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三聖剣物語  作者: なつ
Dear Heart  --愛するものへ--
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 第十八章 ダニアン到着(ただし遅れて)

 ダニアンは王城で馬だけを調達すると、その足ですぐにターシャの町を出た。親である国王アルベルトに言い出した時点から、ダニアンは1人で行動することを決めていた。そうしなければ、とても償いができない。そう漠然と感じていたからだ。

 馬の扱いは慣れたものだ。子供の頃からそういう教育はしっかりと施されていたし、ダニアン自身乗馬は好きだった。

 馬を走らせながら、ダニアンは森に見た光を考えていた。

 光でありながら、ひどくダニアンの心をかき乱す。

 理由は判然としない。

 だがダニアンは以前にもあの光を見たことがあった。5年前だろうか、10年前だろうか。とにかく子供の頃にだ。同じように偶然テラスにいたときに見たように思う。その時はなんとも思わなかったが、光を見てから色々な災いが連続して起きていたように思う。たとえばターシャ国とルド国が正式に戦争の開始を宣言したのもこの時期に重なる。他にも、西の森にすむ魔物について、ちょうどこの時期に噂が拡大したようにも思われる。

 もちろん偶然かもしれない。

 そこまでダニアンは気が付いていないかもしれない。

 それでもダニアンは漠然と感じていたのだ。

 忌み事が起きる前に何とかしたいというのは、ダニアンの正直な心の表れだった。そしてそれにターキーやショコラを巻き込みたくないというのも。

「はいや!」

 ダニアンはそこでもう一度馬に鞭を入れるのだった。


 湖に着いたとき、まだ日は高かった。ダニアン自身、この湖にまで足を運ぶのはひどく久しぶりだった。子供の頃ターキーと一緒に来た覚えがある。眼前に広がる湖とその奥に見える森の木々。子供心ながら、自然と言うものを感じていた。

 ダニアンは馬を下りると、ちょっと待っててくれと言い残して近くにあった宿に足を踏み入れた。この湖に来る王侯貴族の裕福な者であれば誰もが利用するだろう「銀水辺」という宿だ。

「ようこそいらっしゃい」

 宿の主人は声に出してから今入ってきた人物が、どこかに見覚えがあるような気がした。

「忙しいところすまないが、人を探している」

「はあ」

「ターキー=ゲムニス、ハンツェル=ロッドファー、ボニセット=キャメルあるいはショコラ=ロリータがこの宿に泊まらなかったか?」

「すいませんがそう言ったことにはちょっと」

「急ぎの用事なのだが」

 宿主は肩をすくませると、紙に何かを走り書きした。

「わたくしの口から申すわけにはいきませんが」

 とだけ前置きをすると、ダニアンにその紙を渡す。

「ショコラ=ロリータでしたら5、6日前に少年と一緒に泊まりましたよ」

 紙にはそう書かれていた。時期的におそらくターシャへと戻ってくる前にパンプキン=エリコとこの宿に泊まったのだろう。

「ありがとう」

 ダニアンはそう宿主に告げると、その宿を出た。

 それから馬の首筋に手を当てると馬の耳に囁いた。

「ここまでありがとうな。これから僕は森に入らなければならない。これ以上お前を連れていけないからな」

 そう言い、ダニアンがもう一度湖を見た瞬間だった。


 光がまっすぐダニアンを襲った。

 咄嗟に目をつぶるが、それでも世界が白く見えている。それから耳に不気味な笑い声が聞こえた気がした。

 ダニアンは耳もふさいだ。

 全身が燃えてしまうような、あるいは冷たくて凍えてしまうような。一瞬でありながら、その瞬間はとてつもなく長く思えた。

 やがてそれが収まっているのに気がつくとダニアンはゆっくり目をあけた。まだ光が網膜に焼き付いているせいか、白々とした世界が広がっている。

「うぉぉーん」

 突然獣の咆哮が聞こえたかと思うと、ダニアンの脇を数十匹の狼のような生き物が通り抜けた。まるで今の光に恐れをなして逃げているようだった。

 ダニアンは振り返ると自分が乗ってきた馬を見た。

 全身を震わせながらもしっかりと四肢で立っている。

「お前は偉いな」

 ダニアンが首筋を撫でると、馬は一声いなないた。

 そらから改めてダニアンは湖を見つめた。まるで何事もなかったかのように湖はそこに存在していた。だが、それはなんとも不自然だった。いや、ダニアンにとっての自然の形が完全に崩壊してしまっていた。

 湖は森に囲まれてあるべきだった。水面にはその森が映っているべきだった。だがどうだ。湖はただ湖としてそこに存在している。水面に映っているのは、真っ青な空の色と乱れ飛んでいる鳥の姿だけだ。今まであった森の姿がなかった。

 見渡す限り、西の森が消えてしまっていた。

「なんだよ、これ」

 ダニアンはそうこぼすと馬にまたがった。

「もう少し付き合ってくれよ」

 ダニアンは馬にそう囁くと手綱を握り締めた。それからゆっくりと湖に近づき、その水辺沿いを進んで行く。

 今襲ってきた光がどこから来たのか、あまりに一瞬過ぎてそれを紐解く鍵はどこにもなかった。だが、ダニアンはあの時見た光を思い出していた。そして不思議とそれは確信していた。今のはあの場所から広がった光なのだ。そして早くそこへたどり着かなければならない。

 西の森は完全に失われていた。緑自体がなくなり、そこははるか当方の内陸に広がっている砂漠に似ている。砂だらけの世界だ。視界に見えるのはそれだけで、地平線でさえおぼろにかすんで見える。

 一箇所、湖へと流れ込む小川があった。それはこれだけ緑がなくなったというのにその砂漠の奥から流れ込んでくる。

 ダニアンは馬を操るとその小川の上流へと方向を変えた。

「はいや」

 ダニアンの甲高い声がどこまでも広い砂漠へとむなしく響いた。


 馬の足を借りて五時間ほどが経った頃だろうか、ダニアンは前方に人影を見とめた。それもかなりの人数がそこに集まっているようだ。

 さらに近づいて行くと、相手方もこちらの存在に気がついたようだ。こちらを睨んでいるのが分かる。おそらくダニアンを警戒しているのだろう。

 やがて人物の影がはっきりとしてくる。

 ハンツェル=ロッドファー、ターキー=ゲムニス、ショコラ=ロリータ、パンプキン=エリコだ。

 ハンツェルに背負われているのはおそらくボニセット=キャメルだろう。それから長い髪を赤く染めた青年。赤と白のストライプの衣装をまとった男が3人、内1人はひどく腹部をけがしているようだ。

「ターキー!」

 ダニアンは馬を走らせながら、友の名を叫んだ。

「ダニ、アンか?」

 ターキーの返事に安心したのか、彼らは一様に警戒を解いた。

「王子様」

 咄嗟にハンツェルがかしこまり、片膝をついた。

 ダニアンはそこに到着すると、すぐに馬から飛び降りた。

「顔をあげてくれ」

「どうしたんだ、ダニアン王子」

 改めてターキーがダニアンに近寄った。

「今は王子ではない。一介の兵士に過ぎない。国王の命令を受けてみなを迎えに来たんだ」

「どういうことだい」

 腰に手を当ててレディー=ファングが大仰に肩をすくめて見せた。

「1人の男として僕もここに来たかったんだ。ボニセットは無事なのか?」

「あまり無事じゃないな。早くまともな治療をしたほうがいい」

 ハンツェルは立ち上がると後ろに抱いたボニセットの顔を見た。今は眠っているのか安らかな顔をしているが、出血がひどい。

「彼女を馬へ」

 それだけダニアンは言うと、3人の男の側へと進んだ。

「ラド国の高官とお見受けするが」

「いかにもそうです」

「おじさんたち、悪い人じゃないよ」

 ダニアンの行動を心配したのか、間に入ったのはパンプキンだった。

「昼真っから酒飲んでることのぞけば」

 ダニアンはパンプキンに笑いかけると、顔をあげてショコラ、ハンツェル、ターキーの顔色をうかがった。

「そうだな。悪い人ではない。それに今また剣を抜いて戦う気は起きないな」

「同感だ」

 ハンツェルの言にラド国の高官、アルマとオルマが頷く。

「どうせいずれまた会うんだ。その時には長官も回復しているだろし存分に戦える」

 アルマが言った言葉をダニアンは理解できなかったが、ダニアン以外の誰もがその前半の言葉の意味をよく分かっていた。

「俺たちは一度自分の国に帰る」

 そう言い残すと、彼らは長官を二人で支えながら小川が流れている反対側へと足を進めた。

「道は分かるのか?」

 ターキーの言葉にアルマとオルマは二人同時に片手を挙げ、振って答えた。

「さて、俺たちも帰ろうか」

 ターキーの言葉にみんなが頷いた。ただ1人を除いて。

「どうしたの、パンプキン君」

 それに気がついたショコラがパンプキンに話し掛けた。

「パンプキン君、ラド国に行くの?」

「ううん。その約束はもう果たせた。でも大陸に来る目的も果たしちゃったし」

 島に帰ろうか、という語尾は声になっていなかった。ショコラはパンプキンのすぐ側まで来た。

 パンプキンは顔をあげるとショコラを見た。

 満面の笑顔でショコラはパンプキンに手を差し出していた。

「一緒に行こ」

 声に出して答えるよりも早く、パンプキンの手を握っていた。

 それから声に出して笑い出したのは、目頭に登ってきていた涙を隠すためだった。


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