表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
60/69

 Chapter XXVII 決戦

「ヨウヤクオデマシカ」

「お前は誰だ?」

「ラゼルよ」

 アナタスに入ってしばらく進むと、戦場の只中に一つの黒い影が見えた。三人は黒騎士だろうと一気にそこまで駆けた。

「なら俺が相手をするさ」

「サマセットはどこにいる?」

 ワインハルト=ジャネが声を発した。

「もうおらぬよ」

 返事は突如彼らの背後から聞こえた。それをあらかじめ予期していたのはアリス=リスタット=ハナユメだけだ。アリスはすぐに振り向くと、その相手を睨んだ。

「ダルファ博士っ」

「愚昧なれど、それだけは確かなること」

 ワインハルトも続いて振り返る。

「血気が盛んなのはいい。だが我らとて後がないのだよ。愚昧なる者らをまずは確実に撃たねばならぬ」

 ワインハルトは背負った大剣を構える。

「そう早まるなて」

 ダルファ=ガイ博士は両手を後ろに組んだまま、まだ動こうとしない。

「アリス トムラ エル? ナ リット イッセンラ クル イルカ ダルダ」

「何が言いたい」

 アリスはダルファ博士を睨んだ。

「お前は愚昧なれど、謀反の後もイルカ国にいたのだろう。ならば、我が研究の先を進んでいたはずであろう」

「ナラスが落ちて、主たる研究資料なしで、何ができるという!」

「我らの後ろにはそれがある」

「ばかなっ」

「ほう、やはり分かっているようだの」

「しかし、今回封印を解いたのはヴァンデルトだと……」

「さっき何て言ったんだ、博士は」

 トニオ=アルゲが一人ラゼルと体面しながら小さく言った。

「イルカ国が原始に封印した者が何か」

「ルナ=ルトに宿ったやつか。確かイルカ国王は、かつて我らが封印したもの、と言っていたな」

「あ!」

 アリスの表情が歪む。

「あれがなんなのか、わたしにも分からない。確か国王は、賢者の石を作ったときの負の遺産と言っていたけれど、わたしにはむしろ、賢者の石によってあれを封じようとしたのだと、思う。イルカ以前の歴史書にも、翼を持った存在は示唆されていた」

「さすがよ」

「わたしは、原始のイルカの民が、苦心して封印したものだと」

「封ずると宿るとは本質的に考えて差異はあるまい……愚昧なれど、さすが我が娘よ」

「黙れっ」

「え?」

「わたしはお前を父親などと思ったこともないわ!」

 刹那、アリスは剣を出した。刀身の長く、透けるほどに細い剣だ。アリスの身長をはるかに越えているにもかかわらず、それは軽い。

「娘ってどういうことだよ」

「そのものずばりの意味よ」

 ワインハルトは剣を構えているものの、体が動揺している。

 ダルファ博士はそれを見て取ると、一瞬体を動かし、はるか十メートル後方まで下がった。


  ・


 戦いが始まった。

 ラゼルの剣が、トニオを真左から切りつける。トニオは前転をしてその剣をかわすと、すぐに左を向く。だがそこにすでにラゼルはない。空を切る音が背後から聞こえ、側転でその剣を避ける。

 否、ラゼルの剣はトニオの足を切りつけていた。

「ぐっ」

 鎧をも切り裂く重い一撃だ。立っていられないほどの激痛がトニオを襲う。案の定、トニオは倒れた。そのトニオの首元に、ラゼルの剣が振り下ろされた。

 視界が暗くなるとともに、金属音が耳にこだました。

「おいおい、いきなりやられてんじゃないよ」

 ワインハルトがラゼルの剣を横に払った。

「ああ本当、情けないな」

「相手の特徴は?」

「まだ掴めるほど戦ってないよ」

 ならば先手必勝と、ワインハルトはラゼルに対して剣を横に払った。だが、ラゼルはすでにその場にいない。ワインハルトは止まることなく、その場で回転を続けた。

 1、

 2、

 3回転したところで、かかとをつけて動きを止める。刹那、剣を真上に切り上げた。

 剣がぶつかる音がし、ラゼルが空中で体勢を崩した。その瞬間をワインハルトは見逃さない。再び剣を構えなおすと、ラゼルが落ちるより早く剣をたたきつけた。

 空中で何とか体勢を立て直そうとするも、それは間に合わなかった。ラゼルはワインハルトの剣を腹に喰らった。衝撃とともに、さらに飛ばされる。

「へへへ、どうだってんだ」

「ヨワイナ」

 ラゼルは立ち上がる。

「ソノテイドデハアイテニナラン」

「ああそうですか」

 再び剣を中段に構えるも、ワインハルトは震えている。渾身の攻撃のつもりだったのだ。ちらとトニオを見る。目を瞑り、痛みに堪えているようだ。

「トニオ、死ぬ覚悟はあるか?」

「ないさ」

「あっそ。だったら必死に立ちやがれ」

 ラゼルが消える。風を切る音が横から聞こえ、ワインハルトは剣を構えなおす。が、ラゼルの剣がワインハルトの手を切りつけ、ワインハルトの剣は宙を舞った。目の前にすでにラゼルはない。

 否、正面にラゼルはいた。

 その握られた剣は、ワインハルトを貫いていた。

「ぐっ」

 血が逆流する。口から鮮血がもれる。だが痛みはない……痛みをすでに越えていた。揺らぐ視界の先、ラゼルの黒い鎧が鈍く光る。

 ワインハルトは、ラゼルの腕を掴んだ。

「今だっ」

 声になったかは分からない。だが、感覚のなくなったワインハルトの腹を、今度は後方から剣が突き抜けた。それはラゼルの鎧にも達する。

「ハナセ」

 ワインハルトは放さない、離さない。剣はさらに深く突き刺さる。

 血が、逆流する。


  ・


 アリスの刀身の細い剣を、ダルファ博士はその手の先ですべて受け止めていた。いや、実際手にすら当たっていない。ダルファ博士の手から発せられる障壁に、剣が弾かれているのだ。

「相打ちか」

 アリスは剣の動きを止めない。

「愚昧なるな。それでは、相手にもなるまい。お前は動きが単純すぎる。機械でもないのに、トレースが容易い」

 まるであざ笑うかのように、ダルファ博士は一歩も動かない。アリスはまだ動きを止めることなく、剣を振り続ける。だが、すべての攻撃が弾かれる。

「無駄なことよ」

「ダルファ博士。お前などわたしの相手ではない」

「愚昧なるな」

「お前の後ろにある、我らの祖先が封印したものの強さを知りたい」

 アリスの剣は止まらない。

「少なくとも、今生あるあらゆるものよりも強い者ぞ」

「ラゼルよりもか?」

「圧倒的だ。サマセットをその手で殺したのだからな」

 そこでアリスの剣がようやく止まる。

「全く、相手にならないとはこのことよ」

「勝てる見込みは?」

「残念ながら、皆無だ。さもありなん」

「そうか、ならばお前などもう、必要ない」

 アリスの剣が振り下ろされる。

「愚かなる者よ」

 あざ笑うかのように、ダルファ博士の手がアリスの剣を遮る。

 否、手に触れる瞬間、アリスの剣は消えた。

「!!」

 アリスの動きは止まらない。剣は、ダルファ博士の手を越えると再びその刀身を露にした。そして、そのまま剣はダルファ博士を切り裂いた。


  ・


 震えが止まらない。このままでいいのだろうか?

 答えは、否。

 明らかなことだ。だが、どうすることもできない。

 リカ=トールはイドネ=エリコの家の中で動けなかった。それはイドネも同じことだ。家は血に溢れ、腐臭が漂う。目の前で、イドネの娘であるルナ=ルトが彼らを殺したのだ。あれは、本当に娘だったのだろうか。おそろしい疑問だ。あれは間違いなくルナであった。だが、あれはルナとは思えなかった。

 ルナはもう何年も寝たままだった。八年前、城の学者がルナを連れて戻ってきた。その時聞かされたことを、忘れようはずがない。

 ルナは選ばれた存在だと、彼らは言った。

 一体誰に選ばれたというのだ?

 彼女はいずれ目を覚ますと、彼らは言った。

 ああ、確かに目を覚ました。

 そのとき、彼らはルナを迎えると言った。

 だが、もはや彼らはない。

「おばさま」

 リカが弱々しい声を発する。

 ルナはメメルを掌握し、そのままアナタスに向かった。メメルに残されている人は少ない。動ける男連中はすべからく、アナタスへと向かった。残されたのは、イドネやリカのような弱い、女子供ばかりだ。

「あたしゃね」

 イドネがリカを抱きかかえる。

「こんなときになって、ソラが帰ってくるんじゃないかって、思ってるんだよ……理由もなく……きっともうヴァンデルト国内にもいないのだろうにね」

「わたしも、そう思います。だって、ルナはちゃんと目覚めたんだから」

「ちゃんと、ね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ