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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
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 Chapter XIII  ワインハルトVSアリス

 ワインハルト=ジャネの持つ剣の切っ先はまっすぐアリス=リスタット=ハナユメの額に据えられていた。アリスは臆することなくワインハルトの目を見据えている。

「二人ともやめようよ」

 少し遠くからキャロットが声を出すが、体調が悪いのか彼女は座っている。そのキャロットをソラ=ルトが支えている。

「だって、この男いけ好かないんだもん」

「僕だって、こんなガキ、好きじゃないね。なんだってこんなの連れてるんだよ」

「ピチピチッて言って」

「ただでさえお荷物パーティなんだ。さらにガキが増えたんじゃ、僕もみなを守る自信がないよ」

「すごい失礼。あんたなんて、わたしの足元にも及ばないんだからね」

「状況を見て言えよ」

 アリスはゆっくりと右手を前に伸ばした。

「二人ともやめようよ」

 もう一度キャロットが言う。

 アリスの手がワインハルトの剣にかかろうとした瞬間、金属音と共にワインハルトの剣は大きく上へと跳ね上がった。

「くっ」

 腕に力をいれ剣を上段で止めたところで、アリスの長い剣がワインハルトの喉元にあった。ワインハルトはバックステップをし、さらにバック転をしてアリスとの間合いを広げた。すぐにアリスも間合いを狭めようとするが、ワインハルトの足がアリスの剣を蹴り上げたため、仕方なく構えなおす。

「二人とも強い、それでいいじゃないか」

 ソラが二人を諭すように言う。

「一番のお荷物が何言ってるのよ」

 アリスの言葉にソラは口をつぐんだ。アリスとワインハルトは互いに剣先を中段に構えている。だが、上背がない分だけアリスの剣のほうが低い。

「どこにそんな長い剣を隠し持っていた?」

「あんただって、そんな重そうな鎧着ていてよく動けるね」

「うっ」

 突然キャロットは口元を抑えると俯いた。アリスがすぐに駆け寄ると、キャロットはすでに吐いていた。

「キャロット、大丈夫?」

 言いながらアリスはキャロットの背中をさする。ソラはバックパックからハンカチを取り出すと、キャロットの口元をぬぐった。

「ああもう、こんなときに」

 アリスはそう言うと、ワインハルトを見た。

「な、何だよ」

「物は試しね。お客さんよ」

「あ?」

 草原の少し離れた茂みの裏側から、一匹大きな獣が現れた。黄色い毛並みがやけに逆立っている。見た目はネコに似ているが、それよりも数段大きい。ところどころに黒の斑点が見られるところから、おそらくチーターであろう。

 だがその目は赤い。

「安心して、相手はあの一匹のようだから。大変そうなら手伝ってあげるわ」

「冗談」

 ワインハルトは剣先をその獣に向けた。だが、本当に何かの冗談かと思った。そのチーターは明らかにこちらを狙っている。今まで多少の戦や、数多くの訓練を行ってきたが、対獣を想定した練習は行っていない。

 それにこの感じ。

 あの黒い騎士にどこか似ていなくない。それにあのフードの男……。

 赤い目が気に食わない。

 ワインハルトはじりとチーターに向けて剣を構えた。と、チーターとの間合いが一気に縮まる。ワインハルトはとっさに腹に力を入れるが、そのときにはすでにチーターの前歯が腹に当たっていた。

 すぐに剣を横に払うと、チーターとの間合いが広がる。

「だらしないわねぇ。何やってるのよ」

「黙ってやがれ」

「チーターてのは哺乳類の中じゃ、もっとも足の速い動物なんだ」

 ソラはアリスに説明した。瞬間的になら、時速七十マイルを超える。それにもしかしたらこのチーターは百マイルに達するかもしれない。

 チーターは体を斜めにすると、ワインハルトの周りを走り出した。

「ちっ」

 目を細めてワインハルトはチーターの位置を探る。

 と、チーターはワインハルトの左手後方から角度を変えてその牙をあらわにした。その瞬間ワインハルトは右手前方に回転しながら剣をまっすぐ突き刺す。

 ガキンという音は、ワインハルトの剣がチーターの牙に当たった音だ。慣性の力を利用しながら、ワインハルトは剣をそのまま振り上げた。剣はチーターの口に絡まったまま半回転する。ドスンという音と共に、チーターは背面から地面に叩きつけられた。すぐさまワインハルトは剣を抜くと、あらためてその首の部分に剣を突き刺した。

「すごい」

「まあまあね」

「これで僕の実力を分かってもらえたかな」

 ワインハルトは剣をしまいながらアリスに近づく。アリスもすでに剣を持っていない。彼女の背丈よりも長い剣だ。一体どこに隠しているのだろう。ワインハルトは訝しがった。

「次の機会にはわたしの実力を見せてあげるから」

「で、キャロットの調子はどうなんだ?」

 近づきながらキャロットの様子を覗き込む。顔が真っ青だ。

「あまり。何か食べてもほとんど吐いてしまうんだ」

「ごめんなさい。あたしは大丈夫」

「いい子いい子」

 アリスがキャロットの頭を撫でる。

「こんな旅初めてだから、それで体調をくずしたんだろうけど。早くちゃんと休ませてあげないと心配だ」

 それからソラは今の位置を思い出す。

「アナタスからもうかなり離れている。ガベドまではあと一ヶ月ほど、か」

「ちょっといいか?」

「何?」

「キャロットのそれ、つわりじゃないのか?」

「え?」

 アリスとソラが同時に声をあげた。それからキャロットの顔を覗き込む。

「ソラ?」

 アリスがソラを睨んだ。

「いや、いやいやいや、違う。俺は何もしてないぞ」

「ワインハルトは?」

「僕はそんな昔からキャロットを知ってるわけじゃない」

 言いながらワインハルトは考える。二、三ヶ月前というと、メメルにある西の監視の塔を出た頃だろう。彼女が逃げ出したことと何か関係があるのかもしれない。

「キャロット?」

「んー、あたし、赤ちゃん生まれるの?」

「お月のもの、ちゃんと来てる?」

 キャロットは首を傾げた。アリスはキャロットの耳元で囁くように聞いた。

「身に覚えはないの?」

「あるよ、たくさん。でも誰の子だろう」

「おいおい」

 ワインハルトは呟きながら監視の塔のことを考える。任務に危険を伴わないこともないが、一度キャロットに監視の塔で何があったか問い詰めなければならないようだ。だが、それは今ではない。

「なんかソラ、ショック受けてない?」

 アリスがソラを見あげた。

「いや……」

 確かにショックを受けている。でもそれは初めてキャロットを見た印象とまるで違うからだ。まるで絵画から抜け出してきたかのようなその姿。古風な黒のワンピースから覗く白い肌。人形のようなその姿。それからほぼソラはキャロットと行動をともにしている。

 確かププと旅をしていると言っていた。あてどもなく、メメルから。

 思考はルナへと飛ぶ。

 トクン、トクンという小さな胸の動き。

 急がないといけない……。

 ソラは首を振った。

「とにかく急いでガベドまで向かおう」

「うん、がんばる」

 キャロットはアリスに支えられるようにして立ち上がった。

「このまま道を進んでいいのか?」

 ワインハルトは腕を組みながら道の先を見た。遮蔽物も少ない、見晴らしのいい草原に踏みならされた道がまっすぐ伸びている。

「オレはなんか、別に大丈夫だと思う。メメルからかなり離れたから」

「あたしも。ププが周りの様子教えてくれるし」

 肩を竦めながらワインハルトはため息をつく。つくづくお気楽な連中だ。

「それにこの大草原で道を外れる方が危険だ。方向感覚が掴みにくいし」

「ん?」

「それにまだヴァンデルトがガベドまでを国土としていなかったころ、この付近で大合戦があったと読んだ」

「それがどうかしたか?」

「その時に作られた罠がまだ解除されることなく残っているかもしれない」

「お前、よくそんなこと知っているな」

「本で読んだ。今は亡きイルカという王国がヴァンデルトの西側にあった」

 アリスとキャロットの胸が大きく跳ねる。ソラはそれに気がつく様子もなく話を続ける。

「イルカ国はヴァンデルト国と並ぶほどの強国で、両国間の戦争は実に百年及んだという。だが、ある一夜……実のところは分からないが内乱が起きて、イルカ国はなくなってしまった」

「イルカ国、ね」

 ワインハルトは腕を組んだまま考える。

「それは何年くらい前のことなんだ?」

「実際の合戦は百年以上前のことだけど、イルカ国が滅んだのは三十年ほど前のことだ」

「三十年?」

「確か」

 ありえない……ワインハルトは心の中で呟く。では目の前にいるキャロットは何だというのだ? そのキャロットと一瞬目があう。彼女は気がつくとさっと目を伏せてアリスの影に隠れてしまった。

 道の先を見た。変わらない風景。今回の仕事はどうやら一筋縄ではいかないらしい。下手を打つと、ヴァンデルトを敵に回すことになるかもしれない。

 だがそれでもワインハルトは知りたいと思った。

 宰相カサや国王ウルの思惑と、ビアンカ姫の存在の秘密を。


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