第二十三章 イド入場
ラド国の首都イドはルドから南西の内陸部に位置する。距離にすると歩いて5日ほどかかる。ルドからの道は整備されており、交通には馬車を利用する手段もある。馬車を使えば1日もかからずにイドへと到着できるだろう。だがショコラ=ロリータとパンプキン=エリコはあえて馬車に乗ろうとはしなかった。それはもちろん、2人がターシャ国の人間でありあまりこちらで目立った行動をしたくないのも理由だったし、それほどお金に余裕もなかった。
「後どれくらい掛かる?」
ショコラがパンプキンに聞いた。パンプキンはそれに答えずにきょろきょろとあたりを見渡していた。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ。でも僕だって知らないし。イドがこっちってことぐらいしか」
それはそうだ。おそらくパンプキンのほうがショコラに比べて地理に疎い。ショコラはもともとターシャ国の出身であるのに対し、パンプキンは子供の頃にこちらに渡ってきたいわば旅人なのだ。それもほとんど自分の意思でなく、導かれるように西の森までやってきたのだ。その過程の地理などあまり意識していなかった。
「そうよね。にしたって暑いわ。これ、どうにかなんないの?」
ショコラはこのとき軽い胸当ての上から薄いシャツを着ていたのだが、そのシャツの胸元を大きく開けるような仕草をした。
一方パンプキンはそんなショコラに興味を抱かずに、まだあたりを見渡していた。ちょっとだけむっとしたショコラだったが、パンプキンが何を見ているのか同じようにあたりを見渡してみた。
整備された道から外れると土があらわな荒地が続いている。もともとは短い草地が続くステップ地帯だったが、近年の水不足によって草が枯れてしまったのだ。ところどころに見えている巨大な岩がさらに自然が荒れているように見せていた。
「何か見える?」
「何にも。空の青さが痛いくらい」
「雲がないわけじゃないのにね」
真っ青な空に、ところどころ真っ白な縮れ雲がある。
「んー、でもなんだろ」
相変わらずパンプキンは周りを見渡していた。ショコラはパンプキンの様子が気になり、今度はパンプキンの顔を覗き込んだ。始めてあったときに比べて多少は成長している。背も幾分高くなり、今はショコラより一回り高い。顔だけ見ればまあ、男らしくなったといえる。それでいて真っ黒な瞳はまだ子供だ。
「なんか懐かしいような、この風景」
野宿を繰り返してイドについた頃はそろそろ日が沈み始めようとしていた時刻だった。イドは城塞都市であり、城壁の中に街が広がっている。それは哀しくも戦争が生み出した都市だった。道はその城壁の門へと続いており、その門は閉じられていた。
門の間近に来るとそこには赤いストライプの服をまとったラド国の衛兵が2人立っていた。手には2人とも長い柄の槍をもっていた。
「止まれ」
兵士の言葉に2人は足を止めた。
「どこから何の用で来た」
「ルドから、観光よ」
ショコラは臆することなく言った。
「このような地に観光するところなどないぞ」
「嘘。せっかくはるばるやってきたのにそれはないでしょ」
「それにルドからなら馬車が出ている。なぜそれに乗ってこない」
「そんなお金ないし。それに歩いて旅するのが好きなのよ、昔から」
「申し訳ないが、この時間はもう閉門されているのだ。イドに入るなら明日にしてくれ」
「えー!」
ショコラは不平の叫び声を上げた。
「また野宿しろって言うの。はぁ、折角今日は温かいお風呂に入れると思ったのに」
「ねえねえ」
それまで黙っていたパンプキンが衛兵の1人に話し掛けた。
「インザ=ヘスキンズって知ってる?」
その言葉に衛兵2人ともが言葉を失ってパンプキンを見た。
「僕おじさんに会いにきたんだ。確かあの人ここにいると思うんだけど」
「お、お前何者だ」
一瞬間を開けてから衛兵がパンプキンに槍を突きつけた。
「何者ってそんな大それたつもりはないんだけど。ほら、あの人しょっちゅう外出歩いてるでしょ。それで2年位前にルドで会ったんだ。それでもしかしたら今いないかなと思って」
「インス国防長官殿は確かに城におられる」
「だが、一度手合わせを願いたい。もし本当にインス国防長官殿と知り合いだとしたらそれなりの使い手なのだろう」
「いいよ。そのかわり2対2ね」
そう言うとパンプキンは背中に負っていた剣を取り出した。エンゼル=ハーテッドだ。ショコラも同様に腰につけた鞘からラブ=オールを抜刀した。
それから一定の間合いを取る。
衛兵は槍を前に構えると、切っ先の位置は動かさずに両手を動かす。それが不気味に間合いを支配している。
槍を相手に剣で戦う場合、普通一歩で相手の懐まで飛び込むことは出来ない。槍が長いため、一度攻撃をかいくぐらなければならないからだ。
だがパンプキンもショコラも普通に使い手を逸脱していた。
パンプキンが剣を振り上げると、衛兵の持っていた槍は大きく上へとはじかれた。その瞬間にショコラがその衛兵の懐へと飛び込む。そこでその衛兵のみぞおちを思い切り手ではじくと、ショコラは剣を横に払った。
次の瞬間、もう1人の衛兵が槍を前へと突き出した。ショコラはそれを予期していたかのように、体をひねってその槍を避けた。自然と衛兵との間合いが縮まる。
ショコラと衛兵の目が合い緊張が走ったとき、パンプキンの剣がその衛兵の首筋に当てられた。ショコラの動きの影で、パンプキンは衛兵の背後に回っていたのだ。
「参った」
衛兵は素直に言うと、倒れていたもう1人の衛兵を立ち上がらせた。
「真剣だったら完全に切られていたな」
ショコラとパンプキンは2人とも剣をしまった。もちろんそれは本物の剣ではあったが、相手を切らないようにするすべは心得ている。
「2人とも並じゃないな」
「ありがとう。ご時世だからね、嫌でも剣の腕なんて身につくわよ、旅してれば」
「いやいや、流れが違う。動きが滑らかだし、無駄がない。どこかで習ったのか?」
「子供の頃に少しね」
「それに女性がそのようなブロードソードを軽く扱うなんて信じられない」
ショコラは軽く笑って見せた。
「とにかく、一度インス国防長官に取り次いでみよう。なんと伝えればいい?」
「パンプキンが遊びに来たって伝えてよ」
「分かった」
言うと、衛兵の1人が城門の隣りにつけられた小さな扉から中へと入っていった。
「まったく、驚いたぞ。突然やってくるなんて」
インザは赤と白のストライプの服の上からマントを羽織った格好をしていた。ここは城内の彼の部屋だ。非常に広く、また綺麗に整っていた。
「久しぶり」
パンプキンの様子とは裏腹にインザの顔はこわばっているように見えた。それはショコラも同じようだ。
「で、どういうつもりなの、パンプキン君」
ショコラは、まだ立ったままだったが、すっかりくつろいでいるかのようにベッドに座っているパンプキンを睨んだ。
「そりゃまあ、中に入れたからいいようなものの、下手したら捕まってたわよ」
「本当だ」
相槌を打ったのはインザだ。
「いいじゃん、無事だったんだから。それに初めからおじさんに会うのが目的だったんじゃないの?」
パンプキンは言いながらインザの体を見ていた。
「あの時のけがはもう治ったみたいだね」
「俺を誰だと思ってるんだ。あんなけがすぐに治るさ。たださすがに血が足りなくなっただけだ」
あの時、戦いから一人外れていたレディー=ファングが叫んだ瞬間、誰よりも先に戦いを止めたのはインザだった。だが、まだターキーの動きは止まらずにインザを切りつけていた。そのターキーを抱きかかえるようにして地面に伏せたのは、光が爆発するほんの手前だった。
パンプキンもショコラもその話をターキー本人から聞いた。思えば不思議なことだ。
「とにかく、お前も座れよ」
インザはショコラに椅子を勧めると自分は床に腰を下ろした。ショコラもとりあえずその椅子に腰を掛ける。
「見たところ大それたことをやってやろうって顔には見えねえ。それにまるで考えなしだ、違うか?」
「そうね、確かに考えてここまで来たわけじゃない。ちょっと話がしたかったのよ」
「それでここまで来る奴なんざ、滅多にいないんだがな。だから面白いんだ」
「私はあなたが思っている以上にターシャのこと考えていないから」
「だろうな」
「僕もそうだけどね、でも国だけの問題じゃないから」
「その通りだ。俺たちは知っている。今争うべき相手は人間じゃない、そうだろう」
「分かっているわ」
ショコラは俯くと唇を噛みしめた。
「分かっていても、止められなかった。俺も同じだ、そんな顔はすんな」
インザは腕を組み、一度ため息をついた。
「よし。今日はとことん話し合おう。行動を起こすのはそれからだ」
そういうとインザはショコラの背中を叩いた。それが強すぎたのは、ショコラは咳き込んだ。
「痛いわね、何するのよ」
ショコラのその言葉に、インザは思いっきり笑って見せた。




