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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
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 Chapter IX  旅立ちの朝、ソラの決意

 七年前、ソラが十三歳だったとき、彼の妹のルナ=ルトはまだ六歳だった。七歳離れた妹は可愛くて、ソラはルナのことをとても大事にしていた。どこへ遊びに行くときも、必ずソラはルナを連れていた。ソラの幼馴染であるリカ=トールは、ルナがソラの妹だと知りつつも、彼女に嫉妬していたほどだ。

 だが平穏な日々はある日突然終わりを告げた。

 城から派遣されてきた兵士によって、ルナが城に連れ去られたのである。

 理由は知らない。

 ソラはルナを連れて行こうとする兵士に殴りかかっていたが、無駄なことであった。十三歳のソラが城で訓練を受けた熟練の兵士にかなうはずもない。泣き喚くソラを母親でさえ慰めることができなかった。

 ルナが戻ってきたのは、計ったかのようにちょうど一年後のことだった。ルナを馬車に乗せて、学者風の男が中心となりルナを運んできた。

 ソラはルナを見て、ただ眠っているだけだと思った。両手を胸に組み、目を閉じて、頬が赤くて、胸が上下して。

 学者が母親と何か難しい話をして、彼は母親に一枚の紙切れを渡した。国王が発効した免罪符である。

 ソラは一晩中ルナについていた。いつ目を開けるのだろう。開けたら何を話そう。驚くだろうか。笑うだろうか。もしかしたら泣いてしまうかもしれない。

 だがルナは目覚めなかった。

 一晩経ち、二晩経ち、ついにソラが疲労で倒れてもなお、ルナは眠り続けた。

 ソラが疲労から回復し、再びルナの寝床へと来たとき、ルナは少しも動いていなかった。戻ってきたときの姿そのまま、胸の目に手を組んで、安らかな顔をしている。

 ソラは何度も叫んだ。叫んで、叫んで、血を吐いた。

 母親は何も教えてくれなかった。

 否、母親でさえどうしてルナが目覚めないのか分からなかった。

 ソラが国王への憎しみ、ヴァンデルト国への不信を言葉にしたとき、母親はソラに言った。

「ルナは、そんなこと望んでないわ」


 ソラは考えた。二年以上考えた末、自分も学者になれば、ルナがあの一年の間に何があったのか分かるだろう。城で研究者になれば、同じことを研究できるかもしれない。

 その決意は大きかった。文字さえ読めなかったソラがヴァンデルト国立図書館で勉強を始めたのはそのためだ。記号の羅列を目で追い、意味を求める。時々そこの職員のような人に文字を教わり、少しずつ内容を理解していく。

 従って、知らなければいいことも多かった。

 だが、ルナの症状に似た意識喪失は過去何度も見られたものだ、ということが分かった。原因も多数あり限定できない。残念ながら、そこから回復させる方法は多く載っていない。そのまま亡くなってしまう事例が多く、もしくは回復したとしても、偶然の作用が大きい。外的な力によってではなく、内的な力、意識の変化が必要なのだと言う。そのためには喪失者の直前の心理を理解し、内的に語りかける必要がある。

 が、その方法のためには学者になるまで、さらに何年もの月日が必要となるだろう。

 そして載っていた意識回復の別の方法がソラの目に付いた。

 アディーヌ。失われた西方世界。祝福に満たされた希望の世界。恵みの雨と温暖の気候とが作り出す、幻の楽園。

 二つの聖剣。

『エンゼル=ハーテッド』

『ロスト=ソウル』

 二つであり、一つの力を持つ、魂を操る剣。

 再生と喪失。

 失われたものを呼び戻す。

 奇跡は幾度となく繰り返されて、二対の剣は伝説となった。

 もしもその剣が手に入るなら、ルナの目は覚めるかもしれない。

 その文献には歌が収録されていた。失われた言葉で元は歌われたものであり、ソラ自身もよく知る子守唄だ。

 ソラは決意した。西へ行く。西へ行き、幻のアディーヌにたどり着き、幻の聖剣を手に入れる。たとえそれが、ヴァンデルト国の義務に違反しようとも。ソラの家には免罪符もある。心配することなどない。しばらくルナと離れるだけだ。

 二十歳になれば城に徴兵される。それまでの期間、とにかく国立図書館の本を読み漁った。とにかく、ぎりぎりまで勉強した。必要なことを吸収した。不必要なことも多く学んだ。ヴァンデルト国の成り立ちも歴史も。歴史の裏も、知りうる限り。国境も、その西世界も、そして広がる砂漠も。学問上の地理の果ても。

 そして、さらにその西にあるアディーヌのことも。


「強く生きなさい」

 朝早くに家を出ようとしたとき、母は起きていた。驚いたソラは振り向くと、母は手に何かを持っていた。

「これを持っていきなさい」

 それをソラへと手渡す。刀身の短い短剣だ。護身用のもので、母が昔から持っていたものだ。

「家のことは心配しなくていい。ソラもよく分かっているだろ。我が家には免罪符がある。ルナを守っていく」

 すでに母は後ろを向いていた。

「戻ってくるなら、あらかじめ連絡をし。勝手に戻ってくるんじゃない。捕らえられるだけだから。でも、行くんだったら行き着く所までお行きよ。そうじゃないと許さないから」

「戻ってくる」

「あんた、頭はいいけど、強くない」

「親に似たんだろうね」

「でも……」

 それ以上母は何も言わなかった。そのまま家の中へと姿を隠す。

 誕生日なのだ。

 今日はソラの二十歳の誕生日なのだ。

 ソラは今手渡された短剣を見た。柄の部分には装飾が細かく施されている。ヴァンデルト国が成立した初期のものに近い。大量に生産されたものだが、剣としての能力は低い。本当の護身用にしかならないものだ。

 ソラは歩き始めた。歩きながら、その短剣を鞘から取り出す。刀身は朝の陽光に反射し、鏡のように輝いている。

 使われた形跡が微かに残っている。

 きれいに汚れは落とされているが、刃がこぼれている。何か堅いものを切ろうとしたかのようだ。

 ソラは短剣を鞘にしまうと、懐に隠した。それからようやく前を見据える。メメルの街は城壁に覆われている。その入り口は町の中央から走る八本の道がそのまま続いており、城門がある。

 西の入り口近くには塔が一本立っている。

 ソラはその脇を通り過ぎるときに、塔の様子をうかがった。

 この塔には、かつての姫が幽閉されているという。もちろん、それを知るものは少ない。ソラでさえ、最近まで知らなかったことだ。

 もしソラに時間があったならば、この姫のことについてもう少し詳しく理解していただろう。だが、必要のない知識だと判断したのか、詳しいことまで読んでいない。ただ、どこかの滅びた王国の姫だということだけ知っている。どこかの、もうかなり昔に滅びた王国だ。

 様子を見ていると、いつもと違う。もちろん、いつもソラがここに来ているわけではないが、来るときは決まって塔の入り口には兵士が立っている。それなのに今日は兵士が見当たらない。朝早いからいないのだろうか?

 だがソラ自身人に見られたくないと思っていたので、それは好都合だった。

 塔を通り過ぎて、城門へと来る。

 城門は開かれている。門兵もここにはいない。それは調べて知っていたことだ。ソラはすばやく城門を駆け抜けると、振り返ることなく道を進んだ。メメルの西に広がる森だ。

 背中からさす光に、しばらくしてからソラは振り返った。

 メメルが逆光に黒く浮かび上がっている。いくつもの尖塔が天に伸び、その中心に一際大きな建物がある。城だ。

 次にこの光景を見るのはいつのことだろうか、ソラはその光景を目に焼き付けてから再び道を進み始めた。


 メメルから一時間ほど歩いてから、ソラは道を左に外れた。おそらく王城にソラが現れなかったことはもう報告されているだろう。この道を歩いていてはすぐに見つかってしまう。地図を頭に描くと、ちょうどこの辺りが道とほぼ平行に走っていた小川との接近点になるはずだ。必ずしも安全とはいえないが、道を歩いているよりもはるかに安全だろう。

 それからソラはフォルンを考えた。メメルから西に行くと一番近くにある村落だ。歩いて一週間ほどかかるだろう覚悟はできている。だが、食料はない。途中で手に入れなければならない。幸いこの森は食べられる食物が多い。苦いが主食になるカサの実や、フルーツのような甘味のあるキルイなどだ。小川に出れば魚もいる。よほど食料に困ることはあるまい。それに、食料はないといったが、全くないわけではない。少なくはあるがパンを持ってきている。時にはいいだろう。

 小川まで時間はかからなかった。川幅五メートルほどの川だ。名は知らない。水深もあまりなく、上半身を濡らすことなく対岸に辿りつける程だ。川は右、西に向かって流れている。フォルンもこの川沿いにある。

 おそらく村落の形成に水というのは非常に重要なことなのだろう。文献を読みながら、初期の文明がすべて川沿いに形成されていたことを思い出す。川は肥沃な土壌をもたらす。つまり、文明とはそこで作られる食物のことなのだ。肥沃であればそれだけ余剰な生産が可能になる。そうなれば、農耕に携わらなくてもいい人が出てくる。商業の担い手であり、あるいは貴族の誕生だ。統括的な支配者が現れる。自然な成り行きだ。

 だがソラはすぐに自分の考えを改める。

 川は肥沃な土壌をもたらす前に、氾濫する。

 恐怖の対象であり、恵みの対象でもある。では、いつ氾濫するのか、いつ恵みをもたらすのか。そこに暮らすものにとってそれは非常に大きな命題になるだろう。ソラはその時の様子を思い浮かべる。年に一度なのか。年という概念が存在したのか。あるいは、それによって発展したのか。氾濫を周期として年の概念が生まれ、年のいつごろに氾濫が起きるのかと逆説的に考える。そしてその時期を予期するものが現れ、そのものこそが支配者となる。

 自分の考えを確かめる文献が近くにないとはつらいことだ。

 新しい事象なら実験で求められるかもしれない。だが、過去の事実は実験では求められない。思考と文献と、あるいは発掘にしか求める解は得られない。

 新しい事象は実験で求められる。

 ソラは求めている。

 たとえそれがどれだけ得難い事象だとしても。


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