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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
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 Chapter XIV  選択肢


 真夜中、微かな羽の音にアリスは目を覚ました。まだガベトまでの道の途中だ。四人固まるように眠っているはずだった。だが、一人足りない。足りないのはワインハルトだ。アリスがワインハルトを好きになれないのは明らかなことだ。ワインハルトはヴァンデルト国の人間なのだから。その点を考えれば、ソラはヴァンデルト国から出ようとしているだけまだましというものだ。

 そのワインハルトがいないと気が付くと、アリスはゆっくりと起き上がった。少し離れたところに、黒いシルエットが立っている。それがワインハルトなのだろう。その顔の前辺りに黒い鳥のシルエットも見えている。アリスは訝しがりながらも、今動くべきではないと判断し、再び体を倒した。


 翌朝、四人で簡単な朝食を食べていたとき、ワインハルトは重い面持ちで話し始めた。

「どうやら、メメルが本格的に動き始めたようだ」

 その発言にソラとキャロットが大きく胸をはずませた。

「第一騎士団の派兵を決め、残りの騎士団をメメルに集結させているようだ」

「どうして、それを?」

「フォルン強襲に本格的な対策を打つ、ということだろう。僕はフォルンに残って、調査団に報告をしたんだ。相手はただの一人だってね」

「どうしてそれを?」

 ソラが同じ質問を繰り返す。

「ププだってそれくらい分かってるだろ?」

「ええ」

 キャロットが頷く。

「第一騎士団はまっすぐこちらへ向かっています。恐らく、あたしたちがガベトにつくよりも早く、彼らはあたしたちを追い越すでしょう」

「ということだ。そこで決めなくてはならない」

 ワインハルトの紫の髪が風に揺れる。

「第一騎士団を迎え撃つか、やり過ごすか、ガベトまで走るか」

「迎え撃つって、無茶な」

「まあ、そんなことをすればヴァンデルト国を敵に回すことになるから避けたいところだし、僕の敵はヴァンデルト国じゃない」

「私は迎え撃ちたいけど」

「第一騎士団長のトニオ=アルゲを甘く見ないほうがいい。第一騎士団は国にとっても最も重要な騎士団でもある」

「何それ。ワインハルトより弱いんでしょ」

「僕に勝てる奴なんて、ヴァンデルト国にいないよ」

「私のが強いもんね」

「待って」

 キャロットが空を見上げる。ププがゆっくりとキャロットの肩に止まった。それからキャロットに何かを囁く。

「……そう」

「どうした?」

「今ププが教えてくれたの。その騎士団とあたしたちの間に、彼らがいるって」

「彼らって?」

 ソラが腕を組んでキャロットを見た。

「黒い騎士と……フードを被った男?」

「何だって?」

「彼らは、第一騎士団を迎え撃つみたい」

「いつだ?」

 ワインハルトは唇を噛みながらキャロットを睨んだ。

「早ければ、今日中に。第一騎士団は気が付いてない」

「くそったれ」

 吠えると、ワインハルトは空に向かって口笛を吹いた。と、遠くから鳥が一羽降りてくる。小柄な鷹のようだ。

 アリスが警戒するように剣を構えた。

「後で理由も全部話す。アーガスだ」

 アーガスが肩に止まると、ワインハルトは素早く紙に文字を書き出した。その紙にまっすぐアリスの細い剣が当たった。

「止めてくれ、アリス」

「だから私はあんたなんて嫌いなのよ」

「僕より君のが強いことも認める。見逃してくれ」

「そんなことされたら、キャロットが危険じゃない」

「そうさ。でも、しなきゃあいつらがやられるんだ。まともにやりあっても勝ち目などない」

「どういうことだ、ワインハルト?」

「僕はヴァンデルト国の人間だ。後で説明する。今は第一騎士団の危機を救うのが僕が今やらなければならないことだ」

「選択肢は二つね」

 キャロットが言った。

「このままガベドに進むか、引き返して挟み撃ちにするか」

「冗談じゃないわ」

「冗談じゃないの、アリス。あたしもどうにかしてあげたいもの」

「オレは反対だ。戻るべきじゃない」

「ソラは必要ない。役に立たない。それに身重の女もいらない。先にガベドに行ってくれ」

 ワインハルトは手紙をアーガスの足に巻きつけた。

「アリスはどうする? できれば一緒に引き返して欲しいのだが?」

 切っ先はまだワインハルトに向けられている。

「トニオってのがどんな奴か知らないけど、あいつには勝てない。あんたが加勢したって、多分無理ね。でも、私もあいつとはいずれ戦わないとって思ってた」

 アリスの剣がすっと、空気に溶けるように消えた。

「私も戻るわ」

「よし、決まりだ」

 言うが早いか、ワインハルトは来た道を戻るように走り始めた。それを追うようにアリスも走り始める。

「おい、待てよ!」

「ガベドで再開しよう」

 片手を挙げてワインハルトが叫んだ。



 そらから三日後、ソラとキャロットはガベドに到着した。途中何の問題もなく、道中は安定したものだった。ソラはアリスとワインハルトがどうなったのか知らない。キャロットはププを通して結果を知っているのだろうか?

 ガベドはヴァンデルト国のもっとも西に位置する辺境都市だ。すぐ西側にはエンダス山系が迫っている。都市と言ってもそれほど大きくはない。イルカ国との戦争の間は、最前線の砦として機能していた。だが、この砦を破られることも何度もあった。イルカ国が原因不明の滅亡を迎えた以降は、ヴァンデルト国の国領として西からの侵入を見張る砦となっている。

 故に、都市は壁に覆われていて、その入り口は堅く門が閉ざされていた。

 ププが後方の様子を窺うために飛んでいたため、ソラとキャロットはそこに門兵がいることに気がつかなかった。

「何用でここに来た」

 門兵は門の近くまで歩いてきた二人に尋ねた。姿を見られた二人は、そこから隠れるわけにもいかず、まっすぐここまで来たのだ。

「助かった。ようやく今夜は宿にありつけそうだ」

 ソラが答える。ソラの陰に隠れるように、キャロットは後ろに隠れた。

「何用でここに来た」

 門兵は同じ質問を繰り返した。

「旅だ。彼女が、旅をしたいというから連れて歩いていた」

「どこから来た」

「アナタス」

「なぜ歩いて来た」

「それを彼女が望んだからだ」

「ただの二人でか」

「……ああ。もう五十日くらいは歩き続けた」

 門兵はしばらく考えたあと、門を開けた。助かったと思ったソラだったが、どうやらそうではなかった。中から別の兵士が二人出てきて、ソラとキャロットの脇に立つと、二人をまるで補導するように歩き始めた。

「なんだよ、どこに連れて行く気だ」

「少年、お前は知らないかもしれないが、ヴァンデルト国は今戦争状態にあるのだ」

 驚いてソラは脇に歩いていた兵を見た。その顔がひどく強張っている。

「いろいろな都市が、襲撃を受けている」

「知らない」

「フォルンを知っているか?」

「ああ」

「あそこが攻撃を受けたのは三ヶ月以上前。その時から戦争が始まっている」

「どこと? 今、隣国にヴァンデルト国の国力にかなう国なんてないはずだ」

「俺たちもそうだと思っていた。だが、今回このガベドが最前線の基地に指定された」

「……ティシン国?」

「その通りだ。エンダス山系を越えて攻撃を仕掛けてきたようなのだ」

「ティシン国の国土は確かにヴァンデルト国に匹敵する。だけど、あそこの大半は死の砂漠……そんな力はないはずだ」

 ソラとキャロットは同じ一つの部屋をあてがわれた。そこに入れられて、鍵を閉められる。

「おい、どういうことだよ!」

「もうじき、第一騎士団がこのガベドに到着する。そうしたら、お前たちの今後を決めることになる。覚悟をしておくことだ。兵士となれば、彼女との時間はもう終わりだ」

 扉越しに聞こえていた声は次第に小さくなった。振り返りキャロットを見る。震えるように座っている。部屋を見渡すと、小さいながらベッドがある。その上には温かそうな毛布があった。ソラはそれをとると、キャロットの肩にかけた。

「ありがとう」

「せっかくメメルを抜け出したってのに」

「ごめんなさい」

「キャロットのせいじゃないよ」

 ソラも同じ毛布に包まり、キャロットの隣りに座った。

「ねえ、ソラ。ソラはどうして旅をしているの?」

「オレはメメルを逃げ出したんだ。兵役が嫌で」

「何を目指してるの?」

「……いつか、キャロットが歌ったよね、子守唄。オレは、あの歌の持つ真の意味を探しているんだ」

「西へ……」

「そう、西。西にはエンダス山系がある。ティシン国がある。砂漠がある。そして、果てがある」

「うん」

「その果ての西に、アディーヌと呼ばれる希望溢れる地がある」

「それ、あたしも聞いたことがある」

「オレはそこまで旅をするつもりだ」

「ねえ、ソラ」

「何?」

「あたしもそこまで連れて行ってね」

 かくっと、キャロットの首が倒れ、ソラの胸に当たった。

「オレは、バカだな。きっとアディーヌにまでたどり着いたら、戻ってこられない」

「ねえ、ソラの希望って、何?」

「子供の、夢だよ」

 ソラは上を向きながら、故郷にいる妹を思った。

 あの時の姿のまま、眠っている妹の姿を。


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