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これが私の姪探偵  作者: 蒼乃 鳥兎
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十一月二十六日 午後十二時二十六分

十一月二十七日。

あの日のことはよく覚えている。というよりもあの日のことを忘れることが出来ない私がいる。

基本的に思い出なんてものを大事にしない私にとって、過去の記憶をまるで宝物のように覚えているなど無意味だし不要だと思うのだが、この日だけは違うのだ。

この日だけは誰かにとって意味のあるもので、私にとっても多分必要なものだと思う。

しかし、これを語るには、まず記憶とは何だというわけだが、それは簡単に言えばパソコンの上書き保存のみが人に搭載されているのとなんら変わりはしないだろう。残念ながら人間の脳など高性能で多機能な機械には劣るし、事細かに鮮明な記憶などあるわけがない。ましてや、十年前の記憶をいつ、どこで、だれが、何をしていたかなんてものを正確に掘り下げて堀当てるなど不可能だ。記憶は時を重ねるたびに鮮度を落とし、色褪せていくのがむしろ至極当たり前なのだから。

だからこそ、人の記憶など上書きという例えであっているといえよう。

過去を積み重ねて生きていく人間は、前に進むだけ後には記憶だけが連続して生産されていく。

それは人として恥じることなど全くなく、むしろそれは確実に前に進めているのだと自分を誇らしく思うべきだろう。

しかし、これはあくまでも日の当たる場所に常に身を投じている人間の話であって、必ずしも、前に進んだからといって後に生産された記憶が素晴らしいものではなく、どこまでも日陰に放置したままの記憶なら、それはきっとその生産された人間にとっては陰惨なものなのだろう。

これから話すのは、そういった過去の記憶を忘れられずに前を進んでいった人間達の話であって、そこには救いなどなかったし、どこまでも日陰の底で横たわるような悲劇でしかないものだ。

いや、悲劇などとうの過去に過ぎ去ってしまったのかもしれないし、今もまだ誰かの心に陰を射しているのかもしれない。

だからこそ私は思うのだ。記憶など無意味だし不要なのだと……。



十一月二十六日。

この日は私の姪であり、相棒の保志巻 雫 : ほしまき しずくの誕生日前日というのもあり、彼女の母である百恵 : ももえさんも、昼間の内からそわそわと落ち着かない様子で四畳ほどの台所でコーヒーを淹れる準備をしていた。


「百恵さん。そんなにいても明日の主役は雫ちゃんなんだから、少しは落ち着きなって」


今年で三八歳を迎えた私の一つ年上の人生の先輩である百恵さんなのだが、どうにも自分より歳をくっているとは思えないほど幼く見える。いや、むしろ、幼く見えるのが当然なくらいの童顔で、現役女子高生のの雫ちゃんと並んだら、姉妹と言ってもおかしくない。さらにいえば、この間雫ちゃんの同級生の男の子に街中でナンパされたという出来事もあった。

そんな一見世の中を知らないお嬢様みたいな百恵さんとは高校時代の先輩後輩の関係であったが、今では立派な一児の母と甲斐性なしの義弟の関係である。

というのも、私には年子の兄がいて、その兄と百恵さんが大学在学中に今で言う出来婚をしたことで私と百恵さんは義兄弟になったわけなのだが、こう毎日毎日彼女の行動を見ていると一体どちらが年上なのかわからなくなる。

私はそんなことを思いながら呆れた顔で、大事な娘の十七歳の誕生日を盛大に祝おうとするも、まったく作業がはかどらない百恵さんをソファの背もたれに肘をついて見ていた。


「ああん、もう!そんなこと言う暇があるなら紳士さんも準備手伝って下さい!」


「俺は駄目ですよ。だって兄貴と違って不器用だし、それに俺は百恵さんのコーヒーを飲むまで、ここを動きませんよ」


明らかに不機嫌そうな顔を窺わせる百恵さんだが、いちいち両手をばたばたと動かしながら頬を膨らます仕草は最早幼女のようで、私はつい悪戯っぽいことを言ってみると、彼女はさらにオーバーに眉をひそませ、こちらを睨んできた。


「……居候のくせに」


「ぐっ……。それを言われると」


そうなのだ。私はこの一軒家の主である兄に土下座までして頼み込み、五年程前から百恵さん家族の厄介になっている。

無論、兄の命令にはある程度聞かなければならないし、今回みたいな行事もできるだけ参加をするようにと百恵さんから言われてはいるが、なんせ三八歳の私も流石に仕事がある身であり、ことあるごとにこの家族の都合に振り回されるわけにはいかないのだ。


「悪いんですけど、今日は午後から仕事が入っているもんで。夜はいつ帰ってくるのかわからないし、俺も色々と忙しいんですよ」


「ふ~ん。そうですか。ならいいです。こうなったら紳士さんのコーヒーは今回限りで作るのは止めますからね!」


ふんっ、と小さく鼻を鳴らした百恵さんは小生意気な態度でこちらを見てくるが、私としては今回だけは珈琲を淹れてくれるのだと思うと痛くも痒くもない。むしろ、自分の用事を蔑ろにされといて、こちらの用事については何もケチをつけない辺りが何とも彼女の天然ぶりが露呈されているなと思いながら、私はなに食わぬ顔で百恵さんが淹れてくれるのを待った。




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