プロローグ
読んで下さり、ありがとう御座います。
英雄――武勇にすぐれ、ふつうの人には出来ないような大事業を成しとげる人
彼はまさしく英雄だった。
幾千もの敵を討ち、その腕を以て多くの味方を救った。
何人の仲間に慕われ、その何倍もの人を護った。
だが、そんな英雄を護ろうとする人物はいたのだろうか。
彼の悲しみを、嘆きを、苦しみを自身の物として英雄を慰める者はいたのだろうか。
人々を護り、周囲の悲劇のすべてを救い、人々の希望であった彼。
あるいは、彼こそが最も救われたかったのかもしれない。
◆◆◆ 夢幻の英雄 ◆◆◆
深い森の中、少女はいた。
歳は大体16ぐらいだろうか。
知性と少しの幼さを残す黒い瞳、腰の辺りまで伸ばした漆黒の髪。
腰には大小異なる二本の剣を持ち、緑色の軍服のような服装に身を包んでいる。
胸はあまり大きくはないが、可愛らしさよりも美しさを見る者に感じさせる少女だ。
少女がいるのは森の中でも、拓けた広場のような場所だ。
周囲の木々がまるで祭壇のように配置されており、この辺りでマナが最も集う場所と言われている。
彼女はそこに魔法陣を描き、その中心で祈るように手を重ねている。
「其は英霊、其は魔を払うもの、其は我が剣にして我が盾。」
少女の周囲を莫大な量のマナが包み、長い黒髪を揺らす。
マナ同士が共鳴し、鈴のような涼しげな音を響かせる。
その姿はまるで一枚の絵画のようですらある。
「理を用いて我は乞う、出でよ英霊、汝が力は我がために」
次の瞬間、マナによって辺りが眩く輝き、少女は契約の成功を確信する。
追手はすぐそこまで迫っている。
だが、ここまでくればもう大丈夫だ。
召喚さえできれば、後はどうとでもなる。
「これで、みんなを助けられる」
(……俺は――にお前をを護――――――な。)
「えっ?」
その瞬間、
少女には何者かの声が聞こえた気がした。
しかし、召喚が完了するにはまだ早い。
きっと気のせいだろう。
少女はそう判断し、召喚の儀式を続ける。
そうして召喚光が収束し、一際強く輝く。
――召喚の成功だ。
だが、
「……どうして」
召喚が終了し、光が消えた時には、
少女が望んだ物はそこにはなく、ただ森があるだけだった。
「こっちだ! 召喚光がしたぞ!」
「まずい、逃げなきゃ」
背後からは追手の声、少女は呆然とする暇もなく、前へと走り出した。