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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
43/69

 Chapter X イルテ ラウール クル ミウメ

 アリス=リスタット=ハナユメはアナタスにいた。だが、ここにも長くいられない。早く出なければならない。そうしなければ、フォルンのように破壊されてしまうのだろう。多少なり剣に覚えはある。だが、あの黒騎士たちを相手とするのは上策ではない。相手が一人ならば、勝つ自信はある。だが、相手は3人、それにあいつもいるとなると、作戦を考えなければ危ない。だからこそ、ひとまず逃げ出した。フォルンの者たちには悪いことをしたと思う。だからといって、自分にどうすることができただろう。それにフォルンはヴァンデルトに属している。表立ってはいないが、敵の国でもある。

 アナタスはメメルほどではないが大きな都市だ。道もしっかりと石畳で覆われており、建物も最先端の技術が施されている。すべてが十階建てほどの連なりで、窓から窓にロープが渡されており、そこの無造作に干されている洗濯物が、空への視線を妨げている。

 人も多い。昼を越えて、子供たちがもっとも外で騒ぐ時間だ。アリスの周りも、先ほどから何度も子供たちに走り越されている。

 アナタスに来るのはこれが二度目だ。一ヶ月ほど前、行きに寄った場所だ。といっても、まだ帰りではない。メメルまで行きたかったのだが、突然フォルンで襲われることとなった。相手がメメル側から攻めてきたのだから、反対に戻るしかなかった。

「こんにちは」

 アリスはある家の前で、ドアをノックした。一ヶ月前にちょっと世話になった家だ。せっかく寄ったのだから挨拶をしておきたい。

「はいはい、どなたですか?」

 中から軽い声が聞こえる。懐かしい、おばさんの声だ。ドアについている小さな窓を開けると、アリスの顔を見とめる。

「あら、もしかしてアリスちゃん?」

 そう言って彼女はドアを開けた。

「あらあら、やっぱり。アリスちゃんだわ。元気だったのね」

 ハンカチを取り出して、目に当てているかのような口調だ。だが、今その声はアリスに届いていなかった。ノックをした瞬間から、アリスの精神は別のことに費やされている。

 誰かに見られている。

「ごめん、またすぐ寄るから」

 アリスはそう言うと、おばさんを無理やり家の中に押し込んだ。おばさんも理解したようで、顔が真剣になる。

「気をつけるんだよ」

 中からそう声がかすかに聞こえた。

 どこから見られている?

 アリスは歩き出すと、アナタスの町全体を思い浮かべる。ここではまずい。相手も襲ってこないだろう。多少人気がなく、それでいて広い場所がいい。だが公園には子供がたくさんいる。アリスは歩くスピードを速めると、町の外へと向かうことにした。外なら人は少ない。

 相手の気配も確かに感じる。確実にアリスをトレースしている。何者だろうか。気配から、黒騎士とは違う。それに残念ながら大した相手ではない。

 途中から、ほとんど駈けるようにしてアリスはアナタスから飛び出た。

 と、その瞬間、アリスの目の前を一羽の鳥が横切った。

「きゃっ」

 顔を覆い、アリスは屈みこんだ。それからゆっくりと顔をあげると、飛んでいるその鳥を見る。仏法僧だろうか、だが、それは太陽の光に紛れて姿を消した。

 首筋に冷たい感覚が走る。

「自分からこんな場所に来るなんてな、手間ぁ、省けたぜ」

 どうやら短剣のようだ。

「何よ」

「強がりはよせ。まずは金だ」

「五万でいいわ」

「は?」

「安いもんでしょ。それとも怖気づいた?」

 冷たい感覚が移動し、喉元に刃が当てられる。

「おいおい、なんかおめえ、勘違いしてんな」

「それはあなたよ」

 アリスは思いっきり顔をのけぞらせると、頭突きを相手に食らわせた。その瞬間に体の向きを変えて、相手を両手で突き放す。すでに抜刀されている。剣先はまっすぐ相手の額を指している。それが、相手にもっとも恐怖心を与えるからだ。心得ている。

「いいかもだと思ったんだが」

「わたしはまだ思ってるわ。お金を置いていきなさい。今ならまだ許してあげるわよ」

「……そうだな」

 相手は両手をあげる仕草をした。次の瞬間に間合いを詰めてくる。この手の追いはぎはいつもこうだ。くだらない。

「それじゃあ、遠慮なくお金は頂くわ」

 勝負はついていた。追いはぎは地面に倒れ、喉元から血が流れている。目は大きく見開かれ、もう何も見えない。

 剣をしまうと、アリスは相手の体をまさぐった。この手の追いはぎにきまったことだが、大してお金を持っていない。少なくなったから、襲うのだ。

 途中でアリスの手が止まる。

 足音だ。

 こちらに向かって走ってくる。

 辺りをうかがうと、町とは反対側から二人組みが走ってきた。二人の上には先ほど見た鳥が先導している。

 アリスは唇を噛むと、目に涙を溜めはじめた。


「大丈夫?」

 キャロットは少女に駆け寄った。すぐ後ろにソラも来ている。少女は手で目をこすり、鼻を鳴らして泣いている。その少女の隣りには、喉から血を流している男が倒れている。鋭い刃物で切られているようだが、その凶器は見つからない。

 キャロットはその少女の顔を胸に抱き寄せた。

「もう大丈夫だよ。泣かないで」

 少女はソラから見るとまだ子供だ。キャロットと比べてみても幼い。恐らく十代の前半だろう。

「誰が?」

 ソラの質問に少女は答えなかった。キャロットの胸にしがみつくようにして泣いている。キャロットは少女の頭を何度も撫でている。落ち着くまでそうしていてから、キャロットは優しく少女に話しかける。

「立てる?」

 キャロットは少女を抱きしめたまま立ち上がる。それから中腰になると、少女の背の高さに顔をあわせて、額をこつんとぶつけた。

「よし。いい子。町に入ろうか」

 まだ時々鼻を鳴らしていたが、もう少女は泣いていなかった。少女の手を握りながら、キャロットが歩き始める。その反対側にソラは寄り添った。少女を守るようにして。

「わたし、名前は?」

「アリス」

「アリスちゃんね。あたしはキャロット。それからこっちがソラ」

「お家は?」

 キャロットの問いかけにアリスは下を向いた。それから首を振る。

「もしかして家出?」

「違うよ」

「遠いの?」

 こくりとアリスは頷く。

「おばさんの家がある」

 アナタスの町に入ると幾分アリスは元気になったようだ。キャロットを引っ張るように歩いている。おばさんの家に案内してくれているようだ。

 細い路地を進む。左右から迫ってくる建物が都会らしさを物語っている。メメルにも劣らないほどの都市だ。確か歴史的に見てもメメルと同時期に作られた町だった。高さこそが力の象徴なのだ。

「ここ」

 アリスが一つの扉の前で立ち止まるとノックをした。しばらくすると扉が開き、恰幅のいいおばさんが出てきた。

「あらあら、お帰りなさい」

 おばさんがアリスに声をかける。それからキャロットとソラを見た。

「お友達かい? まあ、とりあえず上がっておくれよ」

「いえ、あたしたちは」

「遠慮することないよ。旅人だろ、ここの宿は高いからね。うん、今日は家に泊まるといい」

「いえ」

「さあさあ入った」

 おばさんの強引な進めにキャロットとソラは彼女の家に入った。入った先がダイニングのようになっており、中央にダイニングのテーブルが置かれている。奥には小さなキッチンと、二階へと続く階段がある。

「アリスちゃん、二階へ。隣りの部屋を使ってもらうから、ちょっと整えて来て」

 アリスははーいと返事をすると、奥の階段から二階へと駆け上がっていった。その様子を見てから、おばさんは椅子を二人に勧めてくれた。

「わたしはカリーシャ。アリスと仲良くしてやっておくれよ」

「あたしはキャロット」

「ソラです」

「彼女は?」

「アリスは遠くの子でね、ここじゃあ友達がいないんだよ。どういう経緯で出会ったのか知らないけど、アリスを寂しがらせないで欲しい。かわいそうな子だ」

 カリーシャの真剣なまなざしにキャロットは頷いた。


 その夜、キャロットはアリスと同じ部屋にいた。ソラは隣りの部屋だ。ベッドにもぐりこみ、顔だけ出したアリスは、大きな目をキャロットに向けていた。キャロットはベッドの隣りに座っている。

「キャロットていい名前だね」

「どうしたの、突然」

「何でもない」

 アリスの瞳が一瞬宙を泳ぐ。そらから少し考えるそぶりをしてキャロットに向き直った。

「キャロットて、国の言葉でお姫様ていう意味だったから」

 今度はキャロットが目を大きくする。

「シャロル。わたしの憧れ」

「オム サルファ、 イルテ、 ラエルクル ポイム……」

「それ!」

「意味分かる?」

「夢の中で、歌う、あなた様の幸せを……キャロットて?」

「シャロル=ド=イルカ=ビアンカ。あたしの本名よ」

「ああ、やっぱり」

「でも、もうほとんど覚えていないのだけどね」

「お迎えに参りました。ビアンカ姫」

「秘密よ」

「分かりました」

 キャロットはアリスの隣りにもぐりこんだ。

「ねえ、あなたは誰なの?」

「アリス=リスタット=ハナユメ。残された民の一人です」

「寂しかった?」

 キャロットはアリスを抱きしめた。

「寂しかったよ」

 そう呟いたのはキャロットだった。


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