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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
56/69

 Chapter XXIII 戦いの始まる前に


 イルカ国の歴史は複雑極まりない。その原始は、おそらくヴァンデルト国よりも古い時代から続くと考えられている。かつてイルカ国は背後にエンダス山系を頂く形で存在し、アナタスとガベドの間にある大草原もイルカ国の国土であった。イルカ国がそれ以上東へと国土を広げられなかったのは、そこに広大な森が広がっていたからだ。その森の東でヴァンデルト国が興ったとき、イルカ国は広がりすぎた国土を支配するに足る王族が存在しなかった。王族の関心は国土の拡大よりもひどく内へと、矮小な出来事に寄せられていた。血筋の保護である。推し量るしかすべはないが、今のヴァンデルトと同じようなものである。

 その後幾度となくヴァンデルトや他の国と抗争し、イルカ国はエンダス山系へとその姿を消すこととなった。だが、逆にその結果、歴代の王族の姫に宿る賢者の石の力はより強大なものとなっていった。第二のイルカ国の最盛期はエンダス山系の南方、海を近くに臨むナラスで花開いた。

 そのナラスが滅んだのは、まだ三十年ほど前の話だ。国に仕えるダルファ=ガイ博士と彼が作り出した三人の黒騎士らの突然の謀反によって、ヴァンデルト国との戦争の最中であったにも関わらず、突如としてナラスはその姿を消した。一般にイルカ国はそれによって滅んだと言われている。だが、イルカ国は完全に滅んだわけではなかった。ナラスから北に位置するファーラガーに首都機能を移し、外界から姿をくらませただけなのだ。

 そしてそれを可能としたのは、姫の存在であった。シャロル=ド=イルカ=ビアンカ。イルカ国の正当なる世継は、ナラスの滅亡によっても失われることなく、今ファーラガーにあった。




 ボウッと燭台に照らされた玉は仄かに、自ら光を放っている。その玉の前にソラ=ルト、ワインハルト=ジャネ、アリス=リスタット=ハナユメ、トニオ=アルゲが立っていた。

「なんだか一層厄介なことになってきたな」

「結局、僕たちはどうすべきなんだろうね。メメルが襲撃されて、王城が落ちてしまった。僕の任務もこれまでかもね」

「役に立たないからね」

 肩を竦ませながらアリスが言った。

「結局サマセットも取り逃がしちゃったし、最悪だわ」

「ダルファは我らが姫から賢者の石を奪った、奴を早く見つけなければならない」

 玉が激しく明滅し、音を発する。

「賢者の石は姫の中にあってこそ安全なものなのだ。あれはすでに目覚めている……」

「あれ?」

 ソラは、玉の発したあれという言葉を聞き逃さなかった。

「オレ、姫の胎内から胎児が無理やり取り出されるのを見ていた。だけど、娘側の……賢者の石を持った世継をさらっていったのは、ダルファ博士じゃなかった」

「何言ってんの?」

「ダルファ博士は結局何も取らずに帰ってしまったんだ」

「ソラよ、詳しく話せ」

 そこでソラは、あの部屋で起きたことを順序だてて説明した。胎児が光り出したこと、そこに別の何かが現れたこと、そして一人をさらっていったこと。ただ、それがルナの姿をしていたことには触れなかった。触れてはいけない気がしていた。

「……事態は、思っている以上に深刻であるようだ」

 話を聞き終わってから、玉はゆっくりと話し始めた。

「十日以上前アナタスにおいて、かつて我らの先祖が封印したものが解かれた。それは、かつて賢者の石を作ったときに現れた負の遺産ともいえるものだ。結局あれが何なのか、我らにも分かりかねるものだ。だが、一つだけ言えることがある。それは、あれの狙いが賢者の石だということだ。執拗なまでに賢者の石への執着を持っている。

 幸運なことと思えることがあった。ビアンカ以外のものの胎内にもまた、賢者の石があったことだ。ヴァンデルトの国王がビアンカを幽閉し、賢者の石の複製に成功したのだろう。ビアンカの持つ賢者の石に比べて遥かに見劣りするものであったが。だが、あれは、複製された賢者の石を先に見つけた。ただアナタスから近かったためであろう、そしてすでにそこに宿ってしまった……」

「ルナ=ルトか!」

 叫んだのはワインハルトだった。ソラが勢いよく振り返りワインハルトを見た。ワインハルトの目は激しく開いていた。

「っと、口が滑ったかな」

「どういうことだよっ」

 ソラの剣幕をワインハルトは両手で押さえつけた。

「まあ、もう時効だろう、ウルもカサもいないんだ。僕はね、ソラが失踪した朝、カサから直接聞かされたんだ。ルナのことをね。正直驚いたさ、ビアンカ姫を使って人体実験を繰り返し、最終的な段階において、ルナを使ったと。もちろん、ルナが選ばれたのは偶然ではなかった。賢者の石を胎に孕ませることになるのだから、それなりの選考基準があったらしい。まあ、そこらへんの詳しい事情は知らないがね。免罪符が発効され、ルトの家は常に護られることになった。だが、ソラはその庇護下から飛び出してしまった。厄介なことをしてくれたものだ。ルナを目覚めさせるにはソラが必要だとカサは言った。生死は問わないが。ソラがそのまま城に入っていれば、ここまで複雑なことにならなかっただろう。賢者の石を持ったルナが目覚めることができれば、ヴァンデルトは更なる力を得ることとなっただろう」

「……ウルの狙いは、賢者の石で時を止めてしまうことだった……キャロットが三十年間まるで成長しなかったように、ウルは不老を得ようとしていた」

「正確には時を留める、ね」

 ソラを訂正するようにアリスは付け加えた。

「おかげで私はまだこんなに若いんだものね」

「だが、時は再び動き出した」

 再び玉が話し始める。

「そして賢者の石は二つともあれの手に渡った。もう、我らにできることはあるまい」

「はっ? 冗談じゃない。僕は少なくともイルカの人間じゃないからね。その犠牲にはなりたくない」

 ワインハルトは紫の髪を大きくかき上げると、激しく怒鳴った。

「それに何かをやる前に両手をあげて、はい、参りましたってのは性に合わないんだよ」

「それ、その意気を常に持ってて欲しいわね」

「うるせえ、さっきはちょいっとびびっちまっただけだよ」

「まあいいわ。どの道ダルファ博士たちとの戦いも残ってるんだし」

「ふ……頼もしい限りだ。おそらくあれはメメルを掌握し、やがて西へと向かってくるだろう。イルカの一級の騎士団をお前たちに託そう。数は少ないが、アリスに劣らず腕利きの奴らばかりだ」

「て、あれ?」

「決戦の場はアナタスか、その西となるだろう……今再び、イルカ国とヴァンデルト国の戦争の始まりだ」

「どうやら、僕はイルカ側なわけね」

「どちらも、偽りではあるがな」

「まあいいさ。トニオも異論はないよな」

 今まで黙っていたトニオであったが、こくりと頷いた。

「だが、ソラ」

 呼ばれてソラはびくりと体を動かした。

「君はこの戦いに参加しないほうがいい。理由は明白だろう。君は早くこの場から離れたほうがいい」

「でも、オレは」

「姫から話を聞いている。アディーヌへの旅をしているのだろう、まだ先は長い」

「オレは」

「アリス、剣を用意せよ」

 アリスは立ち上がると手に意識を集中した。

「まあまて、アリス。用意するのは特上の代物だ。姫が扱うに相応しい聖剣だ」

「ですがあれは……」

「ソラよ。賢者の石を失った姫は、その力の大部分を失っている。それでももし、お前が連れて行きたいというのなら」

「約束しました。アディーヌまで連れて行くと」

「あそこには希望が眠るという。願わくは、希望が叶えられるとよいがな」

 ソラは俯く。何のためにアディーヌに向かうのか、すでに目的は達成されている……ルナは目覚めているのだ。アディーヌに向かう必要など、もはやないではないか。

「姫も、それを望んでいるようだ」

 ソラは顔をあげた。それなのに表情が輝いて見えた。

「よし。ではアリスよ。聖剣を用意せよ」

「はい」

「聖剣『ラブ=オール』を」




 夜、王との謁見を終えてからワインハルトとトニオとアリスは、同じ部屋で酒を飲んでいた。

「アナタスに封印を解く何かがあったのか」

「どうした?」

「まあ、結局それを見たのはソラだけだからな。なんとも言えないが」

「んー、話を聞いてる限り、あまりいい印象はしなかったわね」

「僕たち兵士長は、メメルが落ちるような事態に陥ったとき、アナタスに皇子や皇女を連れて行くように命令を受けていたからね」

「でも封印はメメルが施した」

「メメルには国立の図書館がある。あそこならアナタスがヴァンデルト国の領土となったのだから、何らかの情報があったのかもしれないな」

「ああ、なるほど」

「恐らく、封印を解いたのは皇子か皇女の誰かだろう」

「結局敵なのかしら?」

「さあ」

「ソラを西に向かわせた。それは相手がルナだからだろう。恐らく王は敵になると考えているんだろうな」

「ああ」

「とにかく、ダルファ博士とサマセットとラゼルの三人をまず倒さなければならない。それでその、封印されていたものが敵になるってんなら相手をするまでのことさ」

「ノルマは一人か」

「私は何とかなると思うけど」

「俺もな」

「何だよ、僕が頼りにならないって?」

「その通りよ」

「サマセットは僕がやる。胸の傷のお返しをしたいのでね」

「じゃあ、俺はラゼルかな」

「いいわ。そうしましょう。明日にはガベドへ向かうのでしょ」

「そういうことだ」

「じゃあ、今夜がのんびりできる最後ってことね」

「そうだな」

 三人はつぎつぎと器を開けていく。

 心の底に恐怖を押し込めるようにして。


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