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三聖剣物語  作者: なつ
Dear Heart  --愛するものへ--
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 第六章 湖の辺

 貴族はあえて自ら危険に身をさらすことを好まない。もちろん国のためとあらば剣を握ることもある。元来騎士とは、貴族の階級にあるものだけに許された身分であった。だが、今では民間の、腕が立つものを王宮で訓練して騎士の駒たる戦士として戦争に駆り出すことのほうが多い。それに現在ラド国と戦争をしているとはいえ、未だターシャ国の首都であるターシャの町は平和そのものだ。そうであれば彼らの時間は、その財力を費やすことに使われる。その最たるものが西の森にある湖へ湯治に出かけることである。といっても、その湖の水が温かいわけではない。そこに構えられた温泉宿では、ただ湖の水を使って水を暖めているに過ぎない。それでも一たび病に聞くという噂が広まることによって、貴族は自然と集まるのだ。


 ターキー=ゲムニスもまた、湯治という理由で西の森に来たことがあった。湖へと続く道はまさに自然であり、両側を木々に囲まれたその様子に当時子供だったターキーでさえ言葉を失った。それほど圧倒的なスケールがそこにはあった。

「美しいだろう」

 父であるダウモに言われたその言葉の意味を理解できるほどターキーは大人ではなかったが、それでも口を開けたまま頷いていた。そしていつの間にかそれが自然であり、自然は美しいものなのだと感じるようになっていた。

「どうしたの、ターキー?」

 ボニセット=キャメルが歩くペースの遅くなったターキーを振り返った。

「いや、ちょっと昔を思い出していた」

 素直にそう答えると、ターキーは進むべき道を見る。子供の頃となんの変わりもない。木々に囲まれた道が伸びている。

 ターキーのその様子に気がついたのか、先頭を歩いていたレディー=ファングも足を止めて振り返り、ハンツェル=ロッドファーも立ち止まった。

「こんな場所で感傷に浸ってちゃあ、日が沈む前に宿までつけないよ」

 肩を竦ませてレディーが声を掛ける。売り言葉に買い言葉でついてきたようなレディーであったが、嫌そうではない。むしろ望んでいるようにも思える。レディーはそれだけを言うと再び歩き始める。それに促されるようにして、またみんな歩き出した。

「ターキーも行ったことあるのか?」

 歩調を遅めてターキーの隣りまで来たハンツェルが聞いた。ターキーは、ああとまず答えた。

「子供の頃に一度だけ。それでも、忘れたことはない。とにかくスケールが大きくて頭の中から離れないんだ」

「俺は初めてだから、実はかなりどきどきしてるんだよな」

 口元に笑みを浮かべたハンツェルは本当に子供なんじゃないかと思わせるほど、顔がほころんでいた。

「てか、俺の場合ターシャから出ること自体が滅多にないからな」

「そうよねー。私たちの仕事なんて大概ターシャ内でまかなえるもの」

 話題に便乗しようと、ボニセットもターキーの隣りに来た。ターキーを中心にして、左にハンツェル、右にボニセットが並んでいる状態だ。自然とターキーを保護しているのは彼らの職業柄意識していないことなのかもしれない。

「すまない」

「なんでターキーが謝るの?」

 これには心底驚いた顔を作ってボニセットがターキーの顔を覗き込んだ。

「ハンツェルもボニセットも、赤の騎士団に入団させられたのは結局父の采配なのだろ」

 今度はハンツェルも驚いた表情を見せてターキーを見た。

「そうなのか?」

「えー!」

 そして同時に声をこぼす。

「私たち別に自分の意志で選んだんだけど。希望通りだし」

「しかし、どの騎士団に配属されるかの最終決定は父の仕事だ」

「形だけなんじゃない? 私の周りはみんな希望通りよ」

 言葉をつむんだターキーの代わりに、ハンツェルが答えた。

「まあ、それだけターシャ国が安定しているってことだよ」


 湖は圧倒的なスケールがあった。近づけば近づくほどに、その大きさを増してゆく。水の際まできてそこに立つと一瞬海と間違えるほどだ。湖から立ち上る蒸気のせいだろうか、対岸は蜃気楼のようにかすんでいる。そこには森があるはずなのだが蜃気楼に歪んだ風景はまるで湖に溶けてしまっているようで、それをひっくるめて壮大な風景にしていた。

 ターキーを含む4人は、しばらくその情景に見入っていた。

「前来たときは、ここまで美しくなかったな」

 レディーが腰に手を当ててため息をついた。そしてひゅーと口笛を鳴らす。

「ああ、確かに」

 小さな声でターキーが囁く。

 最初に感傷から立ち返り動き出したのはレディーだった。彼は振り返ると湖のそばにある宿を見た。いくつも並んでいるが、その中の一つ、2階建てのそれほど大きくもない宿をレディーは左手全体を使ってを指す。

「そこの宿でいいかい?」

 レディーが聞く。その宿は小さいながらも時々貴族が訪れて疲れを癒しているのだろう、装飾は絢爛だ。

「いいわ、そこにしましょう」

 4人は沈み始めている夕日を背にしながら宿へと向かった。ここの宿からならば湖の様子を一望できるだろうし、湯治のために温泉も付いているだろう。

「いらっしゃいませ」

 ドアをあけ鐘がカランと鳴ると、落ち着いた声が響いた。宿の主人であろう男がカウンターに立って愛想よく笑っている。

「銀水辺にようこそいらっしゃいました」

 カウンターに近づくとさらに顔に笑顔を浮かべて主人が言う。皺がよく刻まれており、左頬にはかなり長い傷跡がある。髪の毛はなく、スキンヘッドであるが怖いという印象はない。

「4名様でよろしいですか?」

 ああ、とレディーが答えると宿の主人が宿帳を差し出してサインを求める。それにさらさらと書き終わるのを町、宿の主人はレディーに鍵を渡した。

「どうぞ、そこの廊下の突き当たりになります」

 向かって左手を指し、続けざまに主人は言った。

「それから温泉はお部屋の向かいになりますのでぜひご利用くださいませ」

 それからレディーの歩に従って3人はあてがわれた部屋に向かった。

「なんていうか、何事もなく同じ部屋なわけね」

 途中そう呟いたのはボニセットであったが、ああそういえば、とだけレディーが答えただけで終わってしまった。

「まあいいわ。宿舎で慣れてるし、明日すぐ出発なんだからどうせすぐに寝てしまうし」

 廊下の突き当たりは左右に扉がついていた。右手が温泉で、左手がどうやら目的の部屋のようだ。レディーが鍵を差し込むと、カチリと音がして戸が開いた。4人部屋ということもあり、それなりに大きい。正面と右手に窓がついていて、右からは夕日が差し込んでいた。湖が見える側だ。

「思ったより人がいないんだな」

 荷物を置きながらハンツェルが言った。確かに人の喧騒はほとんど聞こえないし、この宿にも他の人の気配は感じられない。もちろんここが、貴族用のやや豪華な宿であるからかもしれないが、湖のほとりに着いた時もやはり誰もいなかった。

「んー、そうだね。もうみんな諦めたんじゃないかな」

 ラフな格好をしてレディーが答えた。

「なぜ?」

「そりゃ、割に合わないって思ったんだろ? 大金のために西の森に入ったって、見つけて生きて帰って来なけりゃ意味がない」

「そうね。多少腕に覚えがあったって、森の中じゃ役に立たないかも」

 荷物を置き終えたボニセットは、すでに温泉に向かおうとしている。そして部屋の出口で立ち止まると一言加えた。

「それはショコラにしたって同じよ」


 全員が温泉から戻り部屋に集まると、布団を敷いてから作戦会議を始めた。といっても作戦を立てるというよりも、話題はレディーのことだった。

「ここで僕のお役はごめんだね」

 仰向けに寝転がり、両手を頭の下に持っていってもう眠る体勢は整っている。

「湖までの案内でしたものね、ありがとう」

 それに答えたのはボニセットであったが、それはハンツェルが、ターキーが感謝しようとしたのを抑えたためであった。理由は分からなかったが、とりあえずターキーもその様子を覗うことにする。

「よろしかったらもう少し行きません?」

「悪いけど、森の中に入る気はない」

「そう。残念ね」

 髪をかき上げるしぐさをし、レディーの視線に入るようにボニセットが動く。

「できればもう少しご一緒したかったのだけど」

 そしてそこで一旦言葉を止める。光があまりなく顔はよく見えないが、それでも光るボニセットの目が潤んでいるように見える。

「もう少し、あなたのことを知りたかったわ」

「とんだお世辞だな」

「あら、分かった?」

「それに、僕が一緒に行ったところで何の役にも立たない。むしろ足手まといになるのは目に見えている」

「構わないわ」

 レディーの目がボニセットの目を睨んでいる。ボニセットが何を考えて同行を願っているのか読み取ろうとしているのだろう。

「君には負けるよ」

「ありがとう。それは承諾のお返事と受け取ってよろしいのかしら」

「そのかわり全力で僕を守ってくれよ」

「約束するわ」

 一通りの会話を聞いてからハンツェルが口を挟んだ。

「よし。これで俺たちは仲間だ」

 ボニセットの瞳に、先ほどまで潤んでいた様子がない。レディーはそれを見て取るとやられた、とため息をつき額に手を持っていった。

「明日起きたら、すぐに出発だ。早く休もう」

 ハンツェルの言に反対するものはいなかった。闇に包まれている部屋の中、寝息が聞こえ始める。

 4人はすぐに眠りに落ちたようだ。



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