第十九章 ザ・ホワイトナイト・フッド
西の森は広いことで有名だ。ターシャに住むものであれば誰もがそれを認める。とくに貴族どもはその森の一部を彼らの資産の一部とし、自らの贅沢を尽くす場としている。ことさら森の東に位置する湖は彼らの最も好む場所のひとつであり、休日をその湖で過ごしたり、あるいは湯治の場として利用していたりする。
同森はラドから見れば東の森である。こちらでも同様に東の森は広いことで有名だ。誰がそう言い始めたのではない。ただ事実として広く深いのだ。だが、その森が現在敵国であるターシャとの緩衝を果たし、互いの国力が直接ぶつかることを防いでいたのもまた事実だ。
だがその日、その森は忽然と姿を消した。
その瞬間を目撃したものは少なくない。
ターシャ国では、王子であるダニアン=ターシャ。宰相の息子であるターキー=ゲムニス。近衛を務める赤の騎士団官長ハンツェル=ロッドファーとその部下ボニセット=キャメル。国防を勤める黄の騎士団副官であるショコラ=ロリータ。
同じくラド国ではインス国防長官とその配下にあたるアルマ=アルバート=スタインとオルマ=アルバート=スタイン。
両国の要人を挙げるだけでもこれだけの人数がいる。もちろん他にもレディー=ファングやパンプキン=エリコといった、間近でその消失の瞬間を味わった者たちも多い。それ以外にも偶然森を見ていた人たちも大勢いる。
だが、要人が宰相、国王にその状況を報告したとしてもそれで終わることはなかった。
ターシャ国王であるアルベルト=ターシャ=ニコラウス3世は、砂漠へと変わってしまった西の森を深く詮索することを決めた。しかもそれは非常に速やかにしてだ。それはもちろん宰相であるダウモ=ゲムニスの言が大きいのだが、ダウモの考えは明らかだった。ラド国よりも先に西の森について把握しなければならない。今まで曖昧にされてきた国境線を明確にするのが目的であった。
詮索隊はことの2日後にはすでに組まれていた。湖までは馬で進み、そこから先は徒歩で砂漠を歩き回る。一つの隊を5名ほどの少数で組み、それを10隊互いに見える範囲で移動する。簡単な捜索だ。その命にあたったのは、赤や黄の騎士団の若者が中心であった。獣の姿もなく剣を扱う機会はなかったが、敵は自然であった。いや、彼らにしてみればそれは自然でもなんでもなかったのだが。狂ったような日差しが若者の体力を奪い、成果は思ったよりはかどらなかった。
ことから2、3ヶ月たったそんな折にショコラはターキーとダニアンに呼び出された。王城に、である。ダニアンは結局キミト=エルミと結婚することになったのだが、無事に王城に帰還したことで王城に戻ることが許されていた。
「まあ座ってくれ」
部屋に案内されたショコラは、ターキーの勧めに従いテーブルについた。といってもそこにはショコラとターキーとダニアンの3人しかいない。
「一体何の御用でしょうか?」
ショコラの名誉は回復されたが、それは表面上に過ぎない。ターシャの町を歩けば未だに時々後ろ指を指されることがある。だが彼女自身あまりそのことは気にしていなかった。
「実は父上方と相談して決めたことなのだが」
腕を組みながらターキーが話しはじめた。
「今組んでいる詮索隊についてだ。実際思うようにことが運んでいないのが現状だが、このまま行くとどうなると思う?」
「時間がかかっても砂漠の解明にはなるんじゃない?」
「それはそうだ、時間があればそれも可能だ」
「時間がないの?」
「いや、ある。あるからこそ別の問題が上がってくる」
ターキーがそこでひと呼吸間を空けると、ダニアンが代わりにその問題を答えた。
「ラド国も同様のことをしてくるだろう」
「そうね」
「そうなれば、いずれラド国の詮索隊と衝突することになる」
「そんなことは分かっていたことじゃない。西の森の探索だって同じような理由だったんでしょ?」
「確かにそうだ。だが、今それが現実の問題となっているんだ」
「で、私にどうしろと?」
ショコラはテーブルに両肘をつくと、ターキーとダニアンの話の本筋を求めた。
「つまりだ。いずれこのまま行くと両国の詮索隊は衝突することになる。そうなればそこで戦いが始まるだろう」
「そうなれば、そこでの戦いを重要視することは間違いない。負けるわけにはいかない、引くわけにはいかない」
「砂漠の真ん中での戦いに必要なのは、絶えず物資を供給することだ」
「もちろん人員も、だけどね」
ダニアンとターキーが順に起こりうるだろう未来を説明立てた。
「それで?」
「ラド国であってもそれは同じ。ならば、物資の供給を絶ってしまえば戦況はターシャに傾く」
「そこで、ここに第四の騎士団を創設したい」
「白の騎士団。隠密にことを運ぶ特殊部隊だ」
「ショコラ、君に官長についてもらいたい」
「黄の騎士団をやめろと?」
「実質。ただ表面上は黄の騎士団の副官のままだ」
「騎士団なら、私1人じゃないんでしょ?」
「もちろんだ。副官にはハンツェルについてもらう。それからパンプキン君も騎士団に加えるつもりだ」
「パンプキン君。でも彼幼すぎるんじゃない? 騎士団に入隊するには16になってないといけないのでしょ」
「パンプキンの腕は確かなものだ。腕だけで言えば副官や官長にもふさわしいだろう」
「ボニセットは?」
「彼女も加えたいが、まだ先日の傷がいえていない」
「ハンツェルより強いのよ、彼女。ボニセットも一員ね」
「いいだろう。ついでに行動する際には俺とダニアンも一緒だ」
「足手まといじゃない?」
ショコラははっきりとそう切り捨てようとした。
「厳しいな。だからこそカモフラージュになるんだ」
「これで6人ね。じゃあ、あのレディーは?」
「残念ながら彼はもうこのターシャにはいない。すぐに旅立ってしまったよ」
「白の騎士団は、ターシャにおける最強の部隊だ。任務は必ず成功させなければならない」
「うれしい褒め言葉だけど、その分近衛、国防が弱くなるって認識してる?」
「もちろんだ。だが、それでも先のことを考えるなら白の騎士団創設には意味がある」
「ラド国が、もし同じことを考えていたとしても防ぐことが出来るかしら?」
ターキーとダニアンは一瞬黙った。
「ラド国の場合ルドから物資の補給を行うでしょうね。でもターシャ国だとまさにここが物資の補給を行う場所となるわ。だったら、相手がその補給基地を叩こうとした場合にちゃんと防げるかしら?」
ショコラは分かりやすく順序だててもう一度説明した。
「大丈夫だ。ターシャには赤の騎士団が残っているし、黄の騎士団の大半もいる。それにこれから騎士団に入ろうとしている若者も多い。士気は高い」
ショコラは改めてターキーとダニアンを順に見てから言った。
「白の騎士団の創設に私も賛成するわ」
ボニセットのけがはそんなにひどいものではなかった。にもかかわらず彼女の目はなかなか覚めなかった。
「精神的なものだろう」
ボニセットを見た医師はそう言った。
レディーが危ないと叫んだ瞬間、あそこ一体は眩しすぎる光に包まれた。あまりにも眩しすぎる光で、それが去った後も目に残像が残るほどだった。とにかく、次第に視界が戻ってくると、皆一様にレディーの側を見た。
件の扉である。
空間に溶け込むように存在し、なおかつ圧倒的なスケールで存在感を消していた。
「戦いは後回しにしよう」
まず剣を鞘にしまったのはインザ=ヘスキンズだった。自然と皆それにならい、扉を見た。
するとどうだ。
扉は自然と開いたではないか。
「いらっしゃい」
脳に直接話し掛けるかのように、そこへと歩が進む。
躊躇と葛藤と恐れと慄きと。
扉の中は不思議な空間だった。
他のものがどう感じたかは分からないが、闇とも黒ともつかない空間は気持ちの悪いものだった。
ショコラはそこで思い出したくない、だが忘れられない過去を見た。
ボニセットもやはり何かを見たのだろう。
それは精神に異常をきたすほど恐ろしいものだったのか。
それとも夢の世界が幸せで居心地がよすぎるのか。
ボニセットはまだ目覚めない。




