第46話 役者のために幕は上がる
空から落ちる紅色が敵を貫くと、火矢は絶え間なく降り注ぐ雨へと変わる。一分間の紅いスコールは景色を揺らして、淡々と敵を殲滅していった。
赤から、白、黒、灰色。
燃える灰は熱気に誘われ立ち上り、地上の誰もが空を見上げる。
空には紅き英雄の姿があった。
奪われた瞳に映る姿は小さくとも、煌々と照る緋色の髪色だけは彼女の存在を主張して止まない。
「えー、テステス。魔法石のテスト」
そっと、愛嬌のある声が魔法石にのる。先の悪夢が嘘であったかのような明るい声に、春祭りの活気が静かに戻ってくる。
「イエーイ。みんな見てるー!」
見計らい、空を彩る花火が打ち上がる。最高潮に達した興奮は爆発を起こした。揺れる足元。震える空気。その全ては、ただ一人を賞賛するものだった。
「何ですか……あの人」
唖然とする命の問いかけは届かない。声は飲まれるか、掻き消えるかだ。目を合わせるリッカも無駄を悟ると、手錠を引くことで命と示し合わせた。
二人は、逃げるように十字路の端へと避難した。
「ったく、騒ぎ過ぎなんだよ。空から火の雨が降っただけだろ」
「わー、初めて聞く天気模様です」
耐火性の傘なんて持ち合わせたことも、ましてや購入を考えたことすらない。その命なりの冗談も、今はリッカに届かなかった。
「確かに魔力の浸透範囲は広範囲だし、操作限界も図抜けているのはわかる」
――いや、それ以上に成形速度か。あの数を同時にこなしてみせる速さか。それもだが、弾速が何より光るな。あの高速黙唱も認めざるを得ない。
(出た。魔法少女オタクモード――ッ!)
一歩距離を置こうとした命だが、あいにく手錠に阻まれた。
――浸透と成形を維持するのも凄い。相反する要素を混ぜ合わせる親和性。あの魔力操作は天性のものと言わざるを得ない。火属性でありながら【槍】や【矢】を主体とする、その異色のスタイルはまさにむにゃむにゃ。うんたらかんたら、オクタヴィアヌス。すったもんだで、ドンドコドーン。
「ええ、そうですね」
命は笑顔で聞き流した。興味ないから。
昨日、保健室に付き添ったときにも、同じような話を延々と聞かされていた。
「でも、カーチェはもっと凄い!」
リッカの誇らしげな顔に、命は頬を緩ませる。少し気難しく大人びた少女のものではない。そのまぶしい笑顔は、歳相応の少女のものだった。
「良いのですか。こんなところで立ち止まっていて」
「そうだ。そんな場合じゃねえ」
我に返ってハッとするリッカは、慌てて右へ左へ顔をふる。命はその様子を、クスクス笑いながら見た。
「落ち着いて下さいよ」
一刻一秒を争う事態はもう過ぎたのだ。命のなかにはある種の予感があった。予想通り、胸ポケットが淡い光を放つ。
「もしもし」
『繋がらねえよ』
「電波悪いもので」
『それ関係ねえよ』
開口一番の言葉は恨み言だった。魔力妨害で通話が繋がらないため、マグナは要らぬ心配まで背負っていたのだ。
『まあ良い。無事なのか』
「リッカのおかげで何とか」
「けっ。何があたしのおかげだ」
リッカは感謝から顔を背ける。
「これで主役面したら恥かくだけだ」
『うはは。面白い見世物だっただろ。パンフレット開いてみろよ』
命はその言葉に従って八つ折りのパンフレットを開く。ひょいと横から覗き込むリッカと一緒に、タイムスケジュール欄を目で追った。
「……15:00開演、マグリア空中ショー」
ポカンとした表情で命が読み上げる。
炎が空を彩る世紀のイリュージョン。
と、銘打たれた春祭りの目玉イベントであった。
『ごめんなさああああああああああああああああい~~っ!』
今日一番の主役と汚れ役を担う、マグリアの謝罪が王都中へと響き渡る。運営側に不手際があった胸をアナウンスすると、見物人も黙っていなかった。
「ふざけんじゃねえ」「責任者出しなさいよ」と、態度を一転して空の英雄へ罵詈雑言の集中砲火が飛んでいった。
「それでも愛してる」などといった意見もチラホラ上がったが、さすがに非難の声の方が大きかったようだ。
『私もみんな愛してるううううううううううううう』
愛嬌とアイドル性で凌ぐマグリアだが、当分地面には降りて来られそうにない。完全なるスケープゴート役であった。ひーん、と泣き叫ぶ声が同情を誘う。
『これにて一件落着だな』
「……鬼ですか、貴方は」
『仕方ないだろ』
誰かが泥を被らなければいけない状況で、"王宮騎士団"が泥を一切被る気ないとなれば、消去法で選択は限られていた。
最終的には"鐘鳴りの乙女"の隊長であるヘイトレッドとの交渉に成功したものの、これで全てが円満終了とは言いがたかった。
『ひいいいい。だからごめんってば。許してよ』
マグリアの実力は若手でもピカイチだ。
実力、愛嬌、アイドル性、そのどれをとっても非の打ち所がない。ただその若さゆえ、政治的手腕に欠けるのが玉に瑕だった。
これは、事後処理はひどいことになりそうだ。良いように交渉役にあてがわれたマグナにしてみれば否が応でもため息がこぼれる。
「落ち込むのは手前の勝手だが、大事なこと忘れてないよな」
『ああ、姫さまのことなら心配するな。アシュロンがきちんと確保した』
(誰ですか、アシュロンって)
命の表情を読み取り、リッカが補足説明を入れる。
「アシュロンは……"王宮騎士団"の一員だな。昨年ただ一人"選定会"を勝ち抜いた魔法少女なんだが、不作時代の昇格者として軽視されがちだがな。若手で火属性という類似点もあって、マグリアと比べられるのも仕方がないが、しかしだ、アシュロンには――」
「マグナ先生。私たちの役目は終わりですか」
『おう。悪かったな』
熱弁を振るうリッカを放っておき、命はマグナと会話を進める。実はアシュロンが【烏】を撃ち落としていたなど、大多数が知らない。
レイア姫を誘拐されたことも表沙汰にならない今、アシュロンは説明責任役としてペコペコ回っていた。人知れず苦労を買っているのだが、ただ話中に上がらないだけである。
「すみません。あまりお役に立てずに」
『なに。第一報をもらえただけでも助かりものさ』
(まあ、初めから期待値が低かったのでしょう)
あれは一介の学生の手に終えるものではなかった。魔法少女投入は規定路線だったのだろう。命はそう判断して深くは考えなかった。
『あっ、そうそう。手錠の件だけど』
「まだ繋がっていますけど、どうかしましたか」
『なしつけておいたから、城に行け』
命の手錠については、マグナがクトロワから了承を得ていた。レイア姫が逃走したのが原因ということもあって、話はあっさりと付いた。
「白亜の城? 警備会館ではなくて」
『お上の判断だ』
「……ああ、なるほど」
明日の成人の儀に控えて、レイア姫は部屋でスピーチの練習に励んでいる。誘拐になど遭う筈がないのだ――そういうシナリオが出来上がっているのだろう。
「大体の理由はわかりました」
『悪いな。これが公僕の限界だ』
「謝らないで下さいよ」
大事があるなか小事にも手を回す。その気遣いだけでも十分過ぎると、命はマグナへ感謝を述べておいた。
『それじゃあ、早めに帰れよ』
「ええ。問題ごとを片付けたら」
『なんだ、まだあるのかよ。このトラブルメーカー』
命も否定できないので笑って誤魔化した。
『一応聞いてやるかよ。言ってみろ』
「茜……いえ、根木さんと那須さんが迷子で」
この騒動に飲まれがちだが、命にとっては一大事だ。二人とも転けて怪我でもしていないかと、内心ではそわそわとしていた。
『ふーん。迷子ねえ』
マグナの声色はどこまでも平坦だ。
『オーケー。伝えておく』
それが最後の一言になった。
「終わったか」
「ええ」
隣ではリッカが退屈そうにしていた。折れた腕と繋いだ腕では腕組みはおろか、読書すらできず妙に落ち着きがない。
二人は十字通りを北上し、白亜の城がそびえる2区を目指すことにした。
◆
十字通りの最北端に存在する2区は格調高い建物が並ぶこともあってか、春祭りとはまた違った華やかさがあった。
「ここはまた雰囲気が違いますねえ」
「白亜の城の足元だから、そりゃあな」
高級住宅街、公的機関が居並ぶ2区は他に比べて修繕の頻度も高いこともあり、煉瓦造りの街並みにも古めかしさは感じさせない。
「綺麗ですが、少し風情には欠けますねえ」
「まあ、あたしも7区あたりの雰囲気の方が好きだな」
リッカの意見に命も同意した。一人の黒髪の散歩乙女としては、7区のあの古びた迷路造りの方が食指を動かされるのであった。
「今度は何もないときに、来たいものですねえ」
騒動はもちろん、春祭りすらない、セントフィリアの住民が暮らす街。その空気に触れてみたい、と命は思う。
「なんなら、今度案内してやるよ」
「本当ですか。ぜひお願いします!
「いこう」「やめよう」の花遊びを繰り返し、乙女リッカが零した勇気の一滴であるが、浮かれる命はそんなことには全く気づいてなかった。
「ああ、あの職人街を回るのは楽しそうですねえ。茜ちゃんや那須ちゃんもきっと大喜びでしょう」
「……デコ助と座敷わらしも一緒か」
「どうかしましたか」
別に、とリッカはそっぽを向いた。
火矢が降る天気模様だけではなく、黒髪の乙女は秋の空模様も知らないようであった。ただどこか機嫌が悪そうなことだけはわかるのか、命はポケットから飴玉を取り出した。
「えっと。飴食べますか」
「ありがとよ」
飴玉は一秒で噛み砕かれた。
呆気にとられる命を無視して、リッカの歩幅を広げていく。
「ちょっと、だから早いですって」
「……短足」
「何ですか急に!」
手前が何なんだよ、と叫びたい衝動も表に出せず、リッカは悶々としていた。手錠で繋ぐ距離と違って心の距離はまだ遠い。寄り添ったり、離れたりを繰り返しながら、命とリッカは歩いた。
春祭りの騒動はもう終わったものだ、と。
地続きに迫り来る問題の気配も知らず。
「――止まれ、そこの二人」
凛然とした声色は強制力を伴う。
桃色の長髪を風に揺らしながら、薄手の鎧を身に纏う女騎士は佇む。
その姿を、魔法少女オタクであるリッカが知らない筈がなかった。
広がっていく瞳孔を彩るのは興奮や尊敬、憧憬の色ではない。嫌悪と恐怖が翡翠の瞳を震わせた。
「何の用だ、手前」
命が口を挟む暇すらなかった。
「お前たちを連行する」
"王宮騎士団"の誇る天才魔法少女――ハイルフォン=ローズは、宣言を終えると実力で訴えかけた。
◆
疑わしき黒髪はひっ捕らえろの理念の下、ローズは2区~5区間を中心に歩き回っていた。
背丈と髪色が近しい者を見つけては声をかけるが、結局、成果に結びつかなかった。むしろ声をかけられて光栄とばかりに、尻尾を振られる始末だった。
またもハズレを捕まえさせられて、苛立っていたときのことだった。鳴動する魔法石を反射的に取った。
「何の用だ」
『おっつー』
クトロワの軽い声。わずかに苛立ちが募る。
『大方片付いたから、その報告かな』
「他者の手を借りるとは、恥知らずが」
同時刻。2区で式紙を粉砕していたローズも、空から無数の赤い星が降り注ぐ光景は当然見ていた。
「ましてや"鐘鳴りの乙女"などのな」
『怒るなよ、ローズ。怒りジワがつくぞ』
「私は何も聞いていない」
マグリアが空から出陣するなど、ローズは全く知らなかった。
『だって、言ったらローズが出張るもの』
「当たり前だ。あれぐらいの芸当は私もできる」
『一応聞いておくが、頭は下げられるか』
「なぜ私が頭を下げる必要がある。そんなことはアシュロンにでもやらせろ」
不遜な部下の態度に、クトロワは笑う。
『まあ済んだことは仕方ないだろ』
「そうだな。私と貴様の間に禍根が増えただけだ」
『いやあ。愛される身は辛いねえ』
「……隊長の座から引き摺り下ろすぞ、ド低能」
『未熟者にはまだ譲れないな』とクトロワは心底愉快そうに流した。煽り合いで張り合うのは不毛だと、ローズは会話の方向性を戻す。
「当然、奴は捕獲したんだよな」
『もちのろん。さっきローズが軽視したアシュロンがきっちり捕獲してきたぞ。あれあれ、これはどういうことかな?』
ローズが漏らしたぐうの音を聞くと、クトロワは追撃の手を緩めなかった。些か上を甘く見る嫌いがあるローズを教育する意味合いもある。
『ねえねえ今どんな気持ち? あれだけ格好付けて外に出て、馬鹿にしたアシュロンにすら後れを取ったローズはさあ』
――ねえねえ今どんな気持ち?
繰り返す。苛立ちのリズム。
『……好きにやっていいんだな』
続く。腹ただしいモノマネ。
『プークスクス』
びきり、とローズの魔法石がひび割れた。もし殺意で通話相手が殺せるのであれば、クトロワは一欠片も残存していないだろう。
通話を叩き切りたい衝動に駆られるも、まだ確認事項があった。
「……犯人は捕まえたのか」
『言っただろ。大方ってな』
その言葉ぶりでローズは理解する。
「まだ見つからないのか、あの黒髪は」
『いや、その一件はもう追う必要はない』
レイア姫のコピー元の差別化は完了した。マグナの教え子は無罪だ。後は王城で手錠を外すだけである。
「ちょっと待て。見逃すというのか」
必死に。ローズはクトロワを追及した。
空から舞い落ちた【式紙】は【式神】の一種だ。実行犯が東洋魔術師である可能性が濃厚な今、一番疑わしきは間違いなく命だった。
『ローズ』
たしなめるように、クトロワは名前を呼ぶ。
『あれは単なる偶然だよ』
「……ッ!」
疑わしきを疑わず。下らない政治の匂いがローズの鼻をつく。権力構造のなかに置くその身は、知らず怒りで震えた。
「身の丈近き女が偶然選ばれただけか」
静かに、ローズは口内に火を燃やす。
「お前はそう言うのか」
『そうだ』
返答は短く、有無を言わせない。
二人の通話はここで物理的に終わる。
煌めく魔法石の欠片が地面へと落ちた。
「お前が言った以上、責任は持てよ」
割り切れない想いが騎士にはある。粉々に砕かねば気が済まぬ敵がいる。
「私は好きに動くぞ」
――疑わしき銀髪は罰せよ。
新たな理念を胸に騎士は往く。
◆
大通りの人波は左右に割れる。
ローズの猛る炎が走った先には、目を丸くする標的の姿があった。
「銀髪が……小賢しい真似を」
(あれは人を刺し殺す類の視線!)
熱視線を注がれる命は身を震わせる。
先の一幕にしたって、命が一人だった場合、為す術もなくこんがり乙女が出来上がっているところだった。
「……何の真似だよ。おい」
迫る炎を吹き流したリッカは、鷹の目を鋭くして睨めつける。
「言ったはずだ。連行するとな」
ほのかに風に乗る戦意を読み取ると、命は慌てて無罪を主張する。魔法石を取り出して猛アピールした。
「ちょっと待って下さい。私の無実は」
――マグナ先生が。
と、言葉はそこまで続かなかった。
【火の矢】に貫かれた魔法石が砕ける。背中に寒気が走り、微笑は凍った。
「御託はいい。今この場において大事なのは」
戦意の火は、ばさりと羽根を広げて鳥となる。
「――貴様が疑わしいか、どうかだけだ」
【火の鳥】の翼が、空を切り裂き滑空した。
二人の耳元に風切音と燃焼音が迫り、
【圧迫】
数瞬後には、一羽残らず風の重力が押し潰した。
「通るかよ。んなもの」
翠の魔力は色を無くして空気に溶ける。薄めて広げて、己の領域を確保した。
「そのわけわからねえ理屈も」
ローズの前方に列成す【火の鳥】が翼を広げる。順々に出立準備を終えた【火の鳥】は飛び立ち、そして例外なく全てが地に落とされた。
「――手前の魔法もな」
リッカの裂けた口元からのぞく獰猛な歯が光る。
話が通じぬなら、それ相応の準備がある。
「翠の風見鶏が。邪魔をしてくれるなよ」
「何ハッピーな勘違いしてやがる」
リッカは思い上がる正義を訂正する。
「あたしたちが邪魔なんじゃねえ、手前があたしたちの邪魔なんだよ」
「そうです。力には屈しませんよ!」
便乗して安全圏から命も吠えておく。リッカの横顔が心なし冷めていたので、命は咳払いを一つして、気を引き締めた。
「こほん……ともかくです」
全身全霊を込めて命は訴える。
「私たちに、やましいところはありません。もし白亜の城までエスコートするなら、深窓の令嬢を扱うように丁寧にお願いします!」
びしっと指差す命に、リッカは小声で言う。
「……全身全霊で嘘ついたな、手前」
「えっ? なにそれ命わかんない」
リッカは呆れ果てるも追求はなしだ。今は漫談を繰り広げている余裕などない。怒りに震える敵はあまりに強大すぎる。
「……エスコートだと。ふざけるな」
無尽蔵に増える【火の鳥】の羽ばたきが重なる。轟々と酸素を燃やし、ばさばさと空気を叩いた。
「通ると思うなよ、罪人風情が――ッ!」
舞い飛ぶ【火の鳥】、吹き付ける風。
激しい攻防は、否が応でも人の目を惹きつける。次第に増えるギャラリーは、人垣をつくっていた。
「リッシュだ。リッシュ=ウィーンだ」
白銀の髪を後ろで束ねる命の姿は、奇しくも災厄の象徴の姿と重なり、
「セレナ様だ。私たちのセレナさまだわ」
ローズが桃髪を揺らす様は、奇しくも王国の象徴の姿と重なった。
先の派手なマグリアの見世物もあり、それを王国に伝わる伝統的な演劇と、ギャラリーは信じて見惚れていた。
この王国に根付いて消えることない禍根。リッシュとセレナの盟友戦争が、時を越えて再現されたかのような構図だった。
「――さようなら。私の愛した者よ」
誰かがつぶやく声が風に乗った。
「――貴方に逢えたことに感謝する」
脚本をなぞるような言葉が続く。永遠に語り継がれるその言葉は、伝統演劇の終盤を告げる言葉だ。
「ならあたしは、アネロイの配役でも貰おうか」
「それはいい。私に屠られる末路がよく似合いそうだ」
下手に大事にするならば見世物で良い。この時ばかりは互いの意見は重ね合わせ、リッカとローズは壇上へと足を上げた。
一人困惑する命にリッカは耳打ちをする。
その台詞を言え、と半ば強制するような命令だった。
「ああ。さらばだ私の愛した者よ」と命が言う。
およそ六〇〇年の時を経て、因縁は再燃する。
リッシュの台詞を合図に、白昼の大立ち回りの幕が上がった。
◆NGカットシーン1
ぶるり、とエメロットは背筋を震わせた。
「なんだか銀髪を目の敵にする騎士に襲われる予感をひしひしと感じます」
「……なんですの、その具体的な予感」
従者の勧めで、お嬢さまは帰路についた。
◆NGカットシーン2
「やったよ。お母さん私やったよ」
アシュロン、会心の怪我の功名だった。
盗人が2区にいるという嘘情報に踊らされこそしたが、最終的にはレイア姫を助ける偉業を成し遂げたのだ。
メガネ、メガネと軽視され続けること一年。
初めて上げた成果に感慨もひとしおだ。
『アシュロン、テラおっつー』
「クトロワ隊長、お疲れさまです」
『良い仕事してくれるじゃない』
「はっ。こ、光栄であります!」
魔法石に乗る声も浮かれてしまう。
新しい私デビューの瞬間は間近だ。
もう眼鏡は止めてコンタクトにする、鼻息荒く意気込む彼女であったが、
『でも、ごめんな』
嫌な予感に赤縁メガネが曇った。
『それ査定対象にならんのよ』
レイア姫脱走は上にも秘密の汚れ仕事だ。
アシュロンは無駄に良い働きをしただけだった。
『ごめりんこ☆』
あは、あはは。と乾いた笑い声が出る。
『あと悪いけど事後処理も頼むわ』
「な、何ですかそれ。何ですかそれ」
『説明責任役を君には贈呈するぜ』
人知れず、赤縁メガネはパリンと割れる。
◆NGカットシーン3
菓子屋ルバートは奇妙な緊張感に包まれる。
「ご、ご注文は」
ワルウだ。ワルウだ。と、店内はざわつく。
風変わりな魔法少女として悪目立ちしていたが、ワルウは泰然としてレジ前に立っていた。
「友の声がする方へ」とか阿呆なことを抜かしてルバートが抜けた影響で、クルトが立つレジ前。メニュー表に目を落とすワルウは無言だった。
基本的に寡黙な騎士団員と知られるワルウ。
その彼女が何を注文するのか、注目が集まる。
黙考すること一分。重い唇が持ち上がった。
「グランデダークモカチップアドジェリーエクストラホイップクラッシュマロン――クレープ三つ下さい」
ワルウは袋を下げて帰っていた。




