第二十九章 そしてここで
ショコラ=ロリータは振り返った。パンプキン=エリコもダニアン=ターシャもほぼ同時に後ろを向いた。
「思ったとおりだった」
ゆっくりと声の主が近づいてくる。赤い髪は燃えるように長い。瞳も燃えるような赤い色をしている。レディー=ファングだ。
「もうターシャを出たんじゃなかったっけ?」
ショコラはおどけていってみた。だが、その手にはすでにラブ=オールが握られている。
「そう。その通りさ。ここはターシャじゃない。違うか?」
確かにその通りだ。ダニアンは一歩下がり、腰につけた剣の柄を握った。汗で手が滑る。ダニアンの動きにあわせるように、ショコラが前に出て、パンプキンの横に並んだ。
「僕は初めからここに来ることが運命だった。決まってたことなんだよ」
両手を開くようなジェスチャーは、かつてのレディーと同様大げさだ。そう、かつてと表現せざるを得ない理由があった。それは確たるものではなかったが、ショコラとパンプキンは感じていた。あの時、白い天使と対峙したときと同じ感覚なのだ。2人のその様子が伝わったのだろう、ダニアンもひどく緊張している。
「何をそんなに怖がっているんだい?」
ゆっくりとレディーが合間を縮めるように歩いた。
「何で、あなたがここにいるの?」
「ははは、変な質問だな。ここが僕の目的地だったんだ。ずっと探していた。旅をしてきたんだ」
「あなたはレディーじゃない」
「僕はレディーだ。僕にはあの時から分かっていたんだ。こうなる予感もしていた。僕がここにきてもう1年になる、待ちくたびれたよ」
パンプキンはエンゼル=ハーテッドを下段に構え、それ以上レディーが間合いを狭めないよう睨みつけた。
「といっても、最悪あと3年待つ気でいたんだけどね。2年でここにたどり着くとは、正直驚いたよ」
「道自体はたいしたことなかったわ。馬を使えば2日もあればここまで来られる」
「普通は無理なんだよな。1日で闇に喰われてしまう。でもそんなことを話題にしているんじゃない」
「嫌でも気がつくわ」
「褒めてるんじゃないか、そんな顔しないでくれよ」
レディーは髪をかき上げると、どこからともなく剣を出した。彼がグーを握った瞬間にそこに剣が握られていた。3人は目を疑った。
「上手なもんだろう。これは僕のオリジナルじゃないけど、幼心に見たことをこうして真似することができる。素晴らしいだろ?」
笑いながらレディーは続ける。
「それに、今回はこちらも準備が整ってるんだ。前回わざわざ早く引き上げたのも理由の一つだ」
「助かったわ。ここに来ても何もなかったらどうしようかと思ってたもの」
ショコラもラブ=オールを中段に構え、足はいつでも飛び出せるよう準備を整えた。
「もう僕の復活は完成してるんだ。君たちは僕に勝てない」
「僕? 私?」
パンプキンがレディーをさらに厳しく睨んだ。
「本質的には同じことだろ。君の言いたいことは分かる。後ろの少女と僕は同じなんだよ、本質的にわずかしか差異がない。君と少女よりも近い存在だと言えるね。そうそう、少女なんて言ってるけど、僕の姉さんにあたるんだ。同じ日に生まれた僕の姉」
レディーは剣を構えた。
「この一族とは昔から相性がいい。そう作られてるんだからな」
「お前は誰なんだ?」
「僕は僕さ。それ以外の誰でもない。さて、僕を殺すかい?」
「愚問ね。興味ないわ」
戦いが始まった。
まず動いたのはパンプキンだ。下段からエンゼル=ハーテッドを一気に上まで振り上げる。レディーはその剣を後方に避けた。そのままパンプキンは慣性に任せ体を一回転させると、今度は斜め上からエンゼル=ハーテッドを振り下ろす。今度は、レディーはそれを受け止めた。右手でだ。手の平を使って、エンゼル=ハーテッドを何事もなく受け止めた。多少勢いはあったが、肘を曲げる運動だけで、完全にエンゼル=ハーテッドはその勢いを失った。
パンプキンはその位置でレディーを見た。燃える瞳からは感情が感じられない。
「こんな剣が僕に役に立つと思ったのか?」
レディーがパンプキンにそう囁いたとき、ショコラはレディーを横から切りつけようとしていた。だが、ショコラのラブ=オールはレディーの剣に阻まれた。
ガキンという金属音が響き、再び3人は間合いを広げる。
「ラブ=オールだったな。その剣は危険だ。この『ロスト=ソウル』と恐らく出は同じなのだろう、呪われた聖剣だ」
レディーは自らの剣を上に掲げた。ロスト=ソウルと名がつけられた剣は、不思議な光を放っていた。
「ちゃんとサポートしてね」
ショコラは小さな声で呟いた。と、同時にレディーへと突進する。レディーは格好を変えずにショコラを見据えていた。
ショコラが一瞬ラブ=オールを動かしたとき、ロスト=ソウルがまっすぐショコラへと向けられた。
刹那、ショコラが横に跳ねた。すぐ後ろにはパンプキンが詰めていた。エンゼル=ハーテッドを振り上げるようにして、ロスト=ソウルを持ったレディーの左手ごと跳ね上げた。だがレディーの顔色は変わらない。もう一歩パンプキンは踏み込むと、その瞬間にショコラとは反対に跳ねた。
左右の気を追っていたレディーだが、目の前にダニアンがいた。
ダニアンが剣を突き刺そうとした。
だが、その剣はレディーの体に触れる直前、音を立てて割れた。
「愚かだな。普通の剣では僕を傷つけることは出来ない」
ダニアンの顔が歪む。パンプキンがレディーの左からエンゼル=ハーテッドを振り下ろした。だが、それはロスト=ソウルによってはじかれた。
ショコラはそのタイミングまで踏みとどまってからラブ=オールをレディーに切りつけた。
「ぐっ」
レディーの顔に苦痛の表情が見えた。完全に右手を犠牲にし致命傷を避けたのだ。ロスト=ソウルが一気になぎ払われた。
パンプキンは吹っ飛び、ダニアンは胸を切られ、ショコラは腹を切られた。3人とも受身を取っていたため、傷口は浅い
「そういえばダニアンもいたんだったな。忘れていたよ」
何事もなかったようにレディーは笑って見せた。
「強いわね。レディーがこんなにやるなんて思っても見なかったわ」
「さあな。こいつはそれほどじゃない。だが、もし僕がショコラの体を手にいれることができるなら、それこそ最強だろうがね」
「私は譲らないわ」
「その通りだ。だが、こいつは譲ってくれた。少女の体から僕を引き出す代わりに、だけどね」
ショコラは呼吸を整えると、再びラブ=オールを構えた。お腹についた横一列の切り傷は痛かったが、考えるのは後回しだ。正直を言うと、今の攻撃が切り札だった。ダニアンをおとりにして、ロスト=ソウル側からパンプキンが切りつける。そうすればショコラの側は防備が薄い。瞬間に立てた作戦をパンプキンもダニアンも理解してくれていた。だが、それ以上の策を練る暇はない。もう勝負は始まっているのだ。
今度はパンプキンが間合いを詰めた。パンプキンに何か考えがあるのかもしれない、ショコラはパンプキンの動きに合わせた。
パンプキンが振り上げた剣は、再びレディーの右手によって阻まれた。ショコラが切りつけた傷からは確かに血が流れている。ダメージを与えることができるのはどうやらラブ=オールだけのようだ。
パンプキンの体がはじかれ体勢を崩したとき、それをフォローするようにショコラはレディーに切りかかった。
レディーは読んでいたかのように、ロスト=ソウルをラブ=オールにぶつけた。
初めて、ショコラの手がしびれた。そして、ラブ=オールを持っていられないほどに強い衝撃を受けた。ラブ=オールがショコラの手を離れ、回転しながら宙を舞った。しまったとショコラが視線をラブ=オールに送ったとき、腹に衝撃が走った。まともにレディーのパンチを食らったようだ。体が空を飛んでいるのを感じる。
背中から地面に落ち、さらに勢いで体が半回転する。全身に痛みが走りとても起き上がれそうもない。何とか顔だけ動かしてレディーを見ると、ロスト=ソウルがパンプキンを切りつけたところだった。そしてさらに足蹴りがパンプキンを襲う。パンプキンもショコラ同様に地面に倒れた。
どっと鈍い音がし、ショコラがそこを見ると、ラブ=オールが地面に刺さった音だった。それはダニアンのすぐ目の前だった。
「偶然にしては出来すぎてるかな」
レディーが悪態をつきロスト=ソウルを身構えた。ダニアンは一瞬ためらってからラブ=オールの柄を握った。それから引き抜くと、両手でラブ=オールを持った。幾分重そうだ。
「お前が最後の相手か。それも面白いな」
「ひとつ教えておく」
ダニアンは剣をやや地面につけながら言った。やはりラブ=オールは重かった。
「王族とは、その地域で最も強かった賊の末路だ」
「ほう?」
「王族に刃を向けるとは、騎士団を相手にする以上に愚かなことだとな」
ダニアンの動きは速かった。小ばかにしていたレディーが再び構える前に、ダニアンはレディーの懐にいた。
「地獄で後悔するがいい」
ラブ=オールがレディーの左手を切り捨てた。ショコラが切ったときとは威力が違う。肉も骨も一気にだ。
レディーの顔が歪んだ。
ダニアンはラブ=オールを手から離すと、その場で体を回転させてレディーに回し蹴りを食らわした。避けることも出来ず、レディーの体が宙に浮く。
再びダニアンはラブ=オールを手にした。手を離した位置とほとんど場所は変わっていない、一瞬のことだった。
ダニアンはレディーの顔を柄の部分で殴ると、その場で高く飛び覆い被さるようにしてレディーに乗った。
地面に背中から落ちる。
ダニアンの持ったラブ=オールがレディーの首に突き刺さった。
ショコラの意識はそこで途絶えた。




