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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
53/69

 Chapter XX  拡散する目的と繋がっていく真実


 ソラ=ルトがメメルを出て八ヶ月ほどが経った。ソラ自身、イルカ国にこれほど留まることになるとは思っていなかった。だが、キャロットの体調が思わしくなく、赤子が生まれるまではこれ以上西へ進もうと思えなかった。自分でもその理由がよく分からなかった。頭に描いた地図では、まだ西への旅は長い。アディーヌと呼ばれる幻の大地まで、この調子でいくと一体いつごろたどり着けるのだろうか。そして、聖剣を果たして見つけることができるのだろうか。愚かな夢物語のように思えてくる。

 メメルが襲撃されたという知らせは、ワインハルトからもたらされた。アーガスという小柄な鷹が携えてきた知らせだった。詳しくは知らないが、城が燃え落ちたとのことだ。それ以上詳しいことは分からない。その知らせを聞いたとき、今すぐにでもメメルに飛んで帰りたい気分だった。だが、ププがもたらした知らせに、幾分心が安らかになった。落ちたのは王城だけのようだ。メメルの町にほとんど被害がなかった。

「ソラ、入るよ」

 ノックの音とともに、アリス=リスタット=ハナユメが、ソラが使っている部屋に入ってきた。両手にトレイを持ち、たくさんの料理が載っている。

「お昼よ。最近あまり食べてないでしょ?」

「それは、どうも。どうも、食欲がなくて」

「分かる分かる。王様もさ、食事が喉を通らないって怒ってるもの。だいたいさぁ、父親って誰なんだろうね?」

「キャロットのこと?」

「そうに決まってるじゃない」

「それも半分かな。オレが食欲ないのはメメルが心配だからだ」

「結局メメルも落ちたんでしょ。わたしたちにはどうしようもないわよ」

「そうだけど」

 フォークを握るがやはり食事は進まない。メメルに残してきた妹のことを思うと、今こうしていることが恐ろしく思えてくる。覚悟はしてきたつもりだったが、いっそのこと何も知らずに旅を続けたかった。

「アリス、あの黒い騎士とフードをかぶった男のことを教えてくれないか?」

「ダルファ=ガイ博士と三人の黒騎士よ」

 その名を発したとき、アリスの瞳がひどく濁ったことにソラは気がついた。アリスはそのまま話を続ける。

「ダルファ博士は、イルカ国のかつての首都ナラスに使えていた学者だった。ただ普通のソラの思い描くような学者とは違う。神秘学に造詣のある……錬金術師といったところかしら。わたしたちイルカ国の神秘を研究していた」

 すっとアリスが手を動かすと、いつの間にか彼女の手には細い剣が握られていた。

「例えばわたしがこうやって剣を取り出せるように。イルカ国の極僅かの者には特別な力がある。姫にもそういう力がある」

「ププと会話ができること?」

「ええ。姫は意思あるものとならば、相手の気持ちを汲み取ることができる。特に顕著なのが動物との会話ね」

「極僅か……」

「そう。イルカ国がこのように外からの侵入を防いでいるのもその能力によって。こういった能力に大きく関わるのが、血、なの」

 アリスは再び手を動かして剣を隠した。

「わたしはお婆様が王族なの。まあ、複雑ではあるけれど」

「じゃあアリスも姫なの?」

「とんでもない。正当なる世継はビアンカ姫だけよ。姫の血筋は特にその能力が顕著だから。そう……正当なる世継の腹には生まれたときから特別な力が宿っている。誰の目にも明らかなほどに。わたしたちは賢者の石と呼んでいるわ」

「賢者の石だって!」

「まるで受け継がれるように。はるか先祖の能力者がきっとそうなるようにしたのでしょう。そうわたしたちは考えていた」

「賢者の石つったら」

「無垢なる少女たちの集合意識、子宮に宿るエリクサーの総称、錬金術師が求める究極の物体」

「そう、それだ。ヴァンデルト国の図書館で読んだ」

「かなり古い書物にそう書かれている。イルカ国の姫を研究した資料ね」

「ダルファ博士はそれを狙っているのか?」

「代々賢者の石を持った姫は、自分の子供のその石を継承するために、相手の男性の選定にはかなりの時間をかけている。なぜなら、賢者の石の段階からその能力はある程度予想されるものだから、その能力を殺さない相手を見つけなくてはならない」

 アリスは俯き、悲しそうに頭を振った。

「姫に宿る賢者の石……」

「時間を、止める?」

「そう。正確には時間を留める。姫とイルカ国両方のね。つまり、姫は先代からの能力と、次代に残す能力の2つがあるわけ。キャロットの場合は、時間を留める能力を引き継ぎ、次代には生き物との会話、といったところかしら」

「シュー」

 部屋の隅から、突然荒い息づかいが聞こえた。ソラが振り返ると、そこにはフードを被った男が立っていた。

「な! いつから?」

「たった今さ。この暗がりは移動にちょうどよい」

「ダルファ博士!」

「そう息巻くな、アリスよ。愚昧なるぞ」

「何しに来たのよ」

「ヴァンデルト国を滅ぼしてきたからその報告にあがったのさ。くっくっく」

 小柄なフードが小刻みに震えている。

「裏切り者!」

「そう息巻くなと言っておろう。邪魔立てするならここもまたナラスのようにしてもよいのだぞ」

「何しに来た!」

「報告だと言っておるだろうが。宿敵なるウル国王を殺してきた、な」

 ゆっくりとダルファは移動を始めた。一歩一歩二人へと近づいてくる。

「来るな」

「くっくっく。愚昧なる少年よ。ここで武器を握るほどわたしは愚かではない」

 赤い瞳がフードの奥からアリスを見た。

「そして、父に剣を向けるほど愚かな娘もおるまい」

 そのままダルファ博士は二人の脇を歩いて通り抜けた。そして部屋から出ていく。

「娘?」

「父親だなんて、一度だって思ったことないわよっ」


「僕たちこんなことしていていいのか?」

「さあ」

 城内にある広い一室にワインハルト=ジャネとトニオ=アルゲは隣り合って座っていた。二人とも脇には剣が置かれている。つい今しがた間で、その本物の剣を使って二人は戦っていた。もちろん鍛錬である。

「俺たちには帰る場所がすでにないからな」

「第一騎士団も、隊長がこれではいつまでガベドで待っていてくれることやら」

「言ってくれるな。俺はお前と一緒でなければ戻るに戻れない」

「僕がビアンカとソラを連れて戻ると思うかい?」

「いや、思えないな。戻ると言ってももはやメメルもない」

「その通り。いずれにせよもはや任務を果たせないということさ」

「……本当にヴァンデルトは滅んでしまったのか?」

「城が落ちた。アーガスからの手紙にあった。サルメはまだ生きているということだ」

「それはそうだが」

「四人の兵士長は、カサから聞いていた。お前にとっても興味深い話だ」

「なんだ?」

「いずれメメルに敵が攻め込んでくるときを想定して、あらかじめ準備をしていた。カサは言った。その時兵士長は三人しかいないだろう、と。まるで予言のようで、僕は信じていなかったのだけどね。カサはこのような事態を予測していたかのようだ。で、だ。敵が攻め込んできた場合、僕たちは皇子と皇女を城から連れ出すことになっているんだ。そしてアナタスに連れて行くように、と」

「まさか」

「そう、まさにまさか、さ。僕たちは踊らされているんだ、カサとウル国王の手の平の上でね」

「ありえない」

「もし、三十年前、ビアンカ姫を西の塔に監禁したのが国王だとしたら。もし、ビアンカ姫を捕らえるのにダルファ博士と密約を交わしていたとしたら。もし、監禁後に国王がダルファ博士との密約を破っていたとしたら?」

「なんだよその、もしってのは」

「城ってのは、どこかに外への抜け道があるものだ。メメルの王城がそうであったようにね。ナラスの王城にもそのような抜け道があったのだろう。そこから抜け出した姫をダルファ博士が手引きしてヴァンデルト国に引き渡した。そしてメメルまで連れてきた姫を西の監視の塔に監禁した」

「なぜ?」

「賢者の石のためさ、簡単なことだ。イルカ国に伝わる秘宝だ。それが姫の胎内にある」

「賢者の石?」

「姫の胎内からその力を取り出すために、国王は様々な手段を用いた。今姫が赤子を孕んでいるのも、おそらくそれが原因だろう。だが、不思議なことが起きた。いや、始めは気がつかなかっただけかもしれないが、確実に不思議だと気がついた」

 ワインハルトの目はトニオを睨むように見ていた。

「姫が妊娠することはなかった。否、それは結果だな。数年経っても、姫は歳を取らなかった。さて、トニオ、賢者の石とは?」

「無垢なる少女たちの集合意識、子宮に宿るエリクサーの総称、錬金術師が求める究極の物体」

「さすがよく勉強されている」

「兵役期間に学ぶことだ」

「国王はビアンカ姫が賢者の石を持っていると知っていた。そして、その石の力を、歳をとらなくする、と解釈した」

「とこなしえの命?」

「うーん、よく知っているね。僕はメメルから出発する前日、カサから聞いた。ソラの妹であるルナ=ルト。もちろん他の多くの少女たちの、集合意識……西の監視の塔で人体実験が行われていたんだよ」

 睨んだ瞳には恐怖が混じっていた。

「多くの少女たちは、そのまま帰らぬ人となった。そして、その実験の最期の犠牲者がルナ=ルト……ソラの妹だ。彼女の子宮には賢者の石が埋め込まれているとも言われているが、真実は定かではない。なぜなら、彼女には他人の意識がすべて入り込んでおり、目覚めぬ存在となってしまったからだ……ソラがヴァンデルト国の学者となっていたら、ルナを目覚めさせる実験を再開するつもりだったようだ」

「信じられん」

「まあ、半分は僕の妄想さ。信じる、信じないは勝手にしてくれ」

 ワインハルトは座ったまま剣を握っていた。それは隣りのトニオも同じである。二人とも同時に殺気を感じていた。この広い部屋の片隅に、何者か二人に殺意を向けているものがいる。

「さて、少しは休めたかな」

「ああ。気分は最悪だがな」

 二人は同時に立ち上がった。


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