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魔法少女の狭き門  作者: 朝間 夕太郎
旅立ち編
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第1話 神社の魔法使い

 ーーこの世界に女性の魔法少女は存在しても、男性の魔法使いは存在しない。


 小冊子に書かれたその一文を読んだ八坂(やさか)(みこと)は愕然とした。

 この文章が真っ赤な嘘だと知っている。いや嘘であってくれなければ困る。

 唐突に告げられた事実は飲み込めず、ただただ混乱を招くばかりだ。


 命は疑問を声にして絞り出す。


「では……私は何だと言うのですか、お父さん」


 八坂命は魔法が使える男性、魔法世界における禁忌の存在だった。




     ◆




 命の実家である八坂神社は、百段近い石段を登った先にある。

 鎮守の森に囲まれたそこは自然と調和する場所だ。冬場の澄んだ空気を肌で感じながら、命は境内を竹箒で掃いていた。


 つい五分前まではそうだった。


「好きです。付き合ってください」


 命は手に持っていた竹箒を止めた。

 早朝から石段を登ってきたのは参拝客ではなく、見目麗しき者に恋心を寄せる挑戦者のようだ。後に控える高校受験という一大イベントが背中を押すのか、こうして命が告白を受けるも今日で三度目だった。


「あの、お気持ちは嬉しいのですが、ごめんなさい」


 恭しく頭を下げる。男子中学生の目には涙が滲んでいた。

 命は罪悪感を覚えるものの応えようがない。何せ相手は同性なのだ。


「……いえ、振られてスッキリしました。これで心置きなく受験にのぞめます」

「あっ、でしたら合格祈願のお守りはいかがでしょうか。もしくは縁結びのお守りもありますが」


 チャレンジャーは泣きながら石段を下っていった。

 命は早朝からお守りを勧めているのだが、未だに購入者は現れない。


(うーん、売り方が悪いのですかねえ)


 儲からない非課税法人の家計を気にしていると、入れ替わりで石段を上がってくる大男の姿がみえた。本日四人目ではなく、命の見知った顔だ。


「鬼かテメエは」

「私への間違った恋心を忘れて、うちの家計も潤う。一石二鳥だと思うのですが」

「……悪魔かテメエは」


 眉間にシワを寄せる男の名は、横瀬(よこせ)玖馬きゅうま。中学生にして身長は180cm越え。生来の悪人面も相まって非常に見た目がよろしくないが、これでも一時期よりは改善された方だった。


 鳥居前で一礼してから石畳の端を通る玖馬を、命は満足気に眺めていた。


「うんうん。私の教育の賜物ですね」

「うるせえ! 身体が勝手に動くだけだ」


 手水舎(ちょうずや)で両手を清める玖馬は、他の人が見ればきっと不気味な大男に映っただろう。手を洗う順番から柄杓の使い方まで、彼の作法には何一つ間違いがなかった。


「受験前に参拝ですか」

「まあな」


 と、口では言うものの参拝はオマケみたいなものだ。進学校への受験を控えた玖馬は、勉強の世話になった命の元へ顔を出しに来ていた。


「あの不良がこんな好青年に更生するなんて、感慨深いものがありますねえ」

「ありがとよ。テメエがボコしてくれたおかげだよ」

「うーん……やっぱり口が悪い」


 命はそっと目をそらす。人の容姿をあげつらい、最初に喧嘩を吹っかけてきたのは玖馬の方である。最終的には結果オーライだし問題ないだろう、とポジティブに考えた。


「それで、受かりそうですか?」

「喧嘩と同じだな。こればかりは、やってみなくちゃわかんねえ」


 玖馬は神妙な面持ちで賽銭を入れる。二礼二拍手一礼したのち、両手を合わせて十秒ほど祈っていた。


「うっし、行くか」

「もう行くのですか。お茶ぐらいなら出しますよ」

「んな暇あるか。これから受験会場に先入りして、周りの空気に慣れとく必要があんだよ」


 そう言われては引き止めるわけにもいかない。ただ心配なので、命は念のために確認だけはしておく。


「受験票は持ちましたか?」

「当たり前だ。ガキ扱いすんじゃねえ」

「鉛筆と消しゴムは?」

「だから持ってるよ。マークシート用の塗りつぶしやすいやつもな」

「では、お守りは?」

「……俺に売る気か」


「冗談ですよ」と微笑んでから、命は合格祈願のお守りを手渡した。


「餞別です。私の手づくりなので、きっと市販のものよりご利益ありますよ」

「受からないと呪われそうなお守りだな」

「ええ、それはそれはとても気持ちが篭っていますから。呪われたくなかったら、いい報告を持ってくることですね」

「おうよ、任せとけ」


 力強く腕を上げながら、玖馬は八坂神社を後にした。頼もしい背中を見ることができて、彼の家庭教師だった命も一安心だ。これで一つ心配事が減った。後は自分の問題だけである。


「さてと、私はどうしたものですかねえ」


 自分の進路は大丈夫なのか、と推薦入学の命は考える。


 世界で唯一の魔法使い育成施設――セントフィリア学院。

 そこが命の進学先だと、確かに両親からはそう聞かされていた。




     ◆




 神社の周辺に広がる雑木林。

 寒々しい木々に囲まれたなかで、命は白い息を吐く。

 人気がないここは、魔法の特訓をするにはうってつけの場所だ。

 

(まずは箒)


 枯れ木にかけられた箒がひとりでに動き出す。

 

 命が使える四つの魔法の内の一つ――物を動かす魔法。


 糸で釣ったように箒を引き寄せる。命は流れるように箒に跨ると、わずかに高度を上げて低空飛行に移った。


 二つ目の魔法――箒で空を飛ぶ魔法。


 点在する木々をかわし飛び続けていると、枝にくくった霞的(かすみまと)が近づいてくる。白黒の渦を巻くターゲットを捉え、命は魔力を込める。手の先から漏れた黒い(もや)が成形され、球形になると同時に的めがけて飛んだ。


 三つ目の魔法――黒い靄を飛ばす魔法。


 霞的が破れる音を背に、曲がりくねったコースを箒で翔けていく。いくつも現れる霞的を射抜いていく姿は、まさに流鏑馬のそれだ。

 二つ、三つと順調に的を射抜いていく命だが、一つだけ打ち損ねた。

 的の間隔が短いため、弾の装填が間に合わなかったのだ。


(おっと)


 命はポケットからおはじきを取り出すと、親指で斜め後ろに弾いた。

 回転するおはじきは白い毛玉となり、肥大化する。やがて白い犬となったおはじきは、取りこぼした的へと時速100km超で駆け抜けた。


 四つ目の魔法――犬の式神を出す魔法。


 白い犬が的に穴を開けるのと、命が最後の的を射抜くのは同時だった。そのまま空を翔けた命は、ゴールイン。気持ち良く白いテープを切って落とした。


「お見事」


 そう言って拍手を送ったのは、命の母親だった。


「久々だったのですが、まずまずですかね」

「そうね。強いて言えば、犬の式神は使わない方が良かったわね」

「うーん、さすがに元魔法少女は手厳しい」


 帰ってきた犬の頭を撫でながら、命は苦笑する。


 命の母親――八坂(やさか)かえでは元魔法少女であり、彼がこれから通う進学先の卒業生、いわば元魔法少女である。普段は禁則事項にあたるため魔法の使い方を教えてくれない母だが、今日に限って命に特訓の話を持ちかけてきた。


「それにしても一体どういう風の吹き回しですか?」

「うーん、何て言うのかしら。息子の成長を確かめたい気分だったのよね」

「それで評価のほどは?」

「ちょっと甘いけど、合格をあげましょう」


 両腕で大きな丸を作ると母親は微笑む。一先ずは追試がなかったことを知り、命は胸をなでおろした。


「でも、そうするとこれが余っちゃうのよね」

「この一ヶ月間で使い切りますから大丈夫です!」


 大量に用意された霞的を見て、命は力強く言った。

 おっとりとしているようで母親は厳しい人である。

 何かの拍子で合格が取り消しになった場合、日が暮れるまでこの流鏑馬を繰り返す羽目になるのは目に見えていた。


「あら、命は頑張り屋なのね。私はもう片付けちゃおうと思ったのに、後一ヶ月間弱の間に、これまでこなしちゃうつもりなのね」

「……これまで?」


 何やら不穏な空気を感じるも、母親は疑問に答えることなく続けた。


「ともかく、これで私の試練は終了です」

「あの、これまでとは」

「自室でお父さんが待ちかねています」

「ですから、これまでとは」

「続くは父の試練! 腹を割ったお話の時間よ」


 母親の頑固さと狡さはよく知るところだった。この様な大人にはなるまい、と命はため息をついて追及を止めた。


「……わかりましたよ。お父さんの部屋に行けば良いのですね」

「あら、命ってば話がわかる子。さすがは私の息子だわ」


 もはや何を言っても無駄である。元より母親は自分を美魔女と言って憚らない人物なのだ。

 あきらめた命は、境内奥にある自宅に向かうことにした。


「ああ、命」

「今度は何ですか」

「とにかく気を確かにね。深呼吸をして落ち着くのよ」


 それを大袈裟な台詞だと笑えない命がいた。母親には、話しにくいことはいつも父親に代弁させる癖があるのだ。


(あまり聞きたくない話ですかねえ)


 多少の警戒心があっても、のんきに雑木林を歩く命は知らなかった。それが『あまり』などという言葉で片付けられる話でないことを。


 まさか自分の進学先が魔法使い育成施設でなく、魔法少女育成施設だなんて、このときの命は夢にも思っていなかった。

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