全裸、接敵す
「ああ、全身に擦り傷が……いてぇ」
全裸のまま森の中を歩いてしばらくすると、目の前の樹木の陰から何かが全裸へと襲い掛かる。
「うわぁ、なんだこいつ」
辛うじて横に飛び、その何かからの攻撃を避ける。
そこで改めて敵の姿を確認する。
「……まさか、狼なのか?」
全裸の疑問には訳がある。確かにそれは全身の毛が黒い狼のようにも見える。 だが、その大きさが尋常ではない。
確かに全裸の背丈は大体160cmぐらいで小柄なのだが、目の前の狼は全裸の想像する狼より、2倍の大きさはある。
全裸を飲み込むなど容易いようにも思える。
……さて、どうするか。一狩り行くべきか?
いや勝てねえよ、と自分に突っ込みを入れて改めて狼を見る。
どうやら狼の方も全裸に気付いたようだ。
「……」
「……」
無言で向き合う全裸と一匹。ここで全裸は考える。
……今のこの身は全裸。いうなれば奴と同じ究極に自然な状態!これは、アレか?
ここで全裸的には、狼が仲間になりたそうにこちらを見ている。的な展開を期待しているらしい。
この状況を誰か見ていればこう思うに違いない。
目を覚ませ、と
しかし全裸はふむふむと頷き、
「お前、仲間になりたいんだな?」
「……」
狼は答えない。ただ体を沈め、全裸に狙いを定めている。そんなことに気付かぬ全裸は、おおこれは無言の肯定か、と嬉しげな表情で
「仲間になりたければ、服をもってこ「グルァ!!!」」
「ですよねー!」
当然である。
全裸は逃げる。脱兎のごとく。先ほどまでの足が痛いだの言うような余裕はない。
だが、相手は野生。
全裸が逃げられる筈もない。
「やべぇ!」
狼が飛びかかってくるの地面を転がり回避。
何とか立ち上がるも、このままでは後がない。
……こんな訳も分からんところで、全裸のまま死ねるか!
そう考える間にも狼は全裸に飛びかかり二度目の攻撃を浴びせる。
「ひぃぃっ!」
無様な悲鳴を上げながらもなんとか避ける。
しかし、このままいつまでも避け続けるのは至難の技だ。
「く、どうしろってんだよ……」
このまま逃げていても、森の中では圧倒的に向こうが有利。もしも奴が仲間を呼んだらそれこそ詰みだ。ならば、
仲間を呼ばれる前に迎え撃つしかない。
「ええい、このまま全裸で逃げて死ぬよりは迎え撃って死んでやるわ!」
全裸は僅かばかり震えながらも雄々しく啖呵を切り、目の前の狼へと向かって行った。
威勢よく啖呵を切ったものの、戦況は全裸が圧倒的に不利だった。
全裸は自身に出せる全力の速度で狼に向かい、攻撃するが、相手の方が圧倒的に速い。
全裸の渾身の横合いからの蹴りを、狼は身を伏せて避けて噛みつく。
それを何とか避け、反撃しようとするも、狼は既に間合いの遥か遠くへと下がっている。
「くそっ、やっぱり向こうの方が速いな……」
全裸は一か八かで走って殴りかかるが、狼は全裸の攻撃をバックステップの要領でひらりと躱すと、その右腕を全裸に叩けつける。
「ぐふ!」
圧倒的な重量差によって、全裸はそのまま吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。
骨は運よく折れていないようだが、頭を打ったようで意識が薄れかける。
「くそ! 痛ぇな。だが、こんなとこじゃまだ死ねぇよ」
薄れる意識の中、疑問に思う。
何故この程度の相手に勝てないのか、と。
……俺は……確か……
身を起こし、全裸は左半身をやや前にして構える。
意識してのことではない。体が勝手に動く。
狼はそんなことなどお構いなしとでも言うように全裸に襲い掛かる。
その瞬間、全裸の脳裏に何かが過る。
……想い――――――となす。これぞ至幻流の―――。所詮この身は―――――。ならば、この現実に打ち勝つのは道理。故に、――――の道を―――た自分に―――――はいない。
―――至幻流、奥義の一 ≪六仙≫ ―――
「ぐ!」
脳裏に激痛。だが次の瞬間、周囲の景色がスローになる。
……なんだ、これは。だが好都合。
襲い掛かる狼の牙を体を半回転させて避ける。
それと同時に狼の無防備な背に裏拳を浴びせる。
「ギャウ!」
狼から発されるその声は、今までの獲物に対する余裕のあった物から、痛みを告げる物へと確実に変化していた。
……効いてる! これならいける!!
再び構える全裸に対して、警戒をしたのか今までより更に深く身を屈め、全裸に向かって飛び掛かりながら右の腕を振り下ろす狼。
その攻撃を全裸は先程と同じように円を描くような軌道も以て紙一重で回避する。
背後を爪が通過。
それと同時に腕をクロスさせ、右足を狼の真横に踏み込ませる。
ズン!
轟音、しかし白熱する全裸の意識は既にそんなことなど構いもせず、全裸は腰の捻りを最大限利用して右の裏拳を狼に叩き込む。
―――至幻流 ≪桜≫ ―――
「破!」
攻撃直後の狼にその一撃を避ける術はなく、裏拳は狼の顎を打ち砕く。
ズドン!
凡そ人の身では不可能な大砲のごとき打撃音。狼は数メートル先へ吹っ飛んだ後、木にぶつかり動かなくなった。
「はぁ、はぁ、……なんなんだこれは」
突然使えるようになった人の身では不可能のような人極の一撃。
もはやそれは技というよりも何らかの業を感じさせる。
とはいえ、
「た、助かった……。」
全裸はひとまずの危機が去ったことに安堵した。