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アメアガリ

作者: 篠雨 創

「あっ」


そんな小さな声が聞こえたかと思うと、ほんの少し前にいた少女が、何かに躓いたのか前のめりで倒れていく様がスローモーションで見えた。ゆっくり、ゆっくりと倒れていく。なんとも不運なことに、目の前にあるのは水溜り。もしかしたら雨上がりで道が滑りやすくなっていたのかもしれない。雨上がりの明るい雰囲気をぶっ壊して行くようなそんな素敵なダイビングだった。


決して小さくない水の跳ねる音が辺りに響き渡る。そんなに人通りは多くなかったけど、それでも全く人がいなかったわけじゃない。そんな道の真ん中で、名も知らぬ女の子が顔面から水溜りに突っ込んでいる。とてもシュールだ。よく見ると受け身らしきものは取ったようで、顔は横向きで、地面に頭突き――いや顔面突きを決めることは避けてるけど、それでも顔から胸辺りにかけて水浸し。もう災難ったらありゃしない。


クスクスっと笑い声が聞こえてそちらを見ると、そこで倒れてる女の子と同じ服をきた女の子二人組が、水溜りという一塁にヘッドスライディングを敢行した彼女のことを笑いながら通り過ぎて行くところだった。そのせいで、余計に彼女の惨めさが際立ってしまったように感じたのは、きっと気のせいじゃないだろう。


そんな前受け身マスターの彼女が起き上がろうとする。この時僕は、彼女のほぼ真横だけどちょっと後ろの位置ぐらいには移動してきていてて、腕をついて起き上がったその胸元と顔、そして二つ縛りの髪の毛からは水が滴っているのがしっかりと見えた。その表情は今にも泣き出しそうなんだけど、「ちょっと喉が乾いてただけだもん」みたいなそんな強がりを言ってそうな、そんな雰囲気。歯をぎゅっと噛み締めて、必死に涙を堪えている。


彼女には本当に失礼な事だけど、そんな見知らぬ女の子に僕はなんだか堪らなく惹かれてしまった。助けてあげたくなった。だって折角の雨上がりの良い天気なのにさ。落ち込んだ気分じゃあんまりじゃないか。


……でも僕がここでこのまま手を差し伸べてしまったら、彼女の惨めさを強調するだけになってしまう。それじゃ現状と何も変わらない。むしろ悪化だ。それじゃ彼女は救われない。


そう思った僕がしばし悩んだ末取った行動は、


「おおっと! 道にケセランパサランがぁー!」


なんて大根役者丸出しな演技をしながら彼女の真横のもう一つの水溜りに前回りで突っ込むことだった。


きっとこの行動は正解じゃないけど、間違っているとも思いたくないね。僕は。


人生で一番派手な前回りの甲斐あって服全てを雨水で濡らした僕は、前転の勢いのままに立ち上がり、訝しげにこっちを振り返って見てくるのさっきの二人組の女の子を無視をしてようやく彼女に、「大丈夫ですか?」なんて声をかけた。ちょっとわざとらしすぎたかな、なんて後悔をしたのはこの時。ただ、行動を取ったこと自体に後悔なんて微塵も無かったよ。


そんな彼女は僕の言動に呆気に取られたような顔をして目を瞬かせていたけど、それから何かに気づいたように、


「ありがとう」


なんて顔を赤らめながら僕が差し出した手を取ってくれた。不思議と居心地の良い雰囲気がその場に流れて、それ以上は言葉を交わさずに僕らは歩き始めた。


ついさっき、彼女が転ぶ前とは違うのは、お互い服が濡れていることと、二人並んで歩いていること、後は笑顔が一つ増えたことぐらいかな。おしまい。




手を差し伸べるだけじゃなくて、一緒に転んであげる優しさも、大切な優しさの一つです。そんな短編でした。読んでくださってありがとうございました。

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