第十六章 対決ショコラVSパンプキン
「パンプキン、君?」
小さく呟いたショコラ=ロリータの声はパンプキン=エリコまで届いていなかった。白く光る目。ショコラとしてはあまり思い出したくない。剣の強さに自信があったが、あの目に睨まれた瞬間、自分が飲まれる存在だとわかった。圧倒的な能力の持ち主の目。パンプキンがエンゼル=ハーテッドを抜いたときに現れた、パンプキンの中の別の誰か。
だが、今はまだ剣は抜かれていなかった。
ショコラは唇を噛みしめた。
「知り合いなのか?」
ターキー=ゲムニスがショコラに聞いた。ショコラは頷く。
「おそらく泉で争ったのは、この2人なのだろう。こちらが探していたのがあの少年で、そちらが探していたのがこの少女ということだ」
アルマかオルマがそう説明する。
その前でパンプキンが段を一つ降りた。なぜか圧迫感がある。ショコラが左右に目配せをするが、よく見るとハンツェルも手をけがし、今説明をした2人も傷を負っている。おそらく泉があった場所に残っていた血痕は彼らのものなのだろう。
もう一つ段を降りるとパンプキンはこちらと同じ高さになった。
「下がってて」
剣を構えようとしたアルマとオルマにショコラはそう言っていた。
なぜかは分からないが、自分でけりをつけたいと思った。それに知らない人と連携を取るよりも、1人で戦った方がはるかに動きやすい。
そう、戦わなければならない。
分かっていたこと、あれと初めて対峙した時から、あれで終わるはずがないことなど分かっていたことだった。
ショコラは一歩前に進み出ると、自らの剣を抜いた。ラブ=オール。大切な彼女のブロードソード。それから息を整える。
「察しがいいとこちらも助かる」
ショコラの動きにあわせるように、パンプキンも剣を抜いた。そして2人は互いの間合いに入る。ショコラは中段に構え、パンプキンは下段に抜刀するかのように構える。初めて2人が対峙したときと同じだ。
「今助けてあげるからね」
パンプキンに聞こえるようにショコラが言った。それに答えるようにパンプキンが口元に笑みを浮かべる。
タンッ。
パンプキンが一歩大きく前へとステップを踏んだ。ぎゅっとパンプキンの白い目を睨みつけるが、まるで表情が感じられない。
同様の速さでショコラは後ろへと一歩退いた。だがパンプキンは止まらずに突進してくる。後方へのステップでは勝ち目がない。ショコラはブロードソードを強く握り締めると、相手の剣の動きを探った。
下段後方から一気に右上へと駆け上がろうとする動き。
剣が動き出したその瞬間に、今度はショコラが前へとステップを踏み、中段に構えた剣を相手の手元へと押さえつける。
ガキンッ!
剣の根元同士がぶつかる金属音が空間に響いた。
だが動きは止まらない。パンプキンは剣がぶつかった瞬間に体を回転させて、反対からなぎ払うように剣を再び振り上げる。
それに合わせるように再びショコラはブロードソードを押さえつけた。
ガキンッ!
2度、3度と同様のぶつかり合いが続いた後、2人は剣を互いにぶつけてにらみ合う格好となった。
すでにショコラの手はしびれている。
「やはりお前と戦うのは楽しいよ」
真っ白な瞳のパンプキンが不気味に呟いた。
「今までこいつの相手をしたやつらなんざ、あまりの弱さに涙がでるほどだった。歯ごたえもなく意志もなく。お前は負けない強さをもっているからな」
うっすらと笑うような瞳は、まるでショコラの過去を見透かしているかのようだ。ショコラはその目を睨み返しながら、唇を噛みしめた。
「だが、それゆえ危険でもある」
瞳の表情が一瞬変わったとき、パンプキンの剣に込める力が弱くなった。その瞬間、ショコラのみぞおちにパンプキンの足蹴りが入る。
後ろに大きく吹っ飛び、ショコラは片膝をつく格好となった。片手を腹にあて、剣を地面との間につけるように持つ。
「くっ」
ショコラの喉元に冷たい感覚が走った。
エンゼル=ハーテッドの切っ先がしっかりと据えられている。その先をショコラが視線を這わせると、たったままのパンプキンが見下すように立っていた。
「助けてあげるだあ。分をわきまえよ」
「あなたは誰なの?」
ショコラはパンプキンの目をにらみつけた。
「私は私さ。他の誰でもない」
「私、ね」
「そうさ。お前はパンプキンから聞いているのだろ。あの時から私の呪いは着々とパンプキンを蝕んできたんだ。この体を手に入れるために」
「どうしてパンプキン君なの?」
パンプキンは声を絞るように笑った。
「狂酔的な質問だな。お前はこいつが好きなのか?」
片手をパンプキンが自分の胸に当てる。
「冗談じゃないわ。何日も一緒にいて分からなかったかしら。私の理想はもっと高いのよ」
「理由は簡単だ。若い体で、それにこいつの身体能力は並外れたものだし、いい血を引いている。そのおかげで私の力を存分に発揮できるからさ」
切っ先はまだしっかりとショコラの喉に当てられている。
「さあ、他に何か聞いておくことはあるか?」
「じゃあもう一度聞く。あなたは誰なの?」
「分からん奴だな。私は私だ。パンプキンは私のことを天使だと思っている。森の周りの連中は私を魔物と恐れたりしている。私は私以外の何者でもない」
「名前は?」
「愚かだな。そのようなものにつける名称など必要ない。私は支配者であり、絶対者なのだから」
ちくり、とショコラの喉から血が滴り落ちた。
「そう。それは寂しいわね。周りに誰もいなかっただけじゃない」
「誰も必要ないからさ」
パンプキンの目が激しくショコラを睨みつけている。
「くっくっく」
一度声を殺すようにして笑うと、パンプキンは白い目を見開き大きく一歩踏み出した。
ハンツェル=ロッドファーはその様子を遠くから見守るしかなかった。できれば一緒になって戦いたかったが、両手にできた傷が剣を持つことを頑なに拒否している。それにこんな状態で無理して戦ったとしても、ショコラの邪魔になるだけだと分かっていた。
泉で戦ったのが本当にショコラとパンプキンであれば、ショコラが勝つのは難しいかもしれない。だが、ハンツェル自身それは信じたくないことだった。自分よりもはるかに腕の立つショコラよりも強いのが、もっと幼い少年だなんて考えるだけでも嫌気がする。
だからショコラには勝ってもらいたかった。
最後ショコラが中腰で喉に剣を当てられていたときハンツェルはその様子を、息をのんで見守ることしかできなかった。
そしてパンプキンの剣が大きく前に突き出されたとき、前に体を乗り出すことしかできなかった。
パンプキンの動きと同調するかのように、ショコラの体が後ろへと下がる。
それは信じられないような光景でもあった。
エンゼル=ハーテッドが堅い大理石に突き刺さった。
「くそが」
パンプキンが思いっきり悪態をつく。まるで予想していたかのようなタイミングで、ショコラが体を後ろへと倒した。それはパンプキンが剣を突き刺す速さとまったく同じだった。さらに頭をのけぞらすようにし、喉に当てられていた剣がショコラの前髪をかすめて地面へと衝突する。
パンプキンが悪態をついたとき、ショコラの持つラブ=オールが横になぎ払われた。とっさに剣を手放してバックステップをしたパンプキンだったが、切っ先は確実にパンプキンを捉える。
ショコラが片手だったのが幸いしたのか、傷は深くなかった。それでもパンプキンが体をかばうために出した左腕からは、おびただしい血が流れていた。
ゆっくりとショコラが立ち上がる。それから胸に手を当てるとはっきり言い放った。
「未熟ね。心の動揺がはっきり表れてたよ」
わざとパンプキンを怒らせるような発言をしたのは成功だった。
ショコラはラブ=オールを再び中段に構えると、左手を抑えるようにして立っているパンプキンをまっすぐ見た。白い目が明らかに動揺している。
「今助けてあげるんだから」
一歩ずつパンプキンへと歩み寄る。
「ふざけるな!」
突然パンプキンは叫ぶと、白い目をひん剥くかのように睨みをきかせた。刹那、風のような圧迫がショコラを襲う。ぐっと足に力をいれ、ショコラはその衝撃に耐えた。
「こんなガキ、もうどうでもいい。こんな動きしかできないんだったら、もとの体のほうがもっと動きやすい」
自らの体を抱きしめるような仕草をし、パンプキンはがくがくと震え続けた。それからはあ、はあと荒い息をする。
次の瞬間、パンプキンの体ががくっと倒れた。それと同時に、パンプキンの背中から何かが噴きだす。
そう、それはまさに天使だった。
真っ白く大きな翼を大きくはためかせた少女だった。