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三聖剣物語  作者: なつ
&c...   --そして彼女は--
35/69

 Chapter II  ワインハルト=ジャネ兵士長解任

 それはまだ朝の早い時間だった。メメルがようやく目覚めようとしていた薄闇のとき、ソラの家では三名の兵士の声が響いていた。

「昨日がソラの誕生日であった、間違いないな」

「はい、そうです」

 何度も同じ質問をされ、同じ答えを返しているのはソラの母だ。彼女は椅子に腰掛けていた。丸いテーブルを挟んで同様に椅子に座っているのは、他の二人に比べて年配に見える兵士だった。他の二人は、彼の脇に立っている。

「どこにいるのだ?」

「存じません」

 これも何度も繰り返した答えだった。

 兵士が強気に出られないのは、テーブルの上に置かれた一枚の紙のせいだった。紙は新しいもののようで、しわやよれはない。まず大きく書かれている文字は、自由、であった。そして続く説明文には、国からの義務、その他圧力に対して一切の自由を保障するといった内容だ。最後にはウル=V=ディバルの署名があった。

 つまり、国王が発行した免罪符のようなものなのだ。

「なぜこのようなものを持っている?」

「存じません」

 結局兵士は引き下がらずを得なかった。上官に言われ、誕生日に城へ来なかったソラを連れてくるのが彼らの仕事であったが、どうやら失敗に終わったらしい。本物かどうか分からないが、国王の署名がもし本物であったら自分たちの首が飛ぶだろうと判断し、彼らはソラの家を後にした。彼らは、それが本物である可能性があるということを知っていた。


 兵士の報告を受けたワインハルト=ジャネは、机に足をかけながら思いを巡らせていた。こんなことは久しくなかった、なんとも面白そうな話ではないか。ソラといえば、城内でも前から話が昇っていた。三年ほど前から、国立の図書館に現れるようになった少年だ。ある貴族が文字を教えてみると、その理解力はすばらしいものがあった。一年の徴兵期間が終われば、そのまま城に残り文献の解釈など学者として将来を約束された面があった。もちろんそれをソラが知る由もないのだが。そのソラが突然姿をくらましたのだ。

 何かあるな、とワインハルトが考えるのは当然のことだ。徴兵の義務を怠ったために、国立の図書館にもう足を運ぶことができないのは明らかなことだ。もしソラがそこに現れれば、すぐに捕まってしまうだろう。

 ワインハルトは足を机から下ろすと立ち上がった。彼の髪は特徴的に紫色をしている。自ら好んでその色に染めている。女性のようにさらさらな髪は肩のあたりまで伸びていた。だが、体格は女性向きではない。180を越える長身から、胸板や腕は筋肉に強調されていた。ワインハルトは自分の部屋から出ると、カサ=イグノールの部屋へと向かった。ウル国王を支える宰相の部屋だ。

 ワインハルトが扉をノックすると、中からどうぞと声が聞こえた。

「失礼します」

「ワインハルト兵士長、珍しいな」

 カサは椅子に座り書類に目を通していた。

「自分の管轄内でミスがありましたので、報告に参りました」

「ああ聞いている」

「本日の未明に自分の信頼の置ける部下三名をソラの家に派遣したところ、ソラはいなかったと報告がありました」

「それで?」

「誘拐、でしょうか?」

「親は何と言っていた?」

「知らぬ、存ぜぬ、と突き通したそうです」

「貴公はどう考えている?」

「誘拐だとは思っていません」

「遠まわしだな。はっきりと申せ」

「はい。兵士三人の報告によりますと、国王が発効したと思われる、免罪符のようなものがあったというのです。真偽は分かりませんが、どうも事件の香がする」

「ソラ=ルト、図書館に何度も足を運んでいた少年だったな」

「以前から有名でした」

「事件の香か。何故そう思う?」

「勘です」

 カサは立ち上がると、ワインハルトの側まで来た。カサはワインハルトよりさらに一回り大きい。

「なかなかいい勘をしておる。恐らく事件だろう」

「教えてください」

「貴公が手を出すほどの事件ではなかろう」

「久しぶりに血が騒いでいるのです。自分の管轄内ですし、面白そうです」

「貴公らしいな。だが一つ忠告しておく。もしこの事件に手を出せば、貴公であれ管轄を失うことになる」

 ワインハルトは体が震えるのを感じた。自分の勘が、もしかしたら非常にまずい状態を生み出しているかもしれない。

「三秒以内に退室すれば、なかったことにしよう」

 三秒で部屋から出るのは不可能だ。その上、ワインハルトの体は動かなかった。それを見て取るとカサはワインハルトの肩を揉む動作をし、ゆっくりと話し出した。その話は、今回ソラがいなくなった動機かもしれないものだったが、ワインハルトの血は逆流しそうだった。カサの話はオブラートに包まれていたが、それでも充分にワインハルトには伝わっていた。ワインハルトの黒い瞳がわずかに揺れている。

「できれば、生きたままこの城に連れてきて欲しいが、まあ生死は問うまい。有望なる学者が失われるのは辛いものがある。ソラならば、もしかしたら我らがなしえなかった偉業を成功させられるかもしれないのだからな」

「ふふふ」

 ワインハルトは不気味に笑った。

「僕を誰だと思ってるんですか。何の訓練もしていないような奴、すぐに連れて来ますよ」

「期待している」

「お任せください」

「だが、先ほども言ったが貴公ほどのものが絡む事件ではない」

「そうでしょうか?」

「表向きにな。表向きには別の理由がなければ、兵士長の任を解くわけにもいくまい」

「なるほど。では、僕は今の任務が嫌で逃げたことにでもしてください」

「そう焦るな。もう一つ、貴公には仕事を与える。それは存分に貴公の身分にあう仕事だろう」

 ワインハルトはカサを見据えた。何でしょうとその瞳は訴えている。

「西の監視の塔は知っているな」

「はい」

「そこからビアンカ姫がいなくなった」

「は?」

「こちらは一週間ほど前のことだ。その実情を知るものはほとんどいない。だが、さすがにそろそろ公表せざるを得まい」

「本当のことですか?」

「全くもって不可解だ。いなくなるにも、あの牢獄から一体どうやっていなくなると言うのか」

「監視兵は?」

「要領を得ない。貴公も一度そこへ足を運んでみてくれ」

「では、ビアンカ姫を探すことが任務ですか?」

「大事な人質だ。こちらは必ず生きてここまで連れてくるのだ」

「分かりました。お任せください」

 ワインハルトは深く敬礼すると、カサ宰相の部屋を後にした。




「知らないわよ」

 そう叫んだのはリカ=トールだ。同じ日の午後、ワインハルトは騎士の像がある噴水の前で彼女を見つけた。

「私だって、知りたいんだから」

「もしかしたら何か事件に巻き込まれたのかもしれない。何でもいい、君が最後にソラと会話をしたんだ。その時、何か違和感がなかったか?」

 ワインハルトは噴水の縁に腰掛け、足を組んで座っていた。

「ソラは、何だか真面目で、ここの所よく図書館に出かけていたし。すごい楽しそうだった。二十歳になるのがもうすぐだって分かってたから、しばらく図書館にいけなくなるのが嫌そうだった。ねえ、絶対ソラを見つけてよ」

「それが僕の仕事だからね。ソラは図書館でどんな本を読んでいた?」

「分かんない。私、字読めないし」

「そうか」

「そうだ、一つだけソラが読んでくれた詩があった」

「ほう?」

「西へ

 太陽が沈む地へ


 春に夏の息吹を感じるように

 夏に秋の涼しさを感じるように

 秋に冬の心地よさを感じるように

 冬に春の暖かさを感じるように


 夜に

 太陽が沈むときに

 希望が溢れる


 西へ

 希望が眠る地へ」

 リカはリズムをつけてその子守唄を歌った。どこか哀しげに聞こえるのは、リカの心が表れているからだろう。

「懐かしいな。僕も子供の頃によく聞かせてもらった。ありがとう、参考になったよ」

 ワインハルトは立ち上がると、リカにお辞儀をした。それから腕を組むと八つに伸びた道の一つを睨んだ。

 西だ。そちらには監視の塔もある。

「それでは、失礼」

 それだけ言うと、ワインハルトは一気に西へと走りだした。


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