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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
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 Chapter XVIII  イルカ国の王城で


 ガベドを出て一ヶ月あまり。エンダス山系と呼ばれる山岳地帯は数本の山脈が互いに密接に関係しながら複雑な地形を作り出している。ヴァンデルト国とティシン国とを隔てている最も主な要因でもある。もしもこのような隔たりがなかったとしたら、とうの昔にティシン国はヴァンデルト国の進攻にあっていただろう。

「どれくらい進んだ?」

「まだ山脈一つも越えていないわよ」

 起伏の激しさに、さすがのワインハルトでさえ疲労が見え始めている。

「でも安心して。イルカ国はすぐそこよ」

「そんな雰囲気は感じられないな」

 すでに使われなくなってからかなりの年を重ねた道には、左右から木々が迫るように幅を圧迫している。

「他国からの侵略を受けない理由が分かるよ。これには兵士は耐えられない」

 トニオは腕を組み、道の先を眺めた。変わらない風景が続いている。もしもアリスがいなかったら、道に迷ったと思ってしまうだろう。

「それも理由ね。それに、もう一つ大きな理由がある。他国が決してイルカ国を攻め込めないね」

 アリスは言いながら後ろを見やった。キャロットの足取りはかなり重い。ソラが支えているものの、そろそろまともな休息が必要な時期だろう。そろそろ、仕方ないか、と思う。トニオもワインハルトもヴァンデルト国の人間なのだ。実はエンダス山系に入ってすぐにイルカ国に入ることができることなど、たやすく知られるわけにはいかない。だからこうして、無駄に同じ道を何度も歩いているのだから。

 アリスの足が止まる。

「ここね」

 全員がその場で立ち止まった。といっても今までと何も変わりがない、道の途中に過ぎない。だがアリスはそこで左を向くと、鬱蒼と茂っている木々を睨んだ。

「何か来るのか?」

「違う。ここが入り口ということ。もう長いこと襲ってくる獣がいないのも気になるけど」

 ワインハルトは眉をひそめるものの、何も言わすにアリスの次の行動を待った。そのアリスは木々の間に足を踏み入れようとしている。

「おい、どこに行く気だよ」

「大丈夫。あたしにも分かる」

 キャロットが言って安心したのか、みなゆっくりとアリスの後に続いた。

 そして、みな一瞬にして事態の異常さに気がついた。確かに鬱蒼と茂っていたはずなのだが、わずか一歩踏み込んだ瞬間、そこに木々は存在していなかった。驚いて振り返るも、今度は後ろに木々が茂っている。

「ようこそ、イルカ国へ」

 振り返ってアリスが微笑んだ。そのアリスの後方には美しい田園風景とさらには田園に不釣合いなほど立派な城が建っていた。園の緑と、湖に見える青。そびえる城は白。丸みを帯びた造りはヴァンデルトの城とはまるで雰囲気が違う。

「どういう、ことだ?」

「これがもう一つの理由よ。イルカ国へは特定の場所からしか入ることができない。それを知る者は国民のみなのよ。きっとあんたたちだけじゃあ、次に入国することもできないでしょう?」

「確かに、これでは攻め込みようがないな」

 ワインハルトは空を見上げた。

「鳥は?」

「運がよければ」


 四人はアリスに導かれるままに城内まで歩きついた。だが、ここまでの道中イルカ国の人間に誰一人出会わなかった。

「ここはイルカ国のどこに当たるんだ?」

 城内の整えられた庭園を眺めながらワインハルトが尋ねる。

「今のイルカ国の首都よ。ファーラガーと私たちは呼んでるけど」

「あたし知らない」

 何気ない一言だったが、キャロットのその発言に唯一気を止めたのはソラだけだった。

「知らないって、キャロットはイルカ国のこと知ってるのか?」

 ソラのその発言に全員の足が止まった。アリスが驚いたように振り返る。

「ええっと、ソラ、今の本気?」

「何が?」

「キャロットがイルカ国のことを知らないはずないじゃない」

「だって、あたしイルカ国の生まれなんだよ?」

「へ?」

 目を大きく見開いてソラが驚く。

「だって、あれ、メメルで……生まれは違うって聞いたけど、あれ?」

「あきれた。六ヶ月も一緒にいて気が付いていなかったのか」

「俺もみな暗黙の了解だと思っていたわけだが」

「ええ? なんでみんな知ってるわけ?」

「まあ、ここまで来たんだ。話してもいいだろう」

 あきれたという表情を露骨に表しながら、ワインハルトがため息をつく。

「キャロットというのは偽名だ。シャロルをヴァンデルト風に呼んだものなのだろう。シャロルは姫を表す。シャロル=ド=イルカ=ビアンカ。それが彼女の本名だ。本当に知らなかったのか?」

 ソラの表情を見ればそれは明らかなことだ。

「なんで姫が? でも、もしかして……いや、だけど」

「キャロットはメメルに監禁されてたのよ」

 ソラの視線がキャロットを見つける。

「ごめん、もうばれてるかな、て思ってたし、言い出しづらくて」

「いや、だけど!」

「ソラの考えてること、分かるわ」

 アリスは再び歩き始めた。

「だけど、今はまだ黙ってて。国王との面会が終わるまで」

「だそうだ」

 トニオとワインハルトが順にソラの肩を叩いてからアリスの後に続いていく。キャロットはソラの横に並び、ソラを見あげた。

「ごめんね、黙ってて」

「オレは……できれば知らないままでいたかったかも」

 メメルが滅びたのは三十年も昔のことなのだから……。


 アリスが案内したのは、誰もいない部屋だった。荘厳に飾り立てられ、床には赤いカーペットが敷かれている。その部屋の中央には四本の燭台と真ん中に腰の高さほどの小さな丸いテーブルがあり、その上に篭に半分隠れるように入った玉があった。その玉は蝋燭の光に透き通るように見え、中心部にはいくつもの光の粒が遊んでいるように見えた。

「王様、無事にビアンカ姫を連れてまいりました」

 アリスがその玉に膝をついて話しかけた。アリスの声に反応するように、玉が鈍く光る。

「よう戻られた」

 玉から男の低い声が聞こえた。四人は驚いて声を出せなかった。

「元来でしたらメメルまで姫を迎えに行く予定でしたが、フォルンでフリートに襲われまして、結果的にアナタスで姫と再会することができました。そこまでは後ろに控えております、ソラ=ルト殿とワインハルト=ジャネ殿の護衛がありましたので、姫の身に危険が及ぶことはありませんでした」

「ふむ」

「イルカ国へ戻る途中、再びフリートと対峙する機会がありまして、その際、トニオ=アルゲ殿の助けを得て、フリートを討つことができました」

「フリート、だと?」

「はい。ダルファ博士たちも姫が監視の塔を出られた時より姫を追っていた模様です」

「厄介だな」

「誠に」

「ともあれ、まずはみなに感謝をしたい。このような姿で非常に恐縮なのだが。ソラ、ワインハルト、トニオだったか、姫をここまで連れてきていただき、誠にありがとうと」

「い、いえ、とんでもないです」

 ワインハルトが代表するように、それだけを返した。

「元来ならば、会ってお礼を言いたいところ。だが、イルカ国の現状は非常に厳しいものがある。ゆえに、そこのアリスでさえ、余の居場所を教えてはおらぬのだ。許されよ」

「父上……では、ないのですね」

「ビアンカ姫。申し訳ないのだが、すでにそなたの父上は他界されておる。そなたの故郷と共にな」

「……」

「ナラスで生き残ったのはそなただけなのだ」

「ビアンカ姫がこうして戻られました。残された民にも再び活気が湧くでしょう」

「正当なる世継はビアンカ姫だけなのだ……ん!」

 突然玉が光を強くした。

「そなた、お腹に子供がおるのか?」

「はい」

「二つの生命が見える。一体誰の子なのだ?」

「あたしの子です」

 キャロットは嬉しそうにお腹をさすった。その途端玉の光が消える。交信が途絶えたようだ。

「さすがに、取り乱したみたいね」

「それはそうだろう。帰ってきたら孕んでいたって、ウル国王なら失神してしまうだろうね」

 ワインハルトは立ち上がると肩を竦めた。

「ねえ、今二つの生命って言ったよね」

 微笑みながらキャロットが囁いた。

「双子なのかな」


 とりあえず今日は休もうということになり、アリスは各人に部屋を用意した。城内には若干人がいるようで、時折姿を見かけることがある。給仕もいるようで、夕食もすぐに準備がされた。それを食べ終わると、それぞれ部屋へと引き上げていく。みな疲労がかなり溜まっているのだろう、口数は少なかった。

 みなと別れていく中、ソラはアリスを呼び止めた。

「なぁに?」

「いや、そんなに警戒されても困るんだけど、オレ」

「私の部屋は一人用よ」

「違うって」

「じゃあ何?」

「確認したいことがある」

「私に?」

「君は一体、いくつなんだ?」

 アリスが笑う。だが、それはなんだか冷たい笑いにソラは感じた。背筋が冷たくなるのを感じる。

「……知ると後悔するかもよ」

「オレにとって、大事なことだ」

 アリスはゆっくりソラに近づくと、耳元で小さく呟いた。


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