全裸、身の上を考える
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「……で、結局あなたは誰なのよ」
森の中、全裸は正座させられていた。
体の所々が少し焦げてるようにも見える。
そして心なしかその背には哀愁が漂っている。
……なんで、正座なんだ?
とはいえ、目の前の少女も自分の身のことを語れば少しは警戒が揺らぐだろう。そう判断し、全裸はとりあえず名乗ろうとする。
「そうだな、まずは名乗ろう。俺は……」
「……?」
途中で言いよどむ全裸を見て、クレアは不審に思う。
「どうしたのよ?」
「ええっと、ですね。その、ですね」
「もう! 男ならはっきり言いなさいよ!」
「……分からないんだ」
「え?」
「だから、分からないんだ。自分のことも、どうしてここにいるのかも」
「なんですって?」
ふざけるなこの変態、と口にしかけたところで気付く。
全裸の表情は真剣そのもので、どうやら嘘を言っている。という訳ではなさそうだ。
……しかし、これは困った。助けてくれたから、私に対しては友好的みたいだけど。
「ねぇ、何か思い当たる名前とかないの? 特に自分がどう呼ばれてたとか?」
「ふむ」
尋ねられて男は考える。
果たして自分はなんと呼ばれていただろうか。
……全裸、変態、裸族……裸人大明神?
「最後のやつなんだーーー!」
「きゃっ」
いきなり叫んだ全裸に対して、引くクレア。
「何か思い出したの?」
「あ、いや」
……ここでさっきの奴言うと、死ぬよな、やっぱ。しかし名前か、神、しん、ジン……
「あ」
「なに?」
何か思いついたらしい全裸に対して、尋ねるクレア。
「ジンって呼ばれてたような……」
「ジン? ジンって精霊のこと?」
尋ねながら思う。こいつほんとに大丈夫か、と。
確かに精霊という存在はいる。
だが彼らは基本的にマナを纏っており、半物質体であるため、透明のような身体をしている。
まかり間違っても目の前の全裸のような邪な存在ではない。
さらに言うならば生まれた子供に人間、と名前を付ける親がいないように普通は避ける名前でもある。
「いや、ジンって呼ばれてた……気がするんだがな」
「ジン、ねぇ……」
……ん?
そこでクレアは考える。
……精霊と同じ名前の人物をごく最近、書物で見たような……あれは……確か……
「ああ!!」
「ん? なんだ?」
突如叫びだしたクレアを見て、全裸は不思議そうに彼女を見る。
彼女は全裸に掴み掛るような勢いで身を乗り出し、
「ねえ! あなた、フォールって言う名前に覚えはない?」
「フォール、だと……ぐっ!」
その名前を聞くと脳裏に痛みが奔る。
その様子を見てクレアは今までにない明るい表情となった。
「はぁ、はぁ、んで、それは誰なんだよ」
痛みが引くのを待ち、全裸もといジンは問う。
「あなたよ」
「は?」
「だから、あなたの名前よ。ジン=フォール。1000年前の英雄さん」
召喚の英霊の名を綴った古文書、その中の1ページを思い浮かべながらクレアは答える。
「単身で魔物の侵攻を防ぎ、剣を極めた剣聖。それがあなたよ」
「……? ちょっと待て」
「何?」
「ええっと、そのフォールって言うのが俺の名前だと?」
「ええ、そうよ」
「そいつ1000年前の英雄なんだよな」
「その通りよ」
「……頭、大丈夫か?」
「何でよ!!」
まぁ、ジンの反応もあながち的外れではない。
面識のない少女が自分に対し、1000年前の英雄だのと言ってるのだ。疑問に思う前に頭を疑うだろう。
「いや、だって1000年前の英雄が何だって俺なんだよ、死んでるだろ普通」
「なんだ、そんなこと。答えは簡単よ。私が喚んだから」
「はい?」
全裸は何を言っているのかわからない、と言わんばかりの表情で答える。
「あなたは私が召喚したの。1000年後の現代に。」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「……んで、話をまとめると、俺は1000年前の英雄で、お前に召喚されてここに来た。ついでに俺が今全裸なのは召喚時に時空間を超えてきた影響だと」
「ま、まぁ、そうね」
「……なぁ」
「な、なに?」
クレアは視線を泳がせながら聞き返す。
「俺の全裸は貴様の責任じゃねぇか! ふざけんなよ! いきなり光の玉ぶつけてきやがって!」
「ご、ごめんなさい」
先ほどまでの不敵な態度から一変して、クレアは素直に謝罪した。
…強気の女の子が申し訳なさような顔をする。うーん、そそるな
いやマテ俺、と思いながら全裸はふと気づく
「で、俺はどうすれば元の時代に帰れるんだ?」
――自分が英雄だのとは微塵も思わないが、とりあえず帰り方を聞こう。
そう考え、少女に尋ねる。
「そ、それは……」
「それは?」
「わ、わからないの」
「はい?」
「分からないのよ。本来なら私の魔力量で召喚できるのは古代の英霊ぐらいで、実体のある英雄の召喚なんて無理なはずなのよ。そんなイレギュラーな召喚だったから、あなたを元の時代に返す確実な方法は分からないの」
「はぁ!? でも呼んだのと逆のやり方で戻せたりしないのか?」
「それは難しいわ」
「なんでだよ?」
ジンの疑問を予測していたのか、クレアはすぐに答える。
「考えてみなさい。あなたの服が消えたのは時空間を移動したからと言ったけど、正確には時間が立ち過ぎて劣化したからよ。そんな中に生身で入ってみなさい。最悪の場合全身にバラバラの時間経過が起こって体が崩壊するわよ」
「なら、俺はどうやって帰ればいいんだよ!」
クレアは少し暫くの間考え、ふと何かに気付いたように一人頷く。
「一つだけ方法があるわ」
「それは?」
「召喚されたとはいえ、魔力が触媒となってるのだからそれが尽きればいいのよ。そうすれば自動的に召喚が解除されて帰れるはずよ」
「なるほど。んで、それはどのくらいかかるんだ?」
「今回の召喚に使った呪具は特別なもので、莫大な魔力量を秘めているの。だから、それの消費を考えると……」
「……」
ゴクリ、と喉を鳴らしながら少女の答えを待つ。
「ええっと…」
「…」
「…10年」
「は?」
「だから、10年よ。これもかなり消費が激しい場合のことで、実際には20年はかかるでしょうね。」
「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
……おかしい。
叫ぶ全裸を尻目にクレアは思考する。
……確かに私の魔力量は一般人と比べると莫大なもの。けれど、いくら呪具で魔力を補っていても半実体で時空間の影響を受けない英霊ならともかく、英雄を召喚できるはずがない。
そう、あり得ないのだ。普通なら。
もしそんなことが可能なら、タイムスリップすら可能になってしまう。
だから、全裸を見た瞬間はただの変態だと思っていた。
……しかし、ただの変態と言うには強すぎる。
先の戦闘において、全裸は素手で戦っていた。それも身体強化なしでだ。
もしも生身で機械鎧が相手にできるならば、帝国はこうも強大にならなかっただろう。
実際、帝国の機械鎧に対して有効なのは魔力を纏った攻撃のみと言われている。 先の戦闘において自分が戦えたのは剣に魔力を込めていたからで、それがなければ相手を切ることなど叶わなかっただろう。
……まぁ、でも彼がいればこの場を乗り越えることができるかもしれない。
もともと英霊の召喚に成功すれば、その力を利用して包囲を突破するつもりだったのだ。
目の前の男が先のように生身で帝国兵を圧倒できるならば、結果としては問題はないだろう。それに、
……もしも本当に≪剣聖≫ジン=フォール本人ならばこちらとしては最上の結果だ。
捨て鉢になっていた心に気力が戻ってくる。
叫ぶ全裸の傍ら、少女は再起を心に決めたのだった。