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三聖剣物語  作者: なつ
On Love  --愛について 恋人のうえで--
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 1st Movement  始まりの予感、再びの5年目

 ターシャ国が西のラド国と和平を結んで実に2年の時が流れた。ターシャ国の現国王であるダニアン=ターシャ=ニコラウス4世は、城のテラスに立ち西の森を見つめていた。彼の隣には、宰相補佐の役職に就いているターキー=ゲムニスが並ぶように立っている。互いの手に握られているのは、ラド国の西方で収穫できるブブの実を原料としたお酒だ。薄いピンク色をしていて、ほんのりとした香りが漂っている。

 遠くに広がる森の風景、そしてそこから続く細い道とターシャの町並み。ほぼ正面からまっすぐ落ちかけの西日が差している。ひどく自然だ。城の設計の時からテラスの位置は決められていた。ピクチャレスクと表される自然美が世界には広がっている。

「もうすぐだな」

 どちらかが言う。

「ああ、もうすぐだ」

「何か起きるかもしれない」

「何も起きないかもしれない」




 同時刻。赤の騎士団官長であるボニセット=キャメルは大きくため息をついた。青色の長いストレートの髪がテーブルに垂れる。

「よくないわ、この状況は」

「まあまあ、そう息巻く必要ありませんよ」

「あなたは知らないのよ、本当よくない」

 ボニセットの隣に座っているのはリタ=ハーティ、現赤の騎士団副官である。ボニセットよりも歳が上の、それでいて重装な鎧をも全く苦にしなさそうなほど体格がいい男だ。ボニセットの隣にいると、2倍の大きさがある、と言っても大げさではない。にも関わらず、ボニセットの下にいる。

「ダニアン王子だって、そんなこと分かってるはずなのに」

「王子のおかげで今は平和なのですよ」

「あなたも、恥ずかしくないの、その歳で副官なんて」

「自分の力は自負しています。ですが、ボニセット官長が強すぎるのですよ。本当、官長クラスは化け物揃いですからね」

「わたしは、わたしよりも強い人をたくさん知ってる」

「怖いってもんです」

「たるんでるのよ、今の騎士団は。もし今……」

「自分たちは自分たちの職務を全うしているだけです。ラド以外隣国に強国はありませんし、青の騎士団が国境の警備に当っています。それに青の騎士団の官長は」

「それ以上言ったら殴るわよ」

「ははは、それはもっと怖い」

「とにかく、こんなんじゃダメなのよ。明日から訓練の強化するわ」

「へばっちまいますよ」

「構わない。残る人は残る。それでいいのよ」

「はいはい」

「それに今本当に何か起きたら」

「何も起きないですよ」

「起きてからじゃ遅いのよ」

 リタは長嘆息した。最近の官長はいつもこの調子だ。強迫観念に捕らわれているのか、あるいは不安を感じる確信があるのか。

「アルコールはこれくらいにしておきましょう」

「何よ、わたしに指図する気?」

「副官の勤めです」

「悪かったわね」

「ハンツェル官長もじき戻られますよ」

 ボニセットの鉄拳がリタに飛んだ。




 ボニセットは宿舎の前に立つ。前に並ぶのは若い騎士団とその下の見習い兵たちだ。それぞれが軽い服と木刀だけを持ち、ボニセットを見ている。男性が多いが女性も含まれている。ダニアンの治世になってから、騎士団の組織改革が行われ、年齢制限がなくなった。完全に実力主義となったのだ。結果、ボニセットが赤の騎士団官長となったわけだが。

 近衛を任されている赤の騎士団の官長がボニセット=キャメルであり、副官がリタ=ハーティ。国防を任されている黄の騎士団官長が二世代前の赤の騎士団官長であるダリア=ハングトン、副官がシュガー=トライポット。攻撃を任されている青の騎士団官長がハンツェル=ロッドファー、副官は現在空席である。

 ボニセットの隣にはリタが厚い鎧を着て立っていて、見ているだけで暑苦しい。ボニセットの掛け声とともに、騎士団、見習い兵は素振りを始める。

 木刀が空を切る音が幾重にも重なる。

 その脇を、ダリアとシュガーが歩いていく。どちらも普段着だ。袖の長い衣に軽く帯が巻かれている。

「なんだって休日に呼び出しなわけ?」

「さあな。国王から直々では断りようがないだろう。違うか?」

「あ、ボニセットちゃーん」

 ダリアの質問を無視するかのように、シュガーはボニセットに手を振った。だがボニセットは聞こえなかったのか、前に並ぶ若者たちの様子を見ている。

「ボニセットちゃーんってばー!」

 もう一回り大きな声でシュガーは呼びかけた。ボニセットの頭がうなだれる。それからシュガーを睨むと、一層大きな声で答えた。

「うるさーい。こっちは訓練中なんだ。のんきに話しかけんじゃねーよ」

 あまりの怒声に騎士団らの動きが一瞬止まる。が、恐怖にかられてか、素振りの動きはさらに早くなった。

「えへ。怒られちった」

「お前、最悪な。本当、近年稀に見るよ」

「いいじゃない。実力主義の世の中、わたしに勝てる人間なんてそういないよ? 一度ダリアとも真剣でやりあってみたいわ」

「俺は実力よりも成果でこの地位にいるからな。お前が官長になったら黄の騎士団は大崩壊だ」

「そりゃそうねん」

 頭の後ろに手を組み、シュガーは城門への道を歩く。シュガーの髪は眩しい金色だ。太陽の光に照らされて、一層輝いて見える。肩下までの髪はストレートで乱れがない。前髪も鼻先まである。髪の間から覗く瞳も金色だ。もし彼女の肌が真っ白であったならば、高貴な身分の者と間違えてしまうこともあるだろうが、彼女の肌はよく焼けていた。外での活動が多い証左だ。

 城門で敬礼をすると、2人は城内へ入った。そこに控えた側近に連れられ、城内を複雑に進む。やがて2人はある部屋の前まで案内された。シュガーが顔を傾けると、ダリアが扉をノックする。

「どうぞ」

 中からターキー補佐官の声が聞こえ、ダリアが扉を開ける。部屋はそれほど広くない。けれども荘厳に飾り付けられており、中央にテーブルがあった。真っ白なクロスが掛けられており、その中心には3本の燭台が据えられている。テーブルの向こう側にダニアン国王が座り、その脇にターキーが立っている。

「呼び出しにより参上いたしました」

「どうぞお座りください」

「それで、用件は何なの?」

 座ることなくシュガーが聞く。前髪をかき上げ、両目でターキーとダニアンを順に見る。実に、挑戦的な瞳だ。自然とダニアンは笑みをこぼした。

「わたし、休みなのよね、今日。それなりの理由がないと納得しないんだから」

「王の御前であるぞ」

「よい」

 ダニアンがターキーを抑える。

「一日遅れたのはこちらの手違いでもあるからな。2人が休日に当ってしまって申し訳ないと思っている」

「まぁ、いいわ。話を聞こうかしら」

 再び前髪を揺らすように顔を傾けると、シュガーはテーブルに手を置く。隣でダリアがため息をつく。

「申し訳ございません。教育不足でして、シュガーにはこれから礼節をきっちりと教えこんでいきますので……」

「シュガーを黄の騎士団副官に任命したのは我らだ。それも承知の上さ」

「だってさ」

 ダリアがシュガーの後頭部を叩いた。

「いいから座れ」

「はいはい」

 肩をすくませるとシュガーはようやく椅子に腰かけた。それからダリアも隣に座る。

「この状況からすると、何かしらあったように思われますが」

「まだ確実なことは分かっていない。ハンツェル官長から斥候が派遣されてきて、準備を整えておくようにとメッセージを受け取ったんだ」

「ああ、あの人ね」

「彼は今東方の辺境フィルプトへと向かっているところなんだが」

 ダニアンが燭台の間からシュガーを見て続ける。

「故に君を呼んだ」

「へぇ、ちょっと面白い話ね」

「興味を持ってもらえたようだな」

「最初はボニセットに頼もうかと思ってたんだが、彼女も確か生まれはあちらだったはずだしな。その件についてはダリアが詳しいと思うが」

「彼女を施設に預けたのは俺ですから。さすがに官長クラスの履歴はよく調べておいでですね」

「悪気があるわけではない。かつてがあまりに無頓着すぎただけだ」

「わたしについても結構調べてあるんでしょ?」

「だから君を呼んだんだ」

「わたしにフィルプトに向かいハンツェル官長を補佐しろということかしら」

「当たらずとも遠からず、かな」

 そこでダニアンは立ち上がる。

「君も、こちらをよく調べているようだ。つまり交換条件だと思うのだが」

 刹那、シュガーもまた椅子から立ち上がった。次の瞬間、テーブルを越えてダニアンの横に降り立つ。ダリアもすぐに立ち上がるが間に合わない。シュガーの、どこに隠し持っていたのか、短剣がダニアンの喉元にあった。

「ここをどこだと心得ている!」

 ターキーが振り返る。

「よい」

 その状態のままダニアンが答える。

「ターキー、今のシュガーの動き、貴公から見てショコラとどちらが早いと思った?」

「彼女にはまだ及ばないと」

「ならば何の問題もあるまい。それに剣に殺意がなかったからね。避ける必要もなかっただけさ」

「鈍い顔をして冷静な判断ね。でも、殺意がなくとも首を切るくらいできる」

「君には無理だ」

「交換条件で何を教えてもらえるの?」

「君がどこまで調べているのか分からないが、こちらが教えられることには答えよう」

「青天の霹靂のとき、何があったの?」

 シュガーが手を引っ込めると、彼女が持っていた短剣は消えた。服の中に隠したのだろう。ダニアンは一度首筋を触ると、彼女に再び座るようジェスチャーをする。シュガーもそれに従い椅子に戻った。

「あんなの、絶対にありえないことじゃない」

「白の騎士団を知っているか?」

 シュガーはこくりと頷く。前髪の間から見える瞳がまっすぐダニアンを睨んでいる。

「その任務まで調べることはできたか?」

 今度は横に振る。

「白の騎士団の構成メンバーは?」

「あの演説に出席していた人たちと、スピーチの中の人でしょ。ダニアン国王、ターキー宰相補佐。それにハンツェル官長、ボニセット官長、ショコラとパンプキン。そしてレディー。あと自信ないけど、ラド国のインス国防長官とその配下のアルマとオルマ」

「見事だ。だが間違っている。後半の4人は白の騎士団ではない」

 シュガーが立ち上がる。あまりの勢いに椅子が後ろに倒れる。

「4人? レディーも違うの?」

 今度はダニアンが頷く。

「だったら何で彼の名前が刻まれているの?」

「それが、君を呼んだ理由でもある」

 ダニアンはまっすぐシュガーを見返した。


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