、2日、太陽が照っている間は進み続けている。途中獣に襲われたりすれば立ち止まらざるを得ないが、普通に考えれば10キロ20キロ進んでいてもおかしくない。その10分の1程度しかまだ進んでいないというのだ。

「引き返すなら今のうちよ」

 俯いていて気分が悪いと思ったのか、ボニセットがターキーを見た。

「大丈夫だ」

 顔をあげると、ターキーはまっすぐボニセットを見返す。自分で西の森に入ると決めて出てきたのだから、後に引くことなど出来ない。その意志を自らの瞳にしっかりと込めて、じっとボニセットを見つめる。

「引き返すわけにはいかない」

「よし。ここから先は多少木が空けて、丈の長い草になるからペースも上がるだろう。日が沈むまでに、もう少し進んでおこう」

 一つぽん拍手を打ってみなの注意を集めると、ハンツェルが行動を開始しようとした。だが、その刹那ボニセットが再び振り返ってターキーに怒鳴りかけた。

「伏せて!」

 これまでにも数度あったせいか、ターキーと隣りにいたレディーはすぐさまその場に屈みこんだ。次の瞬間にはボニセットが二人の頭上をまたぎ越し、その先にいる存在と向かい合った。

 狼(らしき生き物)だ。

 目の前に1頭、その後ろに2頭。あと気配から木の上にももう1頭いる。合計4頭、先ほどの狼が仲間を連れてきたのだろう。見える3頭はみんな黒い毛並みをやたらと逆立たせ、目は異常に光っている。血が目の中を駆け巡っているのか無気味な赤さだ。

「ぐるるるるる」

 唸り声は明らかにボニセットらに敵意を表していた。


 ハンツェルは森の中慎重に抜刀した。下手に振るうと刃が木にぶつかりこぼれてしまう恐れがあるが、それでも4頭を同時に相手とするならばやむを得ない。

「一気に片付けるぞ」

 ボニセットに聞こえるようハンツェルは怒鳴りかけた。

 その瞬間に、ハンツェルはレディーとターキーを飛び越えそのままボニセットの前に出た。3頭の狼が一斉にハンツェルに跳びかかる。先頭に来た狼の口を柄で防ぐと、ハンツェルは剣を振り下ろすように回した。1頭目が吹っ飛ぶと、そのすぐ後ろから2頭がやや左右からハンツェルの頭上を狙う。それを受け止めたのはボニセットだ。狭い空間の中で器用に剣を横に払うと、2頭とも狼の目に傷が走る。

「上!」

 後ろから様子を見ていたターキーが叫んだ。木の上から1頭が待っていたといわんばかりに降ってきたのだ。

 ボニセットが体をひねると、そのすぐ下にいたハンツェルが前転するようにして寝転がり、上を睨みつける。

 狼と目があった気がした。

 その勢いのまま、狼がハンツェルの剣に串刺しになった。

 目を失った2頭が、それでもふらふらと立ち上がろうとしたが再びボニセットの剣に倒れ、空間に死臭が漂った。

 腐ったような血の匂いだ。

 ハンツェルは立ち上がると、狼から自分の剣を抜いた。柄までべっとりと狼の血に濡れている。

「どこかで洗わないといけないな」

 同じように剣が血で覆われているボニセットもそうね、と呟いた。

 当面の危険な状態が過ぎ去り安心したのかレディーが立ち上がった。それから腰に手をやると息を吐き出してボニセットに声をかけた。

「これが西の森にすむっていう伝説の魔物なのかい?」

「さあ?」

 顔をレディーに向けると、ボニセットは口元に笑みを浮かべた。

「伝説に残るほどの魔物が、こんなに弱いとは思わないけど、ね」

 ボニセットとハンツェルは、手持ちの布で血を拭うと剣をゆっくりと鞘に戻した。


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