第十三章 霊鳥の囁き
ハンツェル=ロッドファーとボニセット=キャメルが剣を鞘に収めたことで小川を渡ってきた3人を安全だと判断したのか、ターキー=ゲムニスとレディー=ファングは立ち上がり彼らに迎えた。
それに従うように3人はその場まで来ると、軽く自己紹介をする。
インザ=ヘスキンズ。3人の中心に立ち、一際体格がよい。髪の毛は短く切りそろえられており、四角い顔がなおのこと角張って見える。すでに破れたぼろは脱ぎ捨てて、それなにりすっきりとした衣装をまとっている。赤と白が細く並んだストライプの服だ。あまり趣味がいいとはいえないが、その縦じまが一層インザの背を高く見せていた。
インザの後ろに従うようについている2人を、彼はアルマとオルマとだけ紹介した。いまだぼろをまとい、頭にもフードをつけている。そこから覗く顔は2人ともよく似ているようだ。身長はそれほどでもないが、体格だけを見ればインザといい勝負だろう。
「どうも、こんなところで人に会えるなんて正直嬉しいよ。ところで、君たちの名前を聞いてもいいかい?」
「僕はレディー=ファング。全く、同意見ですよ。何だって僕がここにいるのかも分からないってのに」
肩をすくめてレディーが名前を告げる。
「ほう、貴公が」
「あら? 僕はそんなに有名人なつもりはないのだけどな」
「確かに、王族や庶民には知られていないだろうが。貴族の間では有名だ」
「それは残念だ。僕は有名になるのが嫌いなんでね」
「だから私は知らない振りをしてたんだけど」
口を挟んだのはボニセットだ。
「そりゃ、どーも」
次にインザはターキーを見た。それにつられてターキーが自己紹介をする。
「ターキーだ」
ターキーはそれだけを答えた。というのも、ターキーにもその赤のストライプで出来た服の持ち主のランクを充分に理解していたからだ。だが、それでもハンツェルとボニセットが剣を収めたため、現時点での敵視は避けてはいる。
「ちょっと長くなりそうね、座談にしない?」
ボニセットは提案するが早いか、その場にしゃがみこんだ。皆も自然とそれに従う。ボニセットの右にハンツェル、ターキー。正面にレディー。左に、オルマ、インザ、アルマの順に、円状に座ることとなった。
「まず聞きたいけど、インザ、レディーを知ってるってことは貴族ってことなのか?」
ハンツェルがインザを見た。
「おっと。これは余分に口を滑らしてしまったかな。だが、残念ながら俺は貴族じゃない。貴族じゃなくても情報通からすれば知りえる情報だろう、違うか?」
「まあ、そーね」
派手にため息をついたのは当のレディーだった。やれやれという表情だ。
「では本題を聞こうか。なぜ貴公らはこの森に足を踏み入れたんだい?」
「答える必要があるかしら」
「そうだな、まあ一応こちらから理由を話しておこう。俺たちは人を探しているんだ。そもそもとして、そいつが森に入る前に無理にでも足止めすればよかったのだがな。結構森の危険については知らせたつもりだったんだが、まるで聞こうともしない無謀な少年だ。名前は知らない。だが、剣の鋭さは常人以上だ。それに危険な香りがしていた」
「名目が欲しかったのかしら」
「言ってくれるね。だが、名目や名声のためだけに森に入るほど俺も落ちちゃいない。興味が勝っただけだ。ちょっと追ってみたいとね。それでその少年が通った後をこうやって辿ってきてみたんだ。そしたらここに出た。それだけだ」
理由を述べ終わると、インザはボニセット、ハンツェルを順に見て今度はそちらの理由を話す番だと軽く言った。
「私たちの理由も同じよ」
ボニセットはそれだけ言うと、後の説明をハンツェルに任せる。
「人を探している。王国の宝を盗んだ悪党だ。そいつが西の森に入ったっていう情報提供者が現れたんでね」
ハンツェルはレディーを一瞥した。
「だが本当かどうかは知らない。彼女がこの森に来たのか、そしてこの場所に来たのか。だが、東から入って、ここに来た人物がいるのは確かだ」
「女か」
インザは、女にはこの森は厳しすぎるだろうと言い、間違いなんじゃないかと疑った。
「いや、彼女は俺たちよりもずっと腕が立つし、頭も切れる。それに何よりも独特な力がある」
「それは興味深いな。相手が悪党でありながら、その悪党の正体を知っているなんてな」
「本当の悪党なら」
未だ警戒を解いていないターキーがにわかに呟いた。
「今の話を聞いていると、彼女がここで戦った相手が、その少年なのかもしれない」
戦った、という表現に疑問を呈したインザに、ここで見つけたその跡をハンツェルが簡単に説明をした。
「なるほど。能力的には少年の勝ちか。ま、そうあってもらわなければ、俺たちの興味もひかなかったんだけど」
インザはそれだけ言うと、唇をにっと上げた。
「さて、そろそろお互いの今後について話をしないか?」
「あら気が早いのね」
「今後お互いに干渉なくここでお別れするのか、それとも」
「将来的に見たら、早めに芽は摘んでおいたほうがいいかもね」
ボニセットの言葉に、場に緊張が走った。それを読めていないレディーが叫んだ。
「どうしたんだよ、突然。折角の場だってのに」
「彼らがこの森を何て呼んでいるのかを知れば、あなただって分かるはずよ」
「俺たちはこの森を東の森と呼んでいる」
それはインザからの宣戦布告の合図だった。
ゆっくりとインザは立ち上がり、ハンツェルたちと間合いをあける。
「たいした自信ね。4対3で戦うつもりかしら」
「俺には4人ともが戦力とは思えない。少なくともレディー君は戦い向きじゃないだろう」
「ご名答だ」
などと答えて一歩下がったのはもちろんレディー当人だ。彼もこの森を西の森と呼んでいる人物だ。ここを東の森と呼ぶのは、より西側の人間。つまりターシャ国の人間ではないのだと理解した。おそらくは状況から、現在戦争状態にあるラド国の人間なのだろう。もっとも、レディーもターシャ国の人間ではない。実際はもっと東からの旅人だ。有名になるのを嫌い、そろそろ次の国へ移動しなければならない頃かも知れないが、少なくとも現状、ターシャ国に身をおいている。
「それからやはり後ろのターキーも、あまり使いものにならないんじゃないかな」
「残念。彼の剣技はかなりのものよ」
ボニセットは言うと、自らの剣を抜いた。
「剣技はな。ただ実践向きじゃない。祭事向きだ」
ボニセットのはったりをまるでなかったかのように否定しているのはハンツェルだ。そのハンツェルをボニセットは思いっきり睨んだ。
「3対2だ。自信があるのはどちらかな」
「それではお二人の相手は俺たちがしますよ」
インザの後ろから、アルマとオルマが前へ出た。そしてその際にぼろを脱ぎ捨てる。インザ同様に着ている衣は赤と白のストライプだ。
「ではターキーの相手は俺ということになるな」
インザは抜刀すると、まっすぐにターキーを睨んだ。宰相の息子としてターキーが主に学んだのは術策や画策など戦術に関する、頭に関することが多かった。そして、もちろんラド国のことも学んでいたし、ここで引くわけに行かないことも理解していた。そして、ターキーは慣れない手で腰につけていた剣を抜いた。
両者らに緊張が走りやがて剣のぶつかる音が聞こえ始めると、レディーはその様子を見るでなく泉の元へと走った。
「まったく、何でこんなことに巻き込まれなくちゃならないんだ。これでも僕にだってやらなきゃならないことがあるんだけどな」
有名だということもあり、レディーにとってターシャとて母国ではないことをインザも理解しているようで、レディーに対して剣を向けようとはしていなかった。レディーは泉へとたどり着くとその水面を睨んだ。濁りなく底がはっきりと見えるほど澄んでいる。風が表面をさらい、わずかな並を立てている。
レディーが貴族と知り合いになり、よく西の森の湖へと出かけていたのは理由があった。貴族らの心を満足させる技をレディーは持っていたのだ。
そういう意味でレディーは貴族らにのみ有名であった。
その技とは、動物らをまるでレディーが操っているかのように見せることだった。
湖の岸辺に立ち両手を広げる仕草をすると、その腕に鳥が止まる。さらに手を湖へとささげると、そこに魚が集まる。あるいは湖を背にして立てば、森から動物が出てくる。それらの技は、まるで自然であり貴族らの貪欲な心を満たしていた。
レディーは泉へと手を差し伸べた。
そこに魚の気配はない。
だが代わりにレディーの肩に一羽の鳥が止まった。嘴と足が目立つほどに赤く、全身は青緑色に見える。尾や頭に向けて黒色へと変化しており、霊鳥とも名高い仏法僧に似た鳥だ。
「げっけけけけ」
その鳥はレディーの肩で小さく鳴いた。
小さい声であったにも関わらず、後ろから聞こえる剣の交わる音をかき消すには充分な音だった。それだけレディーの頭を支配してしまうほどのことを鳴いたのだ。
レディーの手が泉からそっと出される。
ここが自然的な造形を超えた空間であり、そこに人為的な意志が込められている。レディーはようやく、けれどもここに来た誰よりも早くそのことに思い至った。
そう、まるでこのときを待っていたかのように。
「げっけけけ」
鳥は続ける。
扉が、開かれる。
レディーが振り返り、叫んだのは次の瞬間だった。