第五話 オニキスドラゴンとドラグリア
目が覚めると霞ヶ丘高校の保健室だった。
体中がズキズキと痛む。特に椀部、さっきの一撃がどれだけ重くて強いかを思い知る。
「くぅ・・・」
どうやら席を外しているのか、黒龍の少女とセシリアは居ない。
一人ボーッとする。
さっきのことがまるで夢みたいだ。いや、もしかしたら今までが全て夢だったのではなかろうか。
俺は保健室のベッドから起き上がる。
「セシリアー?」
保健室から出てもそこにセシリアは居ない。
これは・・・ガチで夢だったのか?
なら少し寂しい気もするな。けど・・・まぁ、そういう終わり方もいいがッ!?
直後一人で勝手に回想している俺をまたも平手で叩く人がいた。
「誰だ!?」
「忘れたっていうの!? 信じらんない!」
「うー・・・ん? あぁ、さっきの女の子か」
それはさっき黒龍を操っていた少女。
戦うことに夢中で全然気づかなかったけど、かなり美人だ。
黒髪のストレートが雪のように白い肌で際立たされて美しく、瞳も同じく黒、由緒正しき日本人の姿だ。
「えーっと・・・お名前は?」
「黒石菜々香」
「えーっと・・黒石さん? セシリアを見なかった?」
「菜々香でいいわ、セシリアってあの龍?」
「ああ、見当たらないんだが・・・・」
「妾はここじゃぞ!」
ポン。
俺の上着のポケットから軽い爆発音がして、目の前には見たことある美少女。
セシリアだ。
「お前・・なんて所に隠れてるんだよ」
「龍のせいじゃぞ」
「へ? 俺?」
「さきの『龍人憑依』、その対価じゃ」
「ど・・どゆこと?」
「元々龍である妾が龍に憑依したのじゃぞ? 龍の生体反応が無ければ元戻りもできぬじゃろうが」
「え・・・俺死んでたの?」
「あー・・・むぅ、説明が難しい。ともかく妾の意思でこの姿に戻ることはできぬのじゃ」
「??? わかった・・・?」
珍しく歯切れ悪く会話を中断させるセシリア。
俺はすっと後ろに目線を向ける。
そこには相変わらずの姿勢で美少女は立っていた。
「菜々香さん、だよね?」
「菜々香でいいわって言ったでしょ?」
「・・・・菜々香、それじゃ聞きたいんだが」
初対面の女子のファーストネームなんて普通呼べるかよ。
俺は心の中で嘆息しつつ、話を続ける。
「龍族、なんだな?」
「純血な龍族ではないけど、一応龍族ね」
「?」
「人間と龍族の混血なのよ、龍族と龍族の子供が純血な龍族。そんな事も分からないの?」
「むっ・・・」
なんだろ、さっきからこの人メッチャ攻撃姿勢。
何なら目線で人を殺せるレベル。完璧にターゲット俺だろ。
俺が次の句を紡ぐのに戸惑っていると、セシリアが会話に割ってはいる。
「お主・・・まさかとは思うが・・・『宝龍』の使い手ではないかの?」
「ご名答ね、頭も半端じゃなく良いみたいね。どっかのお偉いさん?」
「お生憎様じゃが、妾はドラグリア王国王女じゃ」
「! なぁるほどねぇ・・・」
「お・・おいおい、俺を差し置いて話進めんなよ。置いてけぼり感半端ねぇだろ」
実際置いてけぼりだから何も言えない。
セシリアは「はぁ」と嘆息しながらも、説明してくれた。
「『宝龍』とは、宝石の名を冠する龍達のことじゃ」
「宝石?」
「うむ、ルビー・サファイア・エメラルド・トパーズ・オパール・オニキス・ダイヤモンド・・・・他にも複数の『宝龍』が存在するがの」
「んじゃ・・・黒龍だから・・・オニキスドラゴン、ってとこか?」
「そうじゃ、誠実で強力な火炎攻撃を得意とする龍種じゃな。確か絶滅危惧種ではなかったかのう?」
ってことは何か、絶滅危惧種のピンチを救ったってことでよろしいのかな?
そりゃいいことをしたね。
一人で感慨にふけっていると。
「ふんっ、あんた達なんて出てこなくても勝てたし!」
「あーそうだねーすごいすごーい」
「バカにしてるでしょッ!?」
パチーン。
何故かまたビンタ。何だろう、理不尽な事に今日だけで既に3回もビンタされちゃってるよ。
俺だってさすがに堪忍袋の緒が切れるぞ。
「ていうかなぁ! 助けてもらったんだからお礼くらい言えよッ」
「言うわけないでしょ! バーカバーカ」
「く・・・こんのアマ・・・!!」
だから女子は苦手なんだ。
世に言うツンデレなんて俺デレる前に振ってしまうよ。
俺と菜々香の口論は少し長く続いた。その度に貧困なボキャブラリーから必死に取り出した罵倒言葉で俺を挑発する。
すると、セシリアが見かねて俺達を諌める。
「これこれ、今から協力関係に当たる人物じゃぞ? 少しは仲良くしたらどうじゃ?」
「「協力人物ぅぅ!?」」
「龍、さっき言った同士はこやつじゃぞ」
「な・・・に? バカな、俺の予想では8割方男子として想定していたんだぞ・・・!?」
「2割しか女子の確率ないのかの・・・」
何か残念な人を見る目で見られた。
う・・うるさいっ! 俺だって女子となんか手を組みたくないんだぁ!
それは当然向こうさんもで。
「なにいってんのよアンタ! こんな無神経男と手を組めるはずないでしょぉ!?」
「無神経男とは何だ! このトゲトゲ女が!」
「トゲトゲってなによぉ!」
「お前のその態度だぁぁぁ!」
ポコスカポコスカ。
軽い殴り合いになる。勿論顔は外して腕とか肩とか狙ってるよ。胸とかも外して狙ってるよ。
「やれやれ」と言った感じで肩を竦めるセシリア。
「仕方ないのう、『リターン』」
その言葉が放たれると、周囲は真っ白になった。
真っ白、それ以外に形容できる様はない。東西南北・上下左右、全てが白く、距離の感覚が掴めない。
だが、それも一瞬。
次に目を開くと、そこは緑生い茂る豊かな城下街を眼下に持つ大きな山の麓だ。
「「こ・・・ここは?」」
俺と彼女は声を被せて言葉を発する。
だが、彼女はハッとした表情になり、周囲をよく見わたす。
「まさか・・・ドラグリア王国!?」
「ご名答、お主らを我が王城へ招待しようと思っての」
ホホホ、と笑うセシリア。
だが一方で。
「(おいおい・・冗談じゃねぇぞ、ただでさえ上下関係に疎い俺が王様と会話するとか・・波乱しかねぇだろうがよ!)」
優しい心遣いがすっごく痛いです、セシリアさん。
強引に俺は連れて行かれる。
これから会うであろう、この城の王であり、セシリアの父にあたる、お偉い方の元へと。