第十一話 正義の価値観
それは人間の反射神経では追いつけない、刹那の一撃。
俺は鞘でその攻撃を受け止め、攻撃をいなし、ドラキュラ王が居た場所へ俺が、俺が居た場所へドラキュラ王が居る態勢となる。
「少しはできるようだな」
ドラキュラ王が向き直る。
ほぼ奇跡。
あれを防げたのはやはり奇跡的な、ある種野性の勘が働いていた。
だが、ここで感づかれてしまえば後々の闘いは苦戦を強いることになる。
だから俺は。
「当たり前だ」
と心にもない事を言い放つ。
セシリアは倒せる可能性と俺を称していたが、こんなの無理だ。防ぐ、躱すだけでも手一杯だ。
俺は刀を抜刀して、片手で持つ。
「いくぞ」
「!?」
背後に殺気を感じ、すかさず刀を両手で持ち、振り返りざまの一撃を撃つ。
ガキィィィン。
手に伝わるビリビリとした稲妻のような衝撃、危うく刀を落とすところだった。
俺は懸命に刀を払う。
「ぐっ!?」
だが、その払った瞬間のがら空きの顔面にドラキュラ王の素手の正拳が入る。
ガン、という鈍い音共に俺は数m飛ばされる。
「う・・っぐ!」
口の中が鉄の味になる。
唇は切れ、頬も赤く腫れる。
意識もボーッとし始める、強烈な一撃で脳を揺さぶられたのかも知れない。
「正拳一つ躱せない奴が、勝てる道理などないだろう」
ドラキュラ王は余裕だ。
「けっ・・・一撃位入れさせてやらないと、チンケなプライドが満たされねぇだろ」
一方俺は挑発する。
「安い挑発だ、まぁ・・・どうせこれから死ぬのだから最後の最後に粋がるのも悪足掻きとしてはいいかもしれないな」
背後に殺気。
だが、今回は躱せない。防げない。
奇跡的な反射神経は、もう起こせない。
殴られた衝撃でフラフラする脳と、痛みによって全神経が正常に働かない。
つまり、死。
振り返れば、そこには凶刃を俺に向かって振り下ろす。
死神がいた。
☆☆☆
人間、死ぬ間際には今までの出来事を走馬灯のように思い出すという。
そして、天国地獄のどちらかに強制的に連行される。
輪廻転生の輪をくぐるまで、その世界で生活をする。
全て空想であり幻想であり妄想だとしても。
やはり人の命とは尊いものである、という事だけは事実だ。
自分の背中には沢山の命がある。
自分は命という掛け替えのないものを背負っている。
その事実が、不可能を可能にする。
人間という、霊長目ヒト科の意地が、底力が。
命というワードと共に、限界を突破させる。
自分の正義、という定義は曖昧で難しい。
だからこそ、見つける。
神崎龍という人間は、龍族であり神殺しの血を引く者。
イレギュラーであるからこそ、定義や定理といった根本的な事を差し置いて。
彼は、戦うのである。
☆☆☆
「な・・・に?」
ドラキュラ王の目が見開かれる。
完全に背後を取っていた。
振り返る瞬間には刀を振り下ろしていた。
では、何故目の前に神崎龍という人間は存命している?
「思えば、簡単な事だった」
龍はそう呟いた。
「お前がいくら強くても、お前がいくら選ばれし者でも、お前がいくら無敵でも、俺に勝てない」
一度そこで言葉を切る。
刀を捌かれ、反動で動けず格好的には龍の話に聞き入っているようにも見える。
「強弱で物事を判断する奴に、自分の正義を持つ者が、負けるはずがない」
「ぬぅぐあああああああ!」
振り下ろす。
怒りに任せてドラキュラ王は振り下ろす。
キィン。
小気味よい音が響く。
魔刃の一撃は、真刀の刀に防がれていた。
☆☆☆
「く・・・!」
重い一撃だ。
俺の手から刀が吹き飛びそうになる。
だが、挑発には成功したみたいだ。
あの時の超反応は何だったのか、甚だ疑問ではあるが。
「私が負ける? 弱い? ふざけるなよ人間。お前程度が私に勝てるなんて事は有り得ない、十中八九ありえないのだぁぁぁぁぁ!!」
魔刃を振るう。
だが。
「がっ・・・!」
正拳が腹に入る。
口からゴボっと血が溢れ出る。
「く・・っくく」
ドラキュラ王は笑っていた。
血がポタポタと口元から垂れる。
でも、笑っていた。
「『無限血液循環』、私が持つ天性的な力だ。名前の通り、血液という液体を無限に循環させる事ができる。簡単に言えば血を失っても自分で瞬間的に補うことができる」
魔刃を構える。
「我流 五月雨」
俺の頭上に赤い液体が凝固し、槍のようになって、降り注ぐ。
その間にもドラキュラ王は近づいてくる。
俺は転がって回避する。そこにドラキュラ王が回り込み、ガン。
鋭い足蹴りが脇腹を撃った。
「うっぐあああああああああ!!?」
脇腹が潰れたかと思うほどの一撃。
痛みでジンジンする脇腹。
「何が正義だ、結局私の前では力こそが全て。お前に勝てる道理はない、と先ほど話しただろう」
ガン。
左手を足蹴り。
ダメージを抑える為、少し身を引いたが左手に足先が掠る。
ピッと左手に小さな傷ができる。
「ぐぅぅ・・・!」
立ち上がり、刀を構える。
「止めておけ、今すぐ降参し私の傘下に加わるならば許してやらんでもない」
「はぁ・・・はぁ・・・んな・・・こと、する・・かよ・・はぁ・・・!」
言葉を紡ぐので精一杯だった。
よく頑張った。
一介の高校生が、不老不死、最強無敵のドラキュラ相手に一撃入れただけでもすごい。
だけど、止まれない。
自分がどれだけの命を背負っているか。
セシリア、エリン、グラナスさん、菜々香、龍族の人々。
それを思うと、自然と右手に力が篭る。
「力に・・・溺れて・・・人を躊躇なく、殺すような・・やつの仲間なんか・・・こっちからごめんだッ!」
「力に溺れる? それの何が悪い!! 力こそが正義だ。力無き者は淘汰され排除される、それがこの世界の掟だろう!? 溺れるのではない、力をその内制御し、溺れる事から泳ぐ事を学ぶのだ!! その練習段階を理解できない時点でお前は負けている」
魔刃が怪しく光る。
光を浴びて、キラリと刀身が銀色に。
「せめて楽に死ね」
ザン。
刀が振り下ろされる。
目の前には、体が真っ二つになった死体があるはず。
いや、なければならない。
のに。
「うおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああ!!」
ドラキュラ王の背後で。
神崎龍は刀を振りかぶる。
そして。
「がっ!!??」
頭に渾身の一撃を放つ。
ドラキュラ王は数m吹き飛んで、立ち上がることもなく黙ってしまった。
それが、ドラキュラ王と高校生神崎龍の。
異なる正義の闘いの、決着だった。