第十二話 エンブレムテンペラー
俺は倒れた。
ドラキュラ王を倒した事への安堵か、溜まりに溜まった疲労の爆発か、それは分からない。
けれど、俺はその場に倒れこんだ。
☆☆☆
『医療龍族の診断書』
今捕らえられたばかりのドラキュラ王について。
神崎龍という少年との闘いで敗北したドラキュラ王は捕縛され、傷を癒す為に医療班へと運ばれた。
ドラキュラ王の特異体質により、出血多量という事故はない模様。
しかし、理不尽な点が幾つか。
まず、傷の数が異常である、ということ。
背中には大きな傷跡、これは斬撃によるものであると推測。
そして体の全部位にカッター位の切り傷が細かに幾つも入っている。
数は数え切れない。ドラキュラ王相手で無ければ、即死レベルの傷と判断。
次に、ドラキュラ王の血液について。
吸血族特有の「ブルーブラッド」という青い血液が赤黒く変色していたという事。
医学的解釈からすれば、血液の中の遺伝子を強制的に打ち消す・取り除いたと思われる。
だが、これは実際不可能な作業だ。
これが一般の吸血族であれば可能だが、相手は無限に血液を体内循環と共に生成する能力を持つ。
つまり、この状態を作るのは何か圧倒的なもので歯止めを掛けない限り不可能。
だが、その後の診断結果によると、血液は正常に戻った様子。
推測からして、数分・数時間の遺伝子無効化能力があるとみられる。
ドラキュラ王の血液を採取し、顕微鏡で内容を確認すると。
「ブルーブラッド」の遺伝子内に、複数の龍のような蛇のような細長い何か入り込んでいた。
正常に戻ったと聞き、採取した血液を観察すると。
その得体の知れない何かは消えていた。
以上が今回の診察結果となる。
できるだけ解明に努めたいと思ってはいるが、資料が足りない。
だが、第一の傷の数、という点において、過去に起きた事件でそのケースがあることが判明。
解明出来次第、随時報告をしていきたい。
☆☆☆
「・・・・うぅん・・」
視界が開ける。
そこは豪華な部屋のベッドの上。
それに気づくのに数秒の時間を要した。
「ここはどこだ?」
俺は周囲を見回す。
むにゅ。
見回した際に体の回転と連鎖して動いた手が何かに当たる。
そこにはセシリアの顔。
セシリアの頬に俺の右手がむにゅりと当たっていた。
「うぉわ」
思わず変な声が出る。
そして。
「痛ッ!?」
体中に響く痛み。
形容するならば全身打撲、といったところだろう。全身打撲になったことはないけど。
「む?」
すると俺のベッドに顔を埋める形で眠っていたセシリアが起きる。
超近くにその顔があって、嫌でもドキドキと心臓の鼓動が早くなる。
「お・・おはよ・・」
「起きたのじゃな龍。おはよう」
ニコリと微笑む顔はさながら天使だ。
寝ぼけ眼をこすりつつ、「ふぁ」と欠伸を一つして、セシリアは俺を見据えた。
「大丈夫じゃな龍? 何か変わったことはあるかの?」
「いや・・特にはないかな」
俺は相変わらずの高校生だ。
現状確認を終えると、コンコン、とノックが響く。
「どーぞ?」
「起きたわね」
そこにいたのは菜々香だ。
黒龍はブレスレットの宝石と化している。勿論オニキスだ。
「菜々香か、グラナスさんは? 無事?」
「ええ、エリンもグラナスさんもセシリアも、勿論私も全員目立った外傷は無いわ」
相変わらずの態度だった。
何だよ・・・少しくらい性格丸くなってもいいじゃないかよう・・・。
とか思っていると、菜々香は「ふっ」と優しげに笑った。
「あんたも、当然無事・・よね?」
「まぁ・・・それとなくダメージは負ってるけどな」
無事・・・なのかも。
目立った外傷、という部分は特にないし、これは無事といっていいだろう。
すると、セシリアが真面目な表情をした。
「菜々香、お主も父上から話は聞いておるだろう?」
「ええ、今回の事件が偶発的な事じゃないって事、でしょう?」
「あ・・・? 何言ってるんだ二人共、これはドラキュラ王の画策した侵略行為の一歩だろ? 本人も言ってたんだぞ?」
「そこじゃ、龍」
俺の言葉に被せるようにセシリアは告げた。
「何故ドラキュラ王ともあろう者が、世界征服という目的の踏み台に妾達龍族を選んだのか」
「どういうことだ?」
「龍は知らぬじゃろう、|《神の紋章を持つ帝王》を」
「エンブレムテンペラー?」
「うむ、神族の祖先は神の遺伝子であることは知っているじゃろう。そして神の恩恵を多く受けし者、各神族の中で唯一一人だけが受け継ぐ称号、それが|《神の紋章》じゃ」
「んじゃ・・・龍族にもそのエンブレム?とかいうのを受け継いだ奴がいるのか?」
「そこ、それが問題なのよ」
急に会話に参戦してくる菜々香。
「龍族は恩恵を受け継ぎし者を見つけれていない。つまり、今現在エンブレムテンペラーに龍族の人は居ないの。そして、吸血族のエンブレムテンペラーであるドラキュラが、わざわざ龍族の秘境である『ドラグリア王国』へ攻め入った。説明しなくても分かる?」
ピン、と閃くものがあった。
俺はそれを言葉にする。
「つまり、ついさっき起きたアレは、エンブレムテンペラーを探す為?」
「そういうことよ、けど、問題はこのあとなの」
「?」
「エンブレムテンペラーの真の目的は、自分たち以外の人類を、神族を、根こそぎ根絶して新たな世界を築き上げる事。その礎として、もし見つからなければ、龍族は滅んでいた」
「な・・・?」
けど、矛盾していないだろうか。
エンブレムテンペラーを選出するってことは、その神族のトップを送り出すと同義。
自分の血族をわざわざ売る行為をしてまで、そこまでして加入するものなのか。
俺の考えを察知してか、セシリアが口を開く。
「エンブレムテンペラーのボス、神族の中でも随一の実力を持つ「悪魔族」のルシファー。奴の戯言にテンペラーたちは惑わされておる」
「騙してる、ってこと?」
「そうじゃ、ドラキュラ王以外にも選ばれし奴ら、総勢12名、ドラキュラ王を足して13名が思い思いの理由を提示して、力を合わせておる。勿論、それが後々ルシファーの狙い通りとなる、と言うことは多分知らぬはずじゃがな」
「利用されてたって事か? ドラキュラ王が?」
「うむ、『神族の中で優秀なのは吸血族』と言うことを示したいドラキュラ王なぞ、ルシファーにとってはカモ当然じゃろう。何せ、それを利用すれば『吸血族以外の神族の根絶』が可能なのじゃからな」
「んじゃ、悪魔族ってのも殺されるんじゃないのか?」
「悪魔族の暮らす秘境『獄界』は未だとして正式な場所が判明していないのじゃ。つまり、ドラキュラ王にとっても手を出せない。ルシファーの巧妙な手口は鮮やかで且つ大胆なのじゃ」
そこまで説明されて、全てが理解できる。
ドラキュラ王の猛攻と、彼の語る正義の意味。
それすらも利用するルシファー、選ばれし者達、世界の創造。
分からない事が多い俺でも、理解できる部分が一つある。
それは。
「・・・なら、ルシファーをぶっ潰せば、目的は止まるのか?」
「そうじゃな、他の奴らも理由は違えど己の目的の為に動いておる。ルシファーだけを止めてもすべての解決には至らないじゃろう、だが、倒さねば世界は滅ぶ」
「・・・・なら、やるしかないだろ」
やっぱり簡単な事だった。
ルシファーが何を想って世界を作り直すのかは知らない。けれど、俺にはセシリアも菜々香もエリンもグラナスも、当然霞ヶ丘高校の生徒も、龍族の皆も、俺は救いたい。
誰かを助ける。
それが誰であっても、正義を貫く。
父、剛樹の好きな言葉だった。
そして、それに共感していた。
だからこそ。
「ルシファー、だよな? そいつをぶっ潰して、世界を救ってやる」
だからこそ、彼は立ち上がる。
そして。
「痛ええええええええええええええええ!!!!」
全身打撲状態で、ダメージを受けるのだ。